2.告白指南

 僕のお気にのビーズクッションに赤くなった顔を埋め、「きゃっ! 言っちゃった!」とかほざきながらベッドの上をごろんごろんするお姉ちゃんは、まさに、頭隠して尻隠さず状態だった。お姉ちゃん、ウサさんパンツが丸見えだよ。

 お姉ちゃんの口から出た予想だにしなかった『告白』の二文字。

 僕はコホンとひとつ咳払いして動揺を追い出すと、


「で、誰に告るの?」


 なんて聞いた。

 あれ? なんで僕、動揺してるんだろ?

 なんだろ? このもやもやした気持ちは。


「えー、それ聞く?」


 うん、まあ、そりゃ聞くよね。


「どうしよっかなぁー」


 なんかイラつく。


「言っちゃおうかなぁー」


 言えよ!


「えとね、元バスケ部キャプテンで三年の天野先輩!」


 あー、あの背が高くていかにもスポーツマンって感じの爽やかイケメンか。


「きゃっ! 言っちゃった!」


 こらこら、僕のベッドでごろんごろんして、ウサさんパンツを見せるな!


「そんで、僕に相談ってなんだよ」

「うん、それなんだけど」


 なぜかイラついて不機嫌な口調で聞くと、僕のそんな態度に全く気づく様子もなく、お姉ちゃんは相変わらずクッションをむにゅむにゅしながら、ベッドに座り直した。


「あのね、校庭の西側に大きなイチョウの樹があるじゃない?」


 ああ、あるね。


「夏休みが終わった最初の満月の日に、大イチョウの下で告白すると、その恋は必ず成就するって伝説があるのね」


 そりゃまた乙女チックな学園七不思議だね。


「でさ、さっき調べたらその満月の日が明日なのよ」


 へー。

 その手の話には興味ないから鼻ホジなんだけど、ほっとくと進みそうにないんで僕は先回りして聞いた。


「つまり、明日が伝説の日だって知ったお姉ちゃんは、告白しようって思ったんだけど、そうは言っても断られるんじゃないかと不安になって相談に来たわけだ」

「なに言ってるの。私が断られるわけないじゃない。こんなに可愛いのに」


 はぁ、さいですか。

 余りにも脳みそお花畑な返答に呆れていると、何を勘違いしたんだかお姉ちゃんはこうのたまった。


「あ、和輝も可愛いよ! 男の子にしとくのもったいないぐらい」


 そんなん言われて喜ぶ高一男子なんていませんから!


「幼稚園のときさ、私のお下がりのワンピ着た和揮があまりにもプリチーで、そんときの写真スマホに入れて、ときどき眺めてるんだから」


 そんな写真は消してしまえ!


「んで、結局なんなのさ」


 わけのわからない苛立たしさが、臨界点に達する前にもう一度尋ねる。


「和揮も一応男の子じゃない?」


 はいはい、いちおーね。


「男の子って、どんな風に告白されたら喜ぶかなーって」


 なんでそんなこと僕に聞くんだよー。


「ねぇ、なんて言ったらいいの?」


 まったく、都合のいいときだけ『男の子』扱いなんだから。お姉ちゃんの思考回路は、どこまでご都合主義に出来てるんだよ!

 僕は、小さい頃から延々と感じていた不満に、降って沸いたように感じるもやもやが手伝い、まともに答える気をさっぱり失っていた。

 さて、なんて言ってからかってやろう?


「うーん……」


 暫くの間もっともらしく腕を組んでから、僕はもったいつけて答えた。


「『私を食べて』かな?」

「『不思議の国のアリス』の台詞ね」


 僕の渾身のボケをボケで潰すとか、どんな高等テクニックだよ!


「確か、アリスがクッキーを食べると巨大化するのよね? それで『私を飲んで』って書いてある飲み薬を飲んで元に戻るんだけど、そっちはいつ言えばいいの?」


 ごめん、僕が悪かったよ。もうアリスネタは止めてくれ。


「まあ、言葉なんかなんでもいいんじゃない?」

「そう?」

「だって、明日大イチョウの下で告白すれば、ひゃくぱー成功するんだろ?」

「うん、まぁ」


 成り行きで、まともな意見が口を突いて出る。


「それに、こんなに可愛いお姉ちゃんに告られて、断る男なんかいねーよ」

「そうだよね! 私、可愛いもんね!」


 はぁ、僕ってばいったいなにやってるんだろ?

 眉唾物の学園七不思議を信じてるわけじゃないけど、みょーな自信をつけたお姉ちゃんが告って相手がOKしたら、二人は付き合うことになるわけで。

 恋人同士なんだから学校の帰りも一緒に帰ったりして、そしたらいつもお姉ちゃんと一緒に帰ってた僕はボッチで帰らなきゃならなくなるじゃないか。

 買い物だっていつも僕が付き合って、てんこ盛り荷物持たされてあちこち引っ張りまわされて「お礼にアイスおごるね」っておごってくれるのはいいんだけど、僕はシングルなのにお姉ちゃんはダブルで「それ美味しそうね、ひと口ちょうだい」って僕のアイスを半分ぐらいかじって、「私のもひと口食べていいよ」と言ってはくれるんだけど、ホントにひと口にしておかないと、マジギレするならまだしもマジ泣きするから、チョッピリ味見するしかなくて、ガッツリお姉ちゃんの歯形がついた自分のアイスを仕方なくぺろぺろするのが僕じゃないなんて、なんかヤダ。

 それに、恋人なんだから、ちゅ、ちゅーとか、それ以上とか――ぅわあああああぁぁぁぁぁーーーーーッ!

 なんか腹立ったので、僕はコホンとひとつ咳払いしてから、男慣れしていないお姉ちゃんを脅すことにした。


「天野先輩ってさ、引退したけど元バスケ部のキャプテンでエースでおまけに成績優秀なイケメンじゃん」

「そうね」

「そんな非の打ちどころのない先輩がモテないわけがない」

「うっ、そう言えば……」


 お姉ちゃんの顔に、不安な表情がよぎる。

 よし! 畳みかけるなら、今だ!


「お姉ちゃん、天野先輩って女の子が自分に気があると見れば、すぐに、ラブホ行こうとか言うヤリチン野郎かも知れないよ」

「ヤリチン?」

「そう」


 僕が言った言葉を、恥ずかしげもなくそのまま繰り返すお姉ちゃんに、ひとつ頷く。

 つか、その台詞、聞いてるこっちが気恥ずかしいから口に出すのやめれ。


「天野先輩だって男子高校生だ。ドイツの数学者ヨハネス・ケプラーが提唱した『モテモテ×男子高校生=ヤリチン』の『ケプラーの第四法則』は、天野先輩にだって当てはまるはず!」

「ケプラーさんって、なんか聞いたことある」


 そんなことケプラーが言うはずないけど、理数系がぱーぷーなお姉ちゃんは、ころっと騙された。

 お姉ちゃんマジちょろいw

 と思ったのも束の間で、お姉ちゃんは気をとりなおしてのたまった。


「まーた、和揮ったら、騙そうと思っていい加減なこと言うんだから」


 あれ? ばれた?


「ウソついたって、お姉ちゃん、ちゃーんと知ってるんだから」


 万事休すか?


「小っちゃいとき、和揮の見て覚えてるんだからね!」


 はい?


「男の人のは、ヤリみたく尖ってなんかいませーん」


 いや、あの、『ヤリチン』ってそういう意味じゃなくてだね。


「ω←こんなんだから! 和揮の、ω←こんなだったから!」


 お願いだから、図解するのはやめてー!


「ああ、もう、お姉ちゃんは! 男のこと全然わかってないんだよ!」

「そ、そう?」

「男はみんな狼なんだからね!」

「ぴんくれでぇ?」


 どこでそんな昭和なボケを覚えて来たんだよ。


「お姉ちゃんは、結婚するまではバージンを守りたいとか、そういう天然記念物でしょ!?」

「え? あ、うーんと。そ、そう――かな?」

「そうなの!」


 僕は、勢いに気おされたお姉ちゃんへ、更に畳みかけた。


「でも、ヤリチン野郎はそんなことじゃ怯まないんだ。『じゃあ、バージンはいらないから、おしりいただくね』とか言うんだよ!」

「お、おしり――」


 お姉ちゃんの顔が幾分青ざめていた。おぼこいお姉ちゃんには衝撃的だったかもだけど、これぐらい脅かしとけば、ほいほい騙されることもないだろう。

 しかし――


「おしりいただくって、かじるの?」


 はい?


「『ヤリチン』って『おしりかじり虫』なの?」


 誰か、お姉ちゃんに正しい性知識を教えてあげてください。


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