ものの100年もすれば戻るじゃろう
部屋中に貼られてる「ぽすたあ」と呼ばれてる紙は、近年の異世界技術の流入で安価に出回り始めた「応用魔法」文化のひとつだ。
その「ぽすたあ」の中で男か女か分からないサラサラの髪に、いけ好かない笑顔をたたえている少年たち。
成長過程にある少女達は男臭いもの…… 過度の筋肉や、体毛などを嫌悪するためこのような人物を好むと、やたら若い女性に人気のあった吟遊詩人に聞いたことがある。
その部屋の中央で、俺を射殺すように睨むお嬢様。
年の頃は16~17歳ぐらいだろう、ウエーブのかかった金髪にややきつめだが整った顔立ち。
まるで乙女絵巻に登場する、 ……なんて言ったか。
――悩んでいると。
「早く出てって!」
お嬢様は食べ終わった朝食のトレーからフォークを取り出し、俺の顔面に向けて投擲する。
左手でそれを受け取りトレーにそっと戻して、深いため息をついた。
――普通の司祭だったら大惨事だ。
「へっ?」と、驚くお嬢様に。
「いくら城内に回復魔術師が居るとは言え、当たれば痛い」
俺の言葉にそっぽを向くお嬢様を見てようやく思い出す、そうそうたしか『悪役令嬢』と呼ばれる登場人物がこんな感じだ。
「せめて無精ヒゲぐらい剃っておきゃよかった」
心の中で後悔したが。
例えお嬢様に気に入られても、この呪いを解く術は俺にないから……
「どっちにしても、他をあたるしかないか」
俺はもう一度、深いため息をついた。
++ ++ ++ ++ ++
「面妖な! これが呪いの品か……」
リリーがズカズカと部屋に押し入り「ぽすたあ」や本棚にある絵巻を興味深げに眺めている。
「な、なによ、この子」
お嬢様はリリーの空気読まない行動に困惑気味だ。
アムスは朝食のトレーを片付けると、「後は宜しくお願いします」と去って行った。
「うーむ…… ここから微かにじゃが、呪いの気配を感じるな!」
リリーはそう言って大型魔法通信板をいじりだした。
「あ、こら! まだそれはセーブしてないの。触っちゃダメ!」
画面には『聖魔剣乱舞』と書かれた「げえむ」の絵が広がっている。
「騒ぐでない、小娘! 今我がこの呪い解いてくれよう!」
リリーの両手が白く輝きだす。
「お、おい! やめろ!」
1メイル以上の画面の広さだ…… この通信魔法板がいくらするのか分からない。壊して賠償を請求されたら今の俺じゃ払いきれない額になる。
リリーを後ろから羽交い絞めにしたら。
「ぽすん」と、微かな音がして…… その光が収まった。
「ん??」
納得がいかなかったのか、リリーは何度も腕を振り…… しばらくすると。
「どうやら目覚めたばかりで調子が出んようじゃ!」
やっと動きを止めてくれた。
「そうか、そりゃ良かった。 ――ちなみにどれぐらいで調子が戻るんだ?」
なにをされるか分からんから、念の為確認しておく。
「安心せい! こんなもの、ものの100年もすれば戻るじゃろう」
やはり教会に住み着いた悪戯好きな精霊か、下級妖魔辺りが正体だな。
「100年とは…… 古龍様は随分とのんびりなんだな」
「人族はやたらとせっかちじゃからのう!
少しは我を見習って、寛大に生きるがよい」
俺達の会話に。
「あんた達、何しに来たのよ!」
お嬢様が大型通信魔法板を抱えて、涙目で訴えてきた。
まったく、その通りだな……
――いったい俺は何をしてるんだろう?
++ ++ ++ ++ ++
お嬢様の話を要約すると、帝都の学院でいろいろあって実家に帰り、することがないから……
「この領にもリトル・アキハバーラが出来たでしょ。
興味本位で行ってみたのよ。
帝都のニュー・アキハバーラは、貴族が行けるような場所じゃないから。
まあ、こっちでもお忍びで出かけたけど」
それで、すっかりハマってしまったらしい。
アキハバーラとはオタクと呼ばれる異世界文化を好む若者のメッカだ。伝統的な文化を重んじる貴族社会からはあまり良く思われていない。
「でもあんた、ちょっと変わってるわね」
今まで訪れた聖職者や魔術師、応用魔導士などは。
「だいたい最初の一撃で、尻尾を巻いて帰るし…… 残った連中は必死になって『外に出ろ!』とか『その性根を叩き直してやる』とか。
――変な説教を始めたんだけど」
「最初にあれをくらったら、優しく懐柔するタイプの人間は残らんだろうな」
「あれを止めたのはあなたが初めてよ。説教しに来た連中は回復魔法を受けた後、血相を変えて部屋に飛び込んできた数人ね。
あたし、これでも学園じゃあ座学も剣術もそれなりだったのよ」
確かに良い投擲だったが…… それよりお嬢様がいきなりそんなことするなんて、普通は思いもつかないからな。
「依頼が成功すれば高額の報酬が出るし、領主の後ろ盾がつけば後々仕事が有利になる。だからそいつらも必死だったんだろ」
リリーが
「やっとゴブリンどもを討伐できたな……
奴らは我の気配を感じるだけで怖じ気付いて逃げてしまうから、こんなに手強いとは知らんかったぞ!」
出てきたアイテムの収集方法をお嬢様に聞く。おれもコントローラーを操作してアイテムをゲットして、3人で第2ステージのダンジョンに移動した。
「げえむのやり方を聞かれたのは初めてよ」
「リリーが興味津々だったし、それにあんたは伯爵家の娘だ。
多少部屋に閉じこもって遊んでたって、なんの問題もないだろ。
まあ親が心配するなら…… たまには朝食ぐらい一緒に食べればいい」
リリーがダンジョンに入った瞬間、トラップに引っかかって爆死した。
「でもそれじゃあ、あなたは報酬がもらえないんじゃないの?」
「大人には大人の事情があるが…… 子供にだって、子供の事情がある。
逃げたいときや休みたいときは、ちゃんとそうするべきだ。
そっから先は、またその時ゆっくり考えればいい」
お嬢様は少し考えた後、俺の顔を見て笑った。
――この世代の女が何を考えてるのかサッパリ分からん。
俺は悔しがるリリーをげえむから引き離し。
「それじゃあそろそろ帰るよ、他にしなきゃいけない事もあるんでね」
席を立つと。
「まだ名前を聞いてなかったわ! 最初に名乗らないなんて、礼儀知らずね」
名乗る前にフォークが飛んできたのだが……
「――失礼しました。
ディーン・アルペジオ、仮だが転神教会の司祭をやっている」
俺はため息まじりに挨拶した。
「イザベラ・プレセディアよ、―以降お見知りおきを」
優雅に微笑む姿は、確かに伯爵令嬢様だ。
こんな事がない限り出会うことも無かっただろうし、今後会うことも無いだろう。
俺はもう一礼すると部屋を出て……
廊下で待っていたアムスに、依頼の辞退を伝えた。
++ ++ ++ ++ ++
リリーが『げえむ』の続きをしたいとうるさいから、オタク街まで足を延ばした。
中古の安い通信魔法版を探す。
「『あいでぃー』と『ぱすわーど』は、あの小娘から分けてもらった。
下僕の分もちゃんとある! 早速取り掛かろうではないか」
『聖魔剣乱舞』という『げえむ』には、違和感があった。
聖剣や魔剣が擬人化して少年の絵に変わり、パーティーを組んで冒険をする。
よくある『乙女げえむ』らしいが。
剣が使う魔法が発動するたびに出現する魔法陣がリアルすぎる。
念の為他のげえむを店先で確認したが、そこまでリアルに魔法陣を再現したものは見つからない。
いくつか店をまわり、街で一番大きな小売店につくと。
「これはどうじゃ? 値も安いし傷も少ない」
なんとか妥協できそうなものが見付かる。
リリーが差し出した通信魔法板を手に、会計を済まそうと店の奥へ行くと。
「失礼」
体格の良い、魔術師風の男とぶつかってしまった。
「お、お前は…… ディーン?」
その驚愕に歪む顔は。
「クライ? まさか……」
死んだはずじゃなかったのか?
驚きのあまり手にしていたものを落とすと、そのスキに男は逃げて行った。
俺は、思わず途方に暮れてしまう。
――ああ何て事だ。
この砕け散った通信魔法板、弁償しないとダメなんだろうな……
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