第13話:《ミナス・ケラ》

さて、泣くジズを嬉しそうに見たイリアは、ふいに液体の入った二つの小瓶を取り出してアゲハに渡した。


「ねえ、アゲハ。悪いんだけど、もう一度 《メルディ》の樹液と雪解け水を持ってコルドのところに行ってくれないかな?」


帰り際に採取してきた樹液と雪、それらは彼らの生命線だ。《ナディ》の花が咲いたら改めて調合するなら、あの量では足りないと考えたのだろう。


「もちろん、そのために戻って参りました。――主殿、今一度転移魔法の使用許可を」


「お前が必要と感じたら使え。許可はいい」


「感謝します、では」


アゲハの姿が言葉と共にフッと消えた。ロコはそれを見送ってから、今度はジズの肩に止まった烏に視線を向ける。


「で?お前はそんなにほいほいと魔法を使っていいのか?」


《はぁ?いいわけないだろうが。けどな、てめぇに任せてたらジズの命がいくつあっても足りねぇから、こうして……》


「寝てろ」


《……は?》


烏の声が少し低くなる。同時に放たれた冷たい気が室内の空気を重くする。イリアはビクッと肩を震わせるが、ロコは平然とした態度のままだ。ジズの方を見ると、目は赤くなっていたが涙はとまっているようで、今度は呆れたように額を手で押さえている。


「聞こえなかったのか?寝てろ、と言っている。また倒れられたらこちらが迷惑だ」


《てめぇが頼りねぇせいだぞ、《人形師》!》


少し元気になった途端にこれだ。とにかく短気で喧嘩っぱやいエレオスと、無意識に人の神経を逆撫でさせるロコとはよく衝突するのである。否、エレオスは誰でも喧嘩を売るのだが……。


「はいはい、レオのこともロコのこともわかったから、それより今はご飯食べるのと、残りの《メルディ》について考えようよ」


そういえば食事はまだだ。配膳を再開するジズに烏は、おい、と声をかけて耳許でささやいた。


《まだ巡礼とやらは済んでねぇのか?》


「いや、順調にここまで来たんだけど。まだ見つかってない《メルディ》があるんだ」


そうだ、レオもちょっと考えるの手伝ってよ。正直手詰まりな感じもあってさ。


ジズはそういうと、ロコの書いた地図らしき書き付けを参考に作った鳥瞰図を床に広げた。そこにはすでに回りきった《メルディ》の位置が青インクで記されていた。余談ではあるが、ロコよりも数倍わかりやすい図である。患者の症状などをカルテにまとめることがあるためだ。


さて、烏はジズの肩から降りて鳥瞰図の傍らにしゃがみこんだ。


《この印が巡礼の導か?》


「そう、今はこの小屋にいる。たどった道を書き加えると……」


ジズがポーチから出したペンで赤い線を結んでいく。烏の首がその動きに合わせて首を巡らせる。そして、最後の印に線が到達したとき、烏はふむ、と唸った。


《この巡礼、本懐は封印か?》


「えっ!?なんで……」


そこでスープをすすっていたイリアが驚き目を見開いた。ジズもそこまでエレオスに伝えた記憶がないので、イリアほどではないが彼も驚いた表情だ。すると、烏ははぁ?と怪訝そうな声をあげながら鳥瞰図を足蹴にした。


《この線と印はどう見ても《ミナス・ケラ》っつぅ封印術式の形だろ?まぁ最近は封印する機会も少ないから、知ってる奴の方が少ないのも無理ないけどな》


曰わく、《ミナス・ケラ》とは別名 《月の封印》と呼ばれている封印の術式である。太古より月の力を操る民たちに広く使われていたものだったが、使う力が桁違いで扱える者がいなくなり次第に廃れたのだという。しかし、その封印の威力は桁外れに強く、一度かければ百年以上持つという代物。封印対象の気配すら漏らさないほどであるらしい。


元々 《コバルティア》の教会で神父をしていたのが、この烏を操るエレオスという男。封印や浄化、洗礼、などといった魔法にとても詳しいのである。


「《ミナス・ケラ》……。それ、確か里に伝わってる礼拝の祝詞の中にあったような」


《それだよ、それ。試しに読んでみろ》


「あ、うん……」


記憶を辿っていたイリアによって読み上げられた祝詞は次の通りだった。




  芽吹きの時、

  薫香が雪を色づけ

  《シャマリー》が強く輝く


  《ミナス・ケラ》は月の小屋より生じ

  月神の足取りに従い移り行く

  生死を体現せしその旅は

  夕刻に始まり

  夜更けに半ばを迎え

  明け方に終わりを告げる

  旅路は常に月神に見守られ

  安寧の道を歩むことだろう


  《シャマリー》よ

  旅人の道を示せ

  月神よ

  旅人の安寧を願いたまえ

  《ミナス・ケラ》よ

  民に安息を与えたまえ




《……おい、どう考えても、この祝詞が巡礼の糸口だろ。全部答え言ってるじゃねぇか、なんで誰も気がつかねぇんだ》


聞き終えた烏の盛大なため息が響く。とは言え、ジズもロコもこんな祝詞は聞いたことないし、イリアとて《ミナス・ケラ》が封印を示していることに気がついていなかった。無理もあるまい。


「つ、つまりどういうこと?」


《簡単な話だろ、月の出の方角と満ち欠けだ。新月から次の新月までは毎日月が昇る時間と方角が違うからな。常に月神の見守りがあるっていうなら、月の見える方角に進めば目的のものがある。そういうことだろう》


夕刻に始まり、夜更けに半ばを迎え、明け方に終わる。確かに新月から始まる月の位置に対応している。新月から次の新月までかかる日数は一ヶ月。どうやら一ヶ月以内にというあの口伝は巡礼の期間ではなく、月の位置が重要だったようだ。


《おい、ジズ。この鳥瞰図の南はどっちだ》


「こっちだ」


《よし、じゃあ今から俺が示すとこに印書いて、その順番通りに線で結べ》


その意味を的確に理解したジズは黙って彼が足で示す位置に印を書き入れていく。そして最後に一息で図を大きく跨ぐ線を記した。


三人は息を飲んでその線に沿って視線を走らせた。烏は得意気に羽を広げてジズの肩に飛び乗りながら言う。


《印には若干のズレがあるかもしれねぇが、この線上に《メルディ》は必ずある。断言していいぞ》












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る