おっぱいも大きいし
「これは……」
道端に見覚えのあるローブが脱ぎ捨ててあった。
「シスターが着ておったものじゃな」
俺はそれを手に取り確認する。
グリズーリの本革に、今どき珍しい古いデザイン。 ――間違いないだろう。
そして…… 鋭い刃物で切り裂かれた個所がある。
「血は付いていないし、傷は正面の下。
命を狙うなら後ろからか、急所を狙うはずだ。
――わざわざこんな場所を切るのは、おどしか何かだな」
「なかなかの所見じゃな! お主は剣も使うのか?」
「もう剣は握らないことにしている」
あれは性に合わないし、才能もないらしい。
念の為、くんくんとローブの匂いを嗅ぐ。
「うむ、そ、それで、なにか分かるのか?」
「ただの趣味だ」
「そ、そうか……」
幻聴と会話するのは微妙かも知れないが……
俺はクールに微笑んで、顧客シートで見た住所に向かって走った。
++ ++ ++ ++ ++
その教会は立派な造りで歴史を感じさせたが、手入れが行き届いていないようで、荒んでいた。
正門に近付くと人の争う声が聞こえてくる。
「だからねーちゃん、返済期限はとうのむかしに過ぎてんだ!」
「しかし、もう教会にはお金になるような物はありませんし……」
昼間会ったシスターと、ガラの悪い男が3人。
俺は近くの塀に隠れて、様子をうかがう。
「借りたもんは返さなきゃいけねえ、神様だってそう仰るはずさ。
物がねえなら、人で返しな!
あんたなら…… まだ高値で売れるはずだからな」
怒鳴り散らすチンピラ風の男が借金取りで、後ろの高級な服を着こんだ2人組が奴隷商だろう。
初めから、シスターを売り飛ばす算段で訪れたのは目に見えてる。
「踏み込まんで良いのか?」
幻聴が心配そうに聞いてきた。
「3つ問題がある」
「ほう?」
俺は左指を3本立てて説明した。
「1つ、チンピラと歳をとった方の奴隷商はたいした腕じゃなさそうだが……
若い奴隷商は魔導士だ。不用意に突っ込んだらなにをされるか分からん」
「確かに、不審な魔力を感じるな。あれは黒魔術か何かか」
――その可能性は高いだろう。
奴らは束縛魔術や呪いで「奴隷契約」を施行する。
「2つ、借金の契約があるなら、ここでシスターをさらっても違法行為にならない。
むしろ邪魔をした俺が有罪になっちまう」
「相変わらず人の世は金次第じゃな」
幻聴は深いため息をつく。
俺は、最後の指を折って。
「そして最大の問題は、俺の息が上がったままだって事だ。
この状態で踏み込んでも、すぐやられちまう」
「そ、そーなんだ」
歳には勝てないな…… ここまで全力で走ったのが堪えたんだろう。
膝まで笑ってる。
「まー、あなた達、こんな夜中に騒がしーですねー」
教会から同じようなシスター服を着たばーさんがあらわれた。
しかも盲目なのだろうか?
声をかけた場所も微妙にずれてるし、目の焦点もあってない。
「シスター・フェーク様、その…… 起こしてしまって申し訳ありません」
「あらあらーケイトちゃん、構わないですよー。
旅の途中でお世話になったんだからー、これも運命でしょう」
「おい、ばーさん! 今、立て込んだ話をしてるんだ。
引っ込んでてもらえねーか」
チンピラが凄んでも、ばーさんはどこ吹く風だ。
あれは相当場数を踏んでるか…… もう、ボケてるかだ。
「話は聞いてたわー。ケイトちゃんが売られてしまうのは忍びないから。
あたしでどーかしら?」
そして、変なポーズでウインクする。
……あれは完全に、ボケばーさんだな。
「なめてんなら、ちょっと痛い目にあってもらうしかねーな」
チンピラがばーさんに手をあげようとする。
――仕方ない。
俺が飛び出すと同時に…… なぜかチンピラが吹っ飛んだ。
確認すると、ばーさんもケイトと呼ばれたシスターも無傷だ。
年老いた奴隷商が剣を抜き、それに合わせて若いのが詠唱に入った。
まずポケットのナイフを、初老の男の腕に向かって投げ。
「くっ!」
驚いて剣を落としたのを確認してから、魔導士を見る。
思った通り、奴の詠唱がいったん止まった。
そのスキに、2本目のナイフを構えると……
魔導士は発射式の応用魔道具を懐から出して、こちらに向ける。
――拘束を諦めて、俺の殺傷に切り替えやがったか。
判断が早くて正確だ。やはり相当の腕利きなんだろう。
強引にステップを踏んで、横の茂みに飛び込もうとしたら……
奴もチンピラと同じように、突然吹っ飛ばされる。
ばーさんの顔を見ると俺の目線をしっかりとらえて、バチッとウインクしてきた。
「きゃー! あ、あなたは?」
遅れてケイトと呼ばれたシスターが叫び声を上げる。
ばーさんは倒れ込んで気を失っている3人と、立ち尽くす俺とシスターを焦点の合ってない目で探るように見回して。
「うーん、もう夜も遅いですしー。
皆さん、教会でお茶でも飲みましょー」
微笑みながらそう言った。
++ ++ ++ ++ ++
シスター・ケイトの話によると。
「シスター・フェーク様は、巡礼の途中でして。
昨日ふらりとお越しになったんですが…… 当教会は、今こんな状態で。
あたしひとりで切り盛りしてますし」
過去装飾品や美術品で溢れていただろう、礼拝堂も今お茶を飲んでいる詰所も、既に荒れ果てた状態だ。
掃除すらまともにできていないらしい。
ばーさんはやっぱり盲目で、風魔法で位置を確認しながら生活してるとか。
さっきの撃退も、その魔法の応用で「後はー、簡単な催眠が使えるかなー」だそうだ。
実際3人の男は、詰所の廊下に意識不明のまま転がっている。
――運び込むのが大変だったが。
「それで、この後どうしましょう」
シスター・ケイトは、また身体を縮めてそう呟く。
「あたしの魔術でー、今日はお帰りいただくこともできるけどー。
根本的な解決には、ならないなー。ケイトちゃん。借金はいくらなの?」
シスター・ケイトが片手を広げて「金貨5枚です」と、申し訳なさそうに呟く。
一般的な勤め人の賃金が、1ヶ月で銀貨1枚前後。
ささやかな家族なら5年は食べていける額だ。
俺の貯えが金貨3枚。家屋敷を売り払って、ようやく手が届くかどうか。
「教徒さんはー、今何人かなー?」
「ほとんどが、城下の神殿の方に移ってしまって。
まだ残っているかもしれませんが、最後に教徒が礼拝に来てくれたのは……
――半年ほど前です」
「じゃー、寄付は無理だねー」
2人のシスターが、合わせてため息をつく。
「本部から、借り入れることはできないのか?
そもそもその借金は、教会の維持費なんだろ」
俺の質問に、ばーさんが。
「本部ももうスカンピンなのよねー。
掛け合ってあげても良いけど…… たぶん無理よー」
「じゃ、じゃあ、あたし…… ど、奴隷になります。
さっき、古物商でお断りされたときに、覚悟は決めてましたから。
心残りは、この教会に人がいなくなることぐらいなんで。
あの、シスター・フェーク様。
神官もいないと聞いてますが、どうか本部に掛け合って、後任を探して下さい」
そして、大粒の涙をポロリとこぼす。
ばーさんが俺をチラリと見た後、苦しそうな顔でシスター・ケイトに何かを言おうとしたが、俺はそれをさえぎった。
「金貨5枚、俺が用立てましょう。
――ただそうなると、家屋敷を売らないといけない。
問題なければ次の住む場所が見付かるまで、ここに厄介になってもいいか?」
そう言ってから後悔した。
でもまあ教会風に言えば、これも運命なんだろう。
こんな女の子が奴隷に落ちるのを見るぐらいなら……
――使い道のない貯えと、おんぼろの家が無くなった方が良い。
もともとあの箱が売れれば、こんな問題は解決できたんだし。
「そんな! そこまでしていただくわけにはいきません。
今日のことだけでも、感謝の気持ちでいっぱいですのに」
「ねー、あなた。ディーンさんでしたっけ。
奥様とか彼女とかいらっしゃいますのー?」
ばーさんが、いきなり変なことを聞いてきた。
「いえ、ひとり身ですが」
「じゃーこうしましょ。
あの奴隷商を通さないでー、ディーンさんがケイトちゃんを買うの。
もちろんシスターを奴隷にするわけにはいかないからー、名目上はディーンさんの部下か何かで。
そーすれば住む場所の問題もー、後任の問題もー、ぜーんぶ解決するわ」
「へっ? そ、それは。
ディーンさんに神官になってもらうってことですか?」
「それぐらいならー、本部にねじ込めるわよ。
こー見えても、それなりに顔が利くんだから。
後はー、ディーンさんがそれでいいかどうかよー」
焦点の合わない目で、ばーさんが俺を見て笑う。
「いや、俺としてはしばらく暮らせれば問題ないし。
それはいくらなんでもシスター・ケイトに失礼でしょう」
なんとか反論すると。
「あらー、ケイトちゃん可愛いでしょ。
磨けば光る逸材だし、おっぱいも大きいし。
あんな事もー、こんな事もー、し放題よ」
ばーさんはそう言って、ひひひと笑いだす。
ついつい言葉に詰まってると。
「ケイトちゃんは、それで問題ないかなー?」
そんなことを言い出した。
「ディーン様さえ宜しければ…… その、ぜひ」
さらに真っ赤な顔でそう答えるシスター・ケイト。
俺がばーさんをにらむと。
「さっきの身のこなしとかー、あなたの後ろにいる『モノ』とかー。
ちょーっと、面白そうなのよね。
なによりー、そのお人好しな性格がさいこーだわ。
良かったら少し、付き合ってくれないかなー。
……悪くはしないから」
そう小声でささやいて、しっかり焦点を合わせてウインクしてきた。
まったく、くえないばーさんだ。
なんだかハメられたような気がして、釈然としないが。
とりあえず俺は……
――冷めきったお茶を、ハードボイルドに飲み干した。
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