私もそう言うプレイが好きでして
教会を出て領主城へ向かうと、誰かにつけられていることに気付いた。
距離は20メイルほど、つかず離れずだが……
十字路の店陰に身を隠すと相手は速足になった。
――間違いないだろう。
「おいこらリリー! なにをしてる」
キョロキョロと辺りを見回す少女に声をかけると、ビクッと震える。
「ななな、なんじゃ。下僕か!
お主こそ、こんな所でなにをしておる」
ボロのローブの下は修道女服だ、教会のどこかから盗み出したんだろう。
「俺はこれから伯爵様に会いに行くところだ。 ……お前は?」
「うむ。散策と言うか…… 視察じゃな!
そもそもここは我が治めておった街じゃ、どのように変わったか興味がわいてな」
中身が魔物の類とは言え、こんな少女がひとりでフラフラしていたら危険だ。
冒険者の中には、迷い込んだ精霊などを好んで狩る奴もいる。
――蒐集家が高値で買い取ってくれるらしい。
「そうか、じゃあ視察ついでに今の領主にあってみるか?
大人しくしてるなら、連れてってやるが」
「お主がどうしてもと言うなら、ついて行ってやってもいいぞ!」
そんなキラキラの瞳で見上げられたら、断ることができない。
修道女姿だし…… 伯爵家には助手か何かだと言っておけばいいだろう。
++ ++ ++ ++ ++
門番に紹介状と身分証明書を見せると……
「あの裏切り者の貧乏教会の司祭か」
その太った男は、俺を見下げるように眺めた。
「領主様はお忙しいからな、そこで待っておれ。
お会いできるとは限らんが」
そう言って紹介状を奪い取り、去って行く。
おれが門番に頭を下げ、門前で立ボケを喰らっていると。
「お主の腕なら、あの程度の男……
簡単にひれ伏させることもできよう。なぜ、そうせん?」
リリーが不思議そうに聞いてきた。
「今の世の中、そうそう暴力に訴えてはダメだ。
長いものには巻かれてないと、後々面倒な事になる」
「じゃがな、強者には強者の気概と言うものも必要じゃ。
あのようにへりくだっては、我の立場までなくなる。
お主は我の下僕じゃからな!」
「そうか、それは悪かった。今後気を付けるよ」
リリーの頭を撫ぜてやると、「へへへっ」と、嬉しそうに笑う。
――これじゃあ子守だ。
それから半刻ほど、リリーと他愛ない話をしながら…… 今日は諦めて帰ろうかと考え始めていたら、門番が慌てて走り寄ってきた。
「ディーン司祭殿! 大変失礼いたしました。
領主様がお会いになるそうです。
また、こんな所でお待たせして申し訳ありませんでした」
そして深々と頭を下げる。
「ふん、多少は我らの事が分かったようじゃな!」
リリーが偉そうに門番を罵ったが。
「はっ、申し訳ありませんでした」
門番はただ謝るばかりだった。
――俺は不安を抱きつつ、城内へ足を踏み入れた。
++ ++ ++ ++ ++
「君がディーン司祭か、 ……(仮)とあるが?」
伯爵は噂通りの傑物のようだ。
ややだらしなく椅子にかけ、カップを片手にお茶を飲んでいたが、どこにもスキがない。
俺達も勧められるまま同じテーブルについたが、豪華な部屋の造りにも高級なお茶セットにも、威圧感を感じるだけだ。
「今朝就任したばかりでして」
この手の人物に下手な嘘は通用しない、何事も素直に話した方が良いだろう。
「そうか、まあ、あの人らしいな。
しかし彼女からの紹介となると無視はできん。
娘のことは今まで多くの聖職者や魔術師、今流行りの応用魔導士にも見てもらったが……
――らちがあかなくてね。
あの呪いはまだ解呪方法が見付かってないそうだ。
だからあの人が訪ねて来た時は、すがる思いでお願いしたよ」
そう言ってあごひげをさする。
「シスター・フェークとは、長いお付き合いなのですか」
念の為確認すると。
「そうか、キミはまだ聖国に行った事が無いのかね」
逆に質問されてしまった。
聖国とは、転神教会の本部がある宗教国家『転神聖国』の略称。
その昔は帝国と比肩するほどの強大国だったそうだが、今ではただの小国だ。
しかし小国となった今でも、その陰の力は衰えていない。
帝国の国教を外されたとは言え、地方有力貴族や従属国、帝国傘下ではない諸国の中にも今だ信仰を続けてるところが多い。
「魔族を滅ぼすことは可能でも、聖国に攻め入ることは不可能だ」
現皇帝がそう漏らしたと噂される程度の力は、まだ隠し持っている。
そして、その教会のトップに君臨するのが「聖国王」。
教会を統べる教主より、権限が上だからだ。
だから聖国には、平和になった今でも黒い噂が絶えない。
「いえ、帝都より西にはまだ行った事がありませんので」
俺の返答に伯爵は疲れたように頷くと。
「それでは彼女の話は次の機会にしておこう。
あれはいたずら好きの性格でね、若い頃は私も良く振り回されたもんだ。
――それより娘に会ってくれないかね。
問題を解決できたら約束通りキミの教会の援助をしよう」
伯爵はそう言って席を立った、残された俺は黙ってお茶を飲み干し。
「高級品ってのは、冷めても美味いんだな」
クールに心の中で呟いて俺も席を立とうとしたが、残った茶菓子をリリーが狙っていた。
「それをもらっても良いか?」
「もちろん」
菓子を受け取ったリリーが満面の笑顔をこぼす……
――どうやらハードボイルドに、子守は似合わないようだ。
++ ++ ++ ++ ++
伯爵家の家令。どうやらお嬢様のお付きらしいが……
アムスと言う初老の男に、その部屋を案内された。
「あの伯爵とか言う男、多少の見どころはあったな! 菓子も美味かったぞ」
「それはそれは、ようございました。
なんなら帰りに包んでお渡ししましょう」
アムスは子供好きなのだろうか、すっかりリリーと打ち解けていた。
「後はそのお嬢様とやらの呪いを解けばよいのじゃな!
任せておけ! 我の手にかかればどんな魔術だろうと呪いだろうと、瞬時に解いてくれるわ!」
アムスがニコニコと俺の顔を見る。
「なかなか頼もしいお弟子様ですな」
俺が言葉に詰まると。
「勘違いするなアムス! あれが我の下僕じゃ」
その言葉にアムスは嬉しそうにリリーの頭を撫ぜ、にこやかに俺の顔を見て。
「私もそう言うプレイが好きでして」
――そう呟いた。
冷たい何かがそっと背筋を這ったが……
俺はとりあえずスルーした。
声が大きかったのだろう、扉の向こうからガタリと物音が聞こえる。
「お嬢様、司祭様がお見えです。どうかお通し下さい」
アムスが訴えると。
「嫌よ!」
勝気そうな少女の声が帰ってきた。
「やはり、強行するしかございませんね」
アムスがポケットから鍵を取り出し、扉を開けると……
少女特有の甘い匂いが鼻をくすぐり、部屋いっぱいに貼られた大判の色とりどりの紙が目に入ってきた。
「これが…… 呪いの品ですか」
「はい、お嬢様は『ヒキコモーリ』と呼ばれる異世界呪いにかかってしまって。
お部屋から出れなくなってしまったのです」
そこには最近若者達でにぎわう、オタク街でよく見かけた……
『乙女絵巻』や、通信魔法板で行う『乙女げえむ』の登場人物の絵がズラリと並んでいる。
「帰ってもよろしいですか?」
俺は念の為、そう確認してみたが……
――アムスはゆっくりと首を振るだけだった。
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