第12話:悲願成就
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三人が小屋に戻ってきたのは夜も更けた頃だった。日も暮れたし、夜にもう少し《メルディ》を探そうよ、などととぼけたことを言うジズとイリアをロコが半ば引き摺るようにして帰ってきたのである。そもそも先程日が暮れたら小屋に戻ることを話したのにこれである。体調が善くなったことで調子に乗っているのだろうか。はたまた……。
帰りがけに採取してきた山菜でスープを作るロコの隣で、これも帰りがけに採取してきた薬草を整理するのはジズ、イリアはその手伝いをしていた。その様子を横目で見るが、あの甘い匂いの原因になる薬草はその中にはないことを確認できてホッと肩を撫で下ろす。
《油断はできませんよ、主殿》
ロコだけに聞こえるように発された声はタテハのものだ。彼曰く、過剰に摂取すれば危険な薬草がチラホラ見受けられるというのだ。
《あれらの薬草、世間一般には鎮痛や解熱、咳止めや血流改善等の効果で知られているものばかりですが、摂取の仕方や量次第では甚大な副作用が危険視されるものばかりです。ただのストックとして採取したものならばよろしいのですが……》
用心なさいませ、という言葉にロコは静かに顎をひいた。
一方のジズは、薬草の仕分けが終わったようで一つ一つを小瓶につめたり、布に包んだりしてポーチに収納していく。
「よーし、終わり!」
「終わったなら配膳手伝え」
「はいはーい」
その軽すぎる返事に違和感を覚えるが、ロコはそれを顔に出すことなく木の椀にスープを注ぐ。受け取るジズの手から、あの甘い匂いは消えていなかった。
「どしたの、ロコ。さっきから顔怖いよ?」
表情には出ていないはずなのだが、不自然に強張っていることが伝わったらしい。そういえば、ジズは職業柄、些細な様子の変化にも敏感なのだ。
どうやらこの相棒に隠しごとはできないらしい。話すべきか。いや、イリアもいる前で話すべきなのか。
そう迷っている時だった、突然空間に小さな鏡が現れ、中から身軽な動きでアゲハが飛び出してきた。そして、おかえり、と声をかけてきたジズに迫ると彼に突然抱きついたのだ。
「な、どうしたのさ、アゲハ」
あまりに突然すぎてその場の誰もが反応することができなかった。アゲハは顔をあげると、普段は開いているのかわからないぐらいの糸目を見開いて嬉しそうに微笑みながらこう言った。
この巡礼を絶対成功させるための原動力となっていた、だがその一方で誰もが予想していなかった、その言葉を。
「ジズ様、朗報です!エレオス様の意識が回復、ヴェーチェル様も容態改善、じきに目覚めるだろうとコルド様が!」
その言葉を聞いた瞬間、ジズの手から箸が滑り落ちた。カシャン、と乾いた音がやけに大きく響くが、それを拾うこともなくジズは口を押さえてその場にへたりと座り込んでしまう。
呼吸が早くなり、肩が大きく上下する。全身が震えて言葉にならない。やっと漏れた声は嗚咽になって、ポロポロと涙が頬を伝う。
「ほ、本当に……?」
「えぇ、採取時についていた《ナディ》の花がギルドで少し日光浴をさせたのみで奇跡的に八分咲きになったのです!無事に花粉を採取し、薬を調合できたので、二人に投与したところみるみる容態が回復していったのです!」
興奮気味に話すアゲハにジズは泣きながら何度も何度も頷いた。その事実を噛み締めるように、力はなかったが、何度も……。
良かった、良かった……。
間に合ったのだ、今にも命を散らそうとしていた二人をすんでのところで救い上げることができたのだ。ジズは涙を拭い、ありがとう、とアゲハにお礼を述べた。
しかし、そこでイリアがハッと何かに気がついたようにすかさず研究帳面を開いて視線を紙面に素早く走らせた。
「ちょっと待って!研究帳面には《ナディ》の花粉は花ごと摂取することって書いてあった。花粉だけだと効力は通常の半分なんじゃ……」
その発言にジズは思わず息を飲む。安堵も束の間、胸の奥でザワリと何かが騒ぎ出す気がして、彼は無意識に肩を抱えて震え出す。彼は直感したのだ。通常の半分の効果では現在のジズほどの回復は望めないことを。彼よりも症状が進んでいた二人だから。
ジズは不安そうにアゲハの方を見た。それはまるで大切な物を失って泣き崩れる子供のように、頼りない姿だった。アゲハはそれを見て、ジズを安心させるように笑顔でゆっくりと首を左右に振った。
「えぇ、イリア様。コルド様も同じことを懸念しておりました。ですが、二人の容態があまり芳しくなかったため、まずは応急処置的に花粉のみで対応されたとのこと。あとはお二人の体力次第だと申しておりました」
「体力次第……」
「花芽はまだいくつか見受けられました。それらの花が完全に咲いたら、再び薬を調合し二人に投与すると仰せでした。効果半減とはいえあの《ナディ》の花粉で作られた薬ですよ?ご安心ください、ジズ様」
「でも……」
ジズがうつむいた、その瞬間――、
《えぇい!説明がまどろっこしいんだよこのドチビ人形が!!》
荒々しい声と共にアゲハの袖の中からひな鳥のように小さな烏が飛び出した。ジズがハッと顔をあげると同時に、烏は彼の額を強くつついてつついてつつきまくる。
「痛い痛い!!何するんだよ!!」
《うるせぇな!お前こそ、何メソメソしてやがんだ、辛気くせぇんだよこのバカ!ちったぁお前の努力と俺たちの生命力信じられねぇのか!?》
その声はよく聞き慣れたもの。何故だろう、巡礼に赴く前に一度話したのに、やけに懐かしく感じられた。
「……レオ、よく無事で」
震える声でその名前を呼ぶと、烏はそこでつつくのをやめて今度は嘴を彼の頬に優しく擦り寄せた。
《すまなかった、重荷にしかなれなくて……。けど、お前が無事で本当に良かった。ありがとな、ジズ》
エレオスの魔法で作られたその烏からは確かに彼の温もりが感じられた。ジズは今度こそ安堵し、声をあげて泣き出したのだった。
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