健康的になってきたな

それから数日間は、平穏な日々が続いた。

古物商で働き、帰りにシスターの求人を探し、夜は皆で『げえむ』をする。


変化もあった。


シスター・ケイトが、俺やリリーの食事には1品肉料理などを添えるが。

「あたしは修行の身ですから」

と、相変わらずの粗食を続ける。


俺から受け取った金を、自分のことに使おうとしない。


悩んでいたら……

朝のトレーニング中、近くの草原で「ファスト・ラビット」を見つけた。

Fクラスモンスターだが、動きが俊敏で厄介者のひとつだ。

――しかし肉は美味い。


「訓練には、ちょうどいいか」

ナイフの投擲練習で狩った「ファスト・ラビット」や。

ランニング中に見つけた栄養価の高そうな薬草をなどを、手土産に持ち帰るのが日課になった。


「よろしいのですか? これ、街で売ったらそこそこの収入になりますよ」

シスターは、初め受け取るのを拒否したが。


「こっちの薬草は美容にも良いらしいし、ファスト・ラビットの肉は肌がきれいになるそうだ」

やはり年頃の娘なんだろう。

そう言ったら、シスターの食事も少しだけ豪華になった。



お嬢様は、ダンジョンの休息所に着くたびに音声通話で話しかけてくる。

「それでさ、公爵家の息子と仲良くなったら自分の婚約者をふって、あたしと婚約するとか言い出して。

それ以来、元婚約者のグループが……」


お悩み相談に、まともな回答ができないが。

「なんかね、あんたにしゃべったらスッキリしたわ!」

――らしい。


『すくりーんしょっと』の画像を並べても、何も見付からないが。

「どうしても違和感が抜けない……」

一番大事なピースが抜けた、パズルをしているみたいだ。


シスター・フェークは、昼間教会に顔を出すこともあるらしいが、まだ友人宅とやらにお邪魔している。


リリーは「げえむ」の合間に、教会の仕事も手伝ってるようで。


「とても助かってます!」

シスター・ケイトが喜んでいた。


シスターと言えば、修道服の丈が日増しに短くなって、夜げえむをする時の脚の動きも艶めかしくなってくような気がする。


「食事が改善されてきたから、健康的になってきたな」


心の中でそう呟きながら……

その美しい太ももや時折チラリと見える純白の下着を、しっかりと観測させていただいている。


――ささやかな夜の楽しみだ。



後は彼女の転職先が見付かれば、この教会ともお別れだろうと考えていたら……

転機は向こうからやってきた。



++ ++ ++ ++ ++



「クビだ!」

支店長は相変わらずたるんだ腹を抱えながら、嬉しそうな顔で俺にそう言った。


「何か問題でも?」

大きな失敗をしたわけでも、社内で問題をおこしたわけでもない。


「前々からいけすかん奴だったが、お前『カルー城戦』の生き残りらしいな。

あの時の裏切り者の、容疑もかけられてたそうじゃないか。

今は転神教会に住んで、偽司祭をしてるんだって?

――当局が調べに来たのさ。

そんな怪しいやつを、いつまでもおいとく分けにはいかん。

当店は信用第一がモットーだからな!

今日付けで、とっとと出て行ってくれ」


そして下品に微笑む。

反論をしようとしたが…… 誤解はあるにせよ、まったくのウソでもない。

それに、なにを言っても決定が覆ることはないだろう。


「分かりました」

俺が荷物をまとめて、店を出ると。


「ディーンさん!」

同じ職場だった若い鑑定士が呼び止めてきた。

確か名前は……


「ダグラス?」

だったっけ。


「今までありがとうございました。

獣人の血が混じる俺に、いろいろ指導してくれて。

そんな事してくれるの、ディーンさんだけでしたから」

頭を下げるダグラスに。


「俺が一番暇だったからだよ」

そう答えると、奴は苦笑いした。


「それから俺、支店長が当局から金を受け取るの見たんです。

ディーンさんをクビにすれば…… とか、そんな話をしてました。

お耳に入れといた方が良いと思って」


「当局…… 領の衛兵か?」


「いいえ、帝国の騎士だって言ってました。

魔術師のようなローブを羽織ってましたが、証明の紋章は本物でした」


騎士の紋章は、教会の証明書並みに偽造が不可能な代物だ。

こんな地方都市に、どうして帝国騎士が……


「どんな奴だった?」

「ディーンさんと同じ、30代後半の体格の良い男で。

栗色の髪に、グリーンアイ…… そうだ、左頬に古傷がありました」


「ありがとう、助かるよ。

――多分そいつは俺の知り合いだ」


俺はダグラスに礼を言って別れる。

奴は姿が見えなくなるまで、ずっと頭を下げていた。



しかし、まいったな。

帝国騎士を名乗った男の特徴は、クライの容姿そのままだ……



++ ++ ++ ++ ++



今後の収入や教会の問題。それから、クライの行動。

考えなきゃいけない事が沢山あったが。


「まず昼飯でも食べるか」


腹が減ってはろくなアイディアも浮かばない。

この時間なら、いつも混み合う異世界料理「らーめん」レストランに入れそうだ。


「チャーシュー麺」にするか「バーターコーン」にするか悩みながら、繁華街に足を向けると。


「ディーン様! 良かった、すれ違いになりませんで」

馬車の上からアムスの声がする。


「あの店に聞いたら、ディーン様は先ほど辞められたと言われまして。

慌てて教会まで馬車を走らせていたところです」


「何か俺に用でも?」

「旦那様がお呼びです。一度屋敷まで来ていただけませんか」


どうやら「らーめん」はお預けらしい。




昼食のテーブルに着いているのは、伯爵と俺の2人だけだ。

後ろに控える給仕や使用人の方が、明らかに人数が多い。


「マナーは気にしないでくれ。

戦場では一般兵に混じって、良く野営したものだ」


「お言葉に甘えて」

ちょうど腹が減っていたし……

出された料理のためにも美味しくいただくのが礼儀だろう。


「失礼ながらいろいろ調べさせてもらったよ」

伯爵は1枚の紙を取り出し、読み上げた。


「賢者会『東の学び舎』に孤児として拾われる。

神童と噂されるが、15歳で冒険者となる。

わずか3年でA級となり、仲間とパーティー『グランドル』を結成。

ジョブはシーフ。

――かなりの腕利きだったようだね。

難関ダンジョンの攻略や、数々のモンスター討伐。

武勇伝は帝都までとどろいていた」


「パーティーに腕利きが多かったんでね」


「はっはっは、謙虚な姿勢は嫌いじゃない。

『ジャックナイフ・ディーン』

『瞬殺剣のアイリーン』と並んで、そのパーティーの看板だったんだろう。

――西方戦線は私も参戦していた。

カルー城を攻めた戦いは、よく覚えている。

あそこで生き残っただけでも、たいしたものだ」


さっきまで美味かった食事が、急に不味くなった。


「生き意地が汚いだけですよ。

それより、昔話に花を咲かせるために俺を呼んだんじゃないでしょう。

要件は何ですか?」


俺がグラスの水を仰ぐと、伯爵は3通の封筒を俺の前に放る。

中を確認すると、どれも脅迫状だ。


「このご時世、こんな仕事をしてると、その手の恋文は良く届くのだが……

少々無視ができない状態になってきてね。

娘がキミのことを随分気にっているようだし。

ちょうど職を失ったばかりだとも聞く。

――どうだね、娘の警護をやってくれんか?」


「こんな大きな城だ。他にも適任者はいるでしょう」


「謙虚な姿勢は嫌いじゃないと言ったが……

過度の謙遜は嫌味に聞こえるな。

帝都でもこれだけの人材を探すのは、なかなか難しい」


伯爵はつまらなさそうに笑うと、話を続けた。


「それに、帝国の犬がうろつき始めた。

皇帝陛下はご尽力されているようだが……

まだまだ我々も一枚岩ではない。

いつ誰が裏切るか分からないなら。

どの勢力にも加担してない人材が一番安心だ」


「もし俺が裏切ったら?」


「なんの迷いもなく殺す事が出来る。

どの陣営も、勢力争いの道具として利用できないからね。

政権争いと言うのも、戦いなんだよ。

……それに、あの人の紹介と言うのも大きい」


「シスター・フェークの?」


「ああ、あの人にウソをつくことは叶わん。

そして、人を見る目は本物だ」


シスター・フェークの件は別としても。

伯爵の言葉は信用できそうだ。


素直に捨て駒に使いたいと言い切る所も、好感が持てる。

それにお嬢様の事は、気になることもあるし……


「了解です。なら、その依頼を受けましょう」

伯爵は無言でうなずくと、食事を残したまま席を立った。


アムスが俺に近付いて来る。

「詳細は、別の部屋でお話しましょう」


後ろの使用人をチラリと見て、小声で呟く。

「ここでは誰が聞いているのか、分かりませんので」


どうやら貴族と言うのは、自分の家でも自由に話しができないようだ。

俺はため息をつきながら。


「その前に、こいつを包んでもらえないか?

家には食べ盛りが2人もいるんだ」

そう、聞いてみた。


アムスは優雅に微笑み。

「かしこまりました」と、深く頭を下げる。


2人の喜ぶ顔が目に浮かんだが。

「さて、これからどうしよう」



冷静に考えると……

――さらに問題が複雑になっただけのような気もするが。

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