伯爵家事件
女性の体臭が大好きです
あのばーさんと会いたくないからと、リリーはひとりで部屋を出て行った。
この教会はもともと自分の城だったそうで、確認したいことがあるんだとか。
本当に伝説の古龍『リリー・グランド』かどうかは別として、あれも魔物の類なのは間違いない。
特に害もなさそうだったし、ほっといても大丈夫だろう。
食堂に行くと。
「昨夜はその…… 大変御見苦しい所をお見せしまして。
申し訳ありませんでした」
シスター・ケイトが、朝食の準備をして待っていてくれた。
「こちらこそ…… まあ、なんて言ったらいいか。
――あれは、お互い不幸な事故だったって事で、忘れましょう」
気まずい雰囲気なので、ばーさんの姿を探す。
あのボケは、なんだかんだで場を和ませてくれるから。
「あれ、シスター・フェークは?」
しかし、肝心な時にいない。実に使えないばーさんだ。
「しなくちゃいけない事が出来たからって、朝早くに出かけられました。
そうそう、ディーン様にこれを」
2枚の羊皮紙を渡される。
1枚目は、伯爵家に対する紹介状だった。
ついて来てもらうか、一筆もらおうと思っていたからちょうど良い。
俺が突然訪ねても、入れてくれるような場所じゃないからな。
2枚目は、俺の身分証明書だ。
『ディーン・アルペジオ 転神教会 司祭(仮)』
その下にはたぶんばーさんのだろう、紹介状にも描かれていた複雑な形式の魔法印がある。
「シスター・フェークの、教会での地位はなんですか?」
紹介状はまだしも……
この身分証明書は教会が正式に発効した聖なる術がかけられた特別用紙、『聖文証』の上に書かれている。
嘘を書く事も偽造も不可能なこの紙の上に、自分の魔法印を添えて、仮とは言えこんな事を書くなんて。
「さあ…… あたしも良く知らないんです。
着ている服は一般的な修道女なんですが、なんかズレてるというか。
――不思議な人ですよね」
へたに突いたら蛇が出でそうだ。
世の中知らない方が幸せな事はいっぱいある。
この件は、これ以上聞かないでおこう。
テーブルにつくと、シスターは祈りを捧げた。
食事の前の儀式のようだ。俺も見様見真似で腕を組む。
司祭云々は別としても、郷に入れば郷に従えだ。
「ディーン様、腕をもう少しこうされると良いです」
シスターが、俺の後にまわって手を取った。
その…… 胸が当たってるんだが。
そして徐々に手を絡めて息使いも荒くなってくる。
なかなか離れないシスターに危機を感じて。
「ありがとう、なんとなく分かった」
そう声をかけたら、シスターは我にかえって自分の席に着いた。
「すいませんでした。 ……つい」
真っ赤な顔で謝るシスター・ケイト。
やはり大人しい清楚な感じの美女なんだが、サキュバスの血ってやつなんだろうか?
ばーさんの話では、自分の強い意志で制御できてると言っていたが。
「その、あたしちょっと変な癖があるみたいで」
「癖と言いますと?」
本人は血のことは知らないようだから、ここは話をにごしておく。
「昔から、人の顔や頭の上に変なものが見えたりするんです。
こんな話をすると、誤解されそうなんで黙ってたんですが……」
「どんなものが?」
そう言えば多少だが人の心も読めると言っていたが、その事だろうか。
「もやっとした色が浮かぶんです。
怒っている人は、赤く燃えるような色。人をダマそうとしている人は、濁った黒。
他にもいろいろ……
あたし孤児でしたから修道院でもいじめられてて、その色を見ながら何とか大事にならないようにしてたんです。
教会の偉い人や、今代の聖人様にもお会いしたことがあるのですが……
ディーン様のような美しい色を持つ方にお会いしたのは、初めてです」
「それは偶然か、なにかの勘違いでしょう」
俺はスープを飲みながら、話をうながした。
こう言った悩み事は解決できないとしても、誰かにしゃべればそれだけで救われる。
「そうかもしれませんが……
初めてお会いした時に、あまりの美しい色に感動してしまって。
鑑定をお願いするならこの人しかいないって、そう思ってお声をかけたんです。
そしたら、あたしに素敵なお菓子を渡してくれたり、あんなボロ箱を真剣に鑑定しようとしてくれたり」
「あの日はお客様にケーキをプレゼントする日だったんですよ。
それに当店は、誠実な仕事がモットーですから」
シスターは、可愛らしく微笑むと。
「それ、嘘だって分かります。
――あたしの思い込みかも知れませんが」
そして、俺の頭の上を見た。
聞かなかったふりをして、硬いパンを口に運ぶと。
「それで、あたしを助けてくれたり、この教会を救ってくれたり。
まるで伝説の聖人様がおこしになったようで」
そう言って、もう一度優しく微笑む。
初代聖人ラズロットの善行はあまりにも有名だ。
そんなものに重ねられてもかなわない。
「あの変なばーさんに操られてるだけですよ。
それに、自分の意志が弱すぎるだけだ」
「そんなこと…… ないです。
――それで、もうひとつ変な癖があって。
筋肉質の男性を観たり、男の人の汗の匂いとか、か、か、加齢臭とか…… そう言うのにドキドキしちゃうことがあって。
普段は我慢できるんですけど、それがディーン様のだと思うと、上手く行かなくなって。
……昨夜は申し訳ありませんでした」
加齢臭? 聞き間違いだろうか。
まあ魔物や獣の中には発情期に特殊な臭いを出して、異性を寄せ付けるものもいる。
人も、多少だが同じような臭いを出してると聞いたこともある。
サキュバスとしての血の影響もあるだろうが……
「それは人として恥ずべき所じゃないですよ。
俺も女性の体臭が大好きです!
だから、自信を持って生きてください」
大切なことなので、俺は力強く言い切った。
シスターはなぜか引き気味の笑いを浮かべたが……
――女性の匂いと大きなおっぱいは、正義だと思う。
++ ++ ++ ++ ++
食事が終わるとシスター・ケイトが袋を俺に手渡してきた。
「それから、伯爵家に行かれるのでしたら、これをお召しになってください」
「これは…… 司祭服ですか」
「はい、昨夜のうちに前の司祭様の服を直しておきました。
サイズはディーン様の服を拝見させていただいて調整したので、問題ないと思います」
「ありがとう、助かります」
袋を受け取る際に、手と手が触れ合うと。
「あの、お召し替えをお手伝いしましょうか?」
「いや、これならひとりで着れますよ」
シスターの息が少し荒くなった。
「でも、サイズの直しが必要かもしれませんね。
ここで着替えていただければ、すぐ作業できますから」
そしてドンドン近付いて来て、俺の首筋に鼻を付けて匂いを嗅ぎまくってる。
目もランランと輝きだし、雰囲気が変わってきた。
そう、あの目だ! あの目を見ると
俺が視線を外すと、がっちりと抱きしめられた。
しかし昨夜のように体が動かないわけじゃない、なんとか振り解こうとしたら……
「そんな、ディーン様…… およしになって!」
そう叫びながら、大きな胸をグイグイすり付けてくる。
ムニュとか、ポヨーンとか……
力はたいしたことがないのに、それを振り解くことは精神的にとても困難だった。
司祭服をつかんで、なんとか部屋に戻ると。
「加齢臭がー、き、き、筋肉がー!」と、悔しがるような声が聞こえてきた。
彼女との接し方は、いといろと調整が必要そうだ。
早速着替えてみるとサイズはびっくりするぐらいピッタリで、逆にそれが恐ろしく感じる。
俺は教会に来たつもりでいたが……
実は魔物の巣に迷い込んじまったんじゃないのだろうか?
――なぜかそんな疑問が、頭をよぎった。
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