ただのおっさんなんだが、自称伝説の古龍(美少女)にからまれて困っている

木野二九

自称伝説の古龍はお年頃

プロローグ

短いスカートが増えたな

街は活気に沸いていた。


帝都で勇者様一行が魔王軍の反乱をおさめて15年。

平和になった帝国に、「移転者」や「転生者」が異世界文明を持ち込み、魔法で応用可能な技術が数多く開発された。

その「応用魔法」と呼ばれる技術は瞬く間に産業革命を起こし……

――経済は発展し、この地方都市までその潤いは届いている。


「す、すいません…… これを鑑定していただけないでしょうか?」

だから今どき古物商を訪れる客でも、こんなみすぼらしい姿は珍しい。


もとは高級なローブだったんだろう。

グリズーリの本革だが、あちこち擦り切れているしデザインも古臭い。


渡された袋も丁寧な刺しゅうが施されていたが、保管が悪かったのか日に焼けてあちこち穴が開き、既に商品としての価値を失っている。


まあ、鑑定するのはその中身だから…… 問題はないのだが。


「ええ、構いませんよ。どうぞそこにおかけ下さい。

当店のご利用は初めてですか?」


ボロボロのローブから顔を出したのは、大きな瞳と燃えるような赤髪が印象的な、美しい女性だった。しかも痩せているのにかなりの巨乳だ。


俺はハードボイルドに微笑み、できるだけそれを見ないようにした。


「は、はい」

申し訳なさそうに頷いて椅子に座ると、キュルキュルと腹が鳴く音が聞こえ……

縮こまって、顔まで真っ赤にする。


俺は「ふっ」とクールに微笑み、聞かなかったふりをして事務所に戻る。

顧客シートとペンを渡した後、来客用のお茶と、自分のために買っておいたミルフィーユと呼ばれる異世界菓子をそっとテーブルに置いた。

彼女は少し迷ったようだが…… 美味しそうにそれを食べだす。


――昼休みにキャピキャピ女子の白い目線に耐えながら、人気の菓子店で並んで買った甲斐があったようだ。


3時の休息は、お茶だけにすればいい。

もう若くないせいか腹のぜい肉が気になってきた、いいダイエットだろう。


手渡された袋の中身を確認しながら、書き込み中のシートを盗み見る。

「これは、どういった物で?」

荒れた手で書かれた文字は美しく、しかもその住所の最後には『……教会』と書かれている。


「言い伝えでは、初代聖人様の聖遺物だそうです」

「初代と言われますと、キー・ファーマ様ですか?」

「い、いいえ。その、転神教会ですから…… ラズロット様です」


そして、さらに申し訳なさそうに頭を下げた。


転神教会と言えば、元最大宗派だが……

15年前の帝都戦で魔族に寝返っていた疑いがあり、国教を外され、多くの重鎮が職を辞した教会だ。


その件を帝国は正式に認めていないが、人の口に戸は立てられない。

今では教徒の数も減り、教会運営にも困ってると聞く。


「ラズロット様ですか、それは貴重な品ですね。

少々お時間をいただいてもよろしいですか?」


頷くシスターから顧客シートと袋を受け取り、事務所に戻る。

もし本物なら、こんな地方の支店では払いきれない金額になるが……


――その小さな古ぼけた木箱は、どう見ても偽物の聖遺物だった。



++ ++ ++ ++ ++



事務所のデスクで準備を整える。

いくら偽物と分かっていても仕事として依頼された以上、確りと鑑定するのが俺の流儀だ。それにあのシスターのことも気になった。


「どう見ても二十歳ハタチ前…… 俺より10歳以上は若いだろう」


肌の色艶もなく痩せていたが…… 健康的な生活をおくってそれなりの服装をしていたら、きっと人目を引く美女だ。

――まだ遊んでいたい年頃だろうに、苦労がにじみすぎている。


「本物の可能性も考えて、魔法陣は大きめのものを使うか」


聖人ラズロットは、その類まれなる才能と魔力で、多くの魔物を封印したと伝えられていた。


下手な鑑定で間違いが起きたら、大惨事につながりかねない。

最近製造されるようになった安価なパループ草の用紙では破損の可能性が高いし、魔法の乗りも悪い。


俺は事務所の奥から大判の羊皮紙を取り出し、魔法陣を描こうとした。


「なんだ、大型買い取りの依頼でもあったのか?」

それを見つけた支店長のバートが、太った腹を抱えてやってくる。


奴は昔Dクラス冒険者として活躍していたらしいが、今では中年太りのタヌキオヤジだ。

もっとも、年は俺とさほど変わらないが。


「これか…… どう見ても偽物の封印箱じゃないか。

土産物売り場の玩具の方が、よっぽどましな造りをしてるぞ」


「教会のシスターからの依頼でしたので、念の為に」

俺の言葉に、奴は顧客シートを見ながら……


「街外れの貧乏教会の方か…… ここは勇者様のゆかりの地だから、城下の神殿なら偽物でも高く買い取るやつがいるだろうが、これはダメだ。

羊皮紙だって安くはないんだぞ。

金にならん客は、とっとと追い返せ! お前はそんな事ばかりしてるからいつまでたっても最低ランクのFクラス鑑定士なんだ。

もう少し頭を使え!」


俺の頭をコンコンと指で突いて、嫌らしく笑う。

それに合わせて、事務所内から陰口の様なものまで聞こえてきた。


「しかし……」

なんとか食い下がろうとしたら、奴は顧客シートに『返品』と大きく書き込み。


「早く行け! それが終わったら、明日冒険者ギルドに納品する剣を磨いてこい。

あれは少々高値を付けて販売したからな。念入りにやっておけよ」

そう言って、楽しそうに笑いだす。


俺が仕方なく、箱とシートを持って部屋を出ると……

――事務所内から、失笑が聞こえてきた。


どうやら俺のクレバーな仕事ぶりは、凡人には理解できないらしい。





接客室で待っていたシスターに事情をはなすと、やはり落ち込んだが。


「そもそも、売ってはいけないものですから……

これも主のご意思なのでしょう」


彼女はなんとか笑顔を作って、祈りを捧げた。


「もし問題なければ、ここでもう一度鑑定してもよろしいですか」


自分でもなぜそんな事を言ったのか分からない。

シスターを憐れんで? もう消え失せた信仰心が疼いた?

それとも、このくだらない仕事に対するプライドだろうか。


「構いませんが…… その」

手ぶらの俺を不審に思ったんだろうか。

魔法を使うのなら、最近は応用魔道具を利用するのが常識だ。


「鑑定道具は必要ありません。ユニーク・スキル持ちですので」

しかし、応用魔法具が利用できない特殊スキルも存在する。


「特殊な条件がそろわないと発動しないので……

――あまり期待しないで下さい」


成功できるように、彼女のくたびれたシャツを持ち上げる巨乳をバレないようにチラ見しながら……

ポケットから小型ナイフを取り出し、指先を切る。

そして血でテーブルに魔法陣を書き込み、その上に封印箱を置いた。


『アンティーク・ウィスパー』

そう呼ばれるこの能力を持つ人間は、鑑定士ならAクラス。

戦闘能力や他の魔法を併用できる能力があれば、冒険者としてSクラスで仕事ができる。


実際俺意外にこのスキルを持つ人間は、この古物商の創立者で社長をしているAクラス鑑定士のガデル氏と、Sクラス冒険者パーティーで活躍している魔導士マッディだけだ。


しかし俺は特殊な条件がそろわないと能力が使えないため、Fクラスとして認定されている。


封印箱に魔力を流し込むが。


「やはり、ダメなようです」

今回もやっぱり『物』が『話しかけてくる』ことはなかった。


「いえ、その…… お気持ちだけでも嬉しかったです」

微笑むシスターに箱をかえそうとしたら。


「誰じゃ! 我の眠りを妨げるのは」


微かに声が聞こえたような気がした。

しかしもう魔法陣は消えているし、魔力も送っていない。


「どうかしましたか?」

「いえ、どこかから少女の声が聞こえたような気がして」

「まあ、ひょっとしたら『箱』に封印された『龍』がお話になったのかも。

言い伝えでは、美しい少女の姿に化けていたそうですから」


シスターはもう諦めていたんだろう、あるいは俺のリップサービスだと思ったのかもしれない。


そう言って、箱を大事そうに袋にしまうと……

――かるくお辞儀をして、街の喧騒へと消えていった。



++ ++ ++ ++ ++



倉庫で剣を磨き終えて事務所に戻ると、もうそこには誰もいなかった。

俺はいつものように店を施錠して、クールに肩で風を切りながらひとりで家路につく。


この街に流れ着いてそろそろ3年。


おんぼろだが、街外れの戸建てを安く買えた。

今の職場の給料も安いとはいえ、ひとりで細々と暮らしてゆくには十分で、多少の貯えができたぐらいだ。


人と深くかかわるのが苦手せいか、今の人間関係もさほど気にならない。


趣味は通信魔法板で読む「ハードボイルド小説」ぐらいだ。

若者に人気の異世界文化「オタク」も嫌いじゃないが、やはり大人の男の生き様を描いたハードボイルドものが一番面白い。


「人族と言うのは面白いな!

しばらく寝ておっただけで、このように街が変わってしまうとは。

なぜ看板に発光魔石を付けてキラキラ光らせとるんじゃ?

あの娘たちは、獣族でもないのになぜ猫耳を付けておる?

しかし、短いスカートが増えたな! ほれ、あの少女なぞ今にも下着が見えそうじゃ」


だからさっきから聞こえてくる幻聴に、俺は戸惑っていた。

オタク文化風に言えば「ドクデンパ」を受信してしまったのだろう……


「先ほどの剣も、なまくらばかりじゃったが、装飾はユニークで見ていて飽きんかったぞ!

しかしあんな物、お主の能力で使ったら折れてしまうじゃろう?

なぜあんなに丹念に手入れをしておった」


それとも…… 古い友人で、戦から帰ったら「陛下のご下命が耳元で聞こえる」と言いだして、ずっと笑ったままになってしまった奴がいたが。

――それと同じ病気だろうか。


「なあ、どうしてだんまりをキメておる。

聞こえておるのは分かってるんじゃ、いいかげん無視をするのはやめろ!」


頑張って知らないふりを続けていたら。


「そんな態度に出ると。我は、我は……」

涙声で訴えられた。


女の子を泣かせてしまうぐらいだったら、心の病になった方がましだろう。

あのヘラヘラ笑顔が、俺に似合うかどうかが心配だが。


「分かった、降参だ。いったいお前は誰なんだ?」

両手を上げてニヒルに笑う。


「我は太古の龍、名はリリー・グランドじゃ、覚えておけ!

封印袋を出てからずっとお主を観察しておったが……

シスターに対する優しい気遣い、実力があるのに謙虚な姿勢。

少しお人好しすぎるきらいもあるが…… なかなか面白そうだ。

――これもなにかの運命じゃろう。

我の生涯で2人目の下僕にしてやるから、光栄に思うがよい!」


幻聴はとても嬉しそうに、初代聖人ラズロットの友であり、最強とうたわれた伝説の龍を名乗った。


――やっぱり相当疲れているようだ。

幻聴にまで「お人好し」って言われるんじゃ、気が滅入る。

今夜は通信魔法板を見ないで、寝よう。

そう言えば、通信魔法板依存症という病気も最近はやっているらしい。


「よろしく頼むよ」



俺は念のため、そう呟くと……

繁華街で客引きをする女性たちをチラチラ盗み見しながら、我が家へと向かった。

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