第6話:希望は願い


薬草園の一角に建つ診療所、その扉を開け放ち中へと入る。診察台とおぼしき簡素な台があったので、まずジズをそこ寝かせてからカダベルの指示を仰ぐ。


「まずは点滴をうつ」


「あれだよね?とってくる!」


短く言うカダベルの言葉にイリアがすぐに応じ、部屋の奥へ入っていく。医者ではなくても薬による治療方法は心得があるようで、彼は迷わず車輪のついた点滴台を持って戻ってきた。フックにかかっていた管付きの逆さガラス瓶、恐らくあの瓶に薬を入れると、管を伝って少しずつ投与される仕組みなのだろう。


「タテハ、お前も手伝え」


ロコがタテハを呼び出す。助かるよ、とカダベルは言いながら次なる指示を出す。


「《ローゼラ》の血中濃度を下げるところから始めるよ」


「わかった、どうすればいい?」


「その前に気をつけて欲しいことがある。今から言う薬を必ず順番通りに分量を間違えずに入れて欲しい」


絶対だよ、と念を押すカダベルにイリアは力強く頷いた。


点滴は直接体内に薬を投与するため、即効性があり効果もてきめんだが、用量を間違えてしまえば患者の容態に大きく影響を及ぼしかねない。正確に、慎重に、これが基本だ。ミスは許されない。


それらの全てを一瞬で網羅してしまうのがジズの医療魔法なのである。応急手当から命を削るような病の治療まで、どんなこともこなせる。だからこそ、あらゆる存在がジズに希望を持ち、彼のことを求めてやまないのである。


――一体彼は、どれだけ自身の命を削りながら、この魔法でどれ程の命を救い上げたのだろうか。


誰もがそう考えずにはいられなかった。


「この匙と器借りてもいい?」


「もちろんだよ、使えるものは全て使って構わない」


「ありがとう。じゃあ、タテハは器の計量をよろしく!」


「お任せを、イリア様」


「うん、それじゃあ始めようか」


イリア、タテハ、そしてカダベルは手袋をはめてそれぞれの作業に取りかかった。


カダベルはまずロコに脈と呼吸の確認を指示した。患者の容態を確認する中で、医学の知識がなくともはかれるものだ。


「ジズの帳面に脈拍数書いてあるよね。変動は?」


「大差ないな、6回少ないが」


「呼吸は?」


「平時と変わらんと思うぞ?吸は2秒、吐が3秒」


「うん、安定してる。さっきの注射が効いてるね。今のうちに点滴をうつよ」


カダベルは精製水を器に二杯注いでくるように指示しタテハが応じる。彼はその間イリアに小さなワゴンに使う薬をのせて持ってくるようにさらに指示を出した。イリアは頷くと、カダベルに言われた薬の瓶を全て合わせて十三種類ワゴンへ置いた。


精製水が点滴の装置を満たす。ここからが慎重さの必要なところだ。イリアとタテハは気を引き締める。


「一つ一つ確認しながらゆっくりやるよ、急がないでいいからね」


まずは器に《ファテ》匙1半、次に《アピス》匙2、《サアルサメ》匙5を入れて混ぜて。


聞き覚えのある薬草の名前だ。《陽光過敏症》の薬の時にも聞いたものである。《ローゼラ》の血中濃度を下げることにも使えるとは初耳だ。イリアがそう言うと、鎮痛以外にも様々な効果があるとカダベルは教えてくれた。


「《サアルサメ》は《ローゼラ》の成分を解毒するんだ。《ファテ》と《アピス》はその効果を高める相互作用がある。色んな薬の成分に含まれているんだよ」


曰わく、先程ジズに注射した《ハイラゼル》は短期間で体内に入れすぎると、《ローゼラ》以外の成分も遮断してしまい、あらゆる疾患の治癒を阻害してしまうらしい。だから、今回は解毒効果が高い《サアルサメ》を中心とした点滴を入れて様子を見るのだという。


「さあ、それを点滴の瓶にいれて」


混ぜ終わった薬の液体を点滴瓶に入れてよく混ぜる。カダベルは管の先端についた注射針をジズの腕にさしてから、管の途中を止めていた鉗子をゆるめて点滴の投与を開始した。


「この点滴をジズが目覚めるまで継続投与する。二日経っても目覚めない場合は、点滴と共に別処置も行う。……長い戦いだ、大丈夫かい?」


「ジズが助かるなら、なんだってやるよ!」


すかさず返されたイリアの迷いのない言葉にカダベルは少し驚いたようだった。そんな彼を見て、イリアの後に続くようにロコもゆるゆると口を開いた。


「どれだけこいつが命を削って誰かのために尽くしたと思っている?少しは自分のために生きるように此方が全力を尽くすのが、こいつへの唯一無二の褒美だろう?」


ロコの言葉にタテハも頷く。さらにエレオスも続いた。


「こいつは一人で《ナディ》の正体を突き止め、俺たち民の《希望》を掴んだんだぞ?そいつをみすみす死なせる薄情者はここにいねぇよ。寝てて役に立たなかった分、少しは働かせろ」


カダベルはそんな一行を見て、そしてジズを見て、そうだね、と静かに頷いた。


「絶対に、助けなきゃね」




あぁ、

なんてまっすぐな目でこの子を見るのだろうか

ジズ、君に見せられないのが残念でならない

君が得た仲間も、僕ら同胞も

皆が君の生還を願い、心待ちにしていたんだ

これが《希望》なんだよ

生きたいという《願い》が許されない僕らに

生きる《希望》を持たせてくれた君を

皆が救いたいと願っているんだ


君にとっての《最果て》はここにあったんだね

その《最果て》にたどり着いた君に

今度は僕らが《希望》を返す番だ。


生きて、どうか生きておくれ、ジズ。






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