第11話:甘香
「さて、次の《メルディ》を目指そうか」
「少し休まず大丈夫か?」
ここのところは昼夜問わずに歩きづめだった。いくら太陽光が少ないとはいえ、《陽光過敏症》の二人が昼に行動するのは相当身に負担をかけているに違いない。
だが、ジズもイリアもけろっとした様子だった。
「平気だよロコ。それより早く行こう?場所がわかってる《メルディ》、次で最後でしょ?」
「イリアの言う通りだよ。次で十五本、あと七本はどこにあるかわかんないんだからさ」
「……わかった。ただ、次の《メルディ》を確認したら一度小屋に戻るぞ。お前たちときたら飯も睡眠も満足にとっていないことを忘れているな?」
呆れたように息をつくロコ。同時にきゅるる、と情けない音が二人から聞こえてきた。そういえば朝食はまだだったな、と思い出す。
正確な時間は時計を見なければわからないが、現在は恐らく昼時。昨晩から休まず行動して三本の《メルディ》に星を埋め込んできたため、そろそろ体力の消耗が表面化してくる頃だろう。夢中で気がつかなかったが、そういえば全身に倦怠感に似たものを感じつつあった。
「わかった。次の《メルディ》を確認し終わったら小屋に戻ろう。そこでちゃんと休んでから、残りの七本について考えよう」
「そうだね、言われてみればお腹も空いたし。僕、ロコの作る山菜のスープが食べたい!」
「それなら、行きがけに材料も集めるぞ。備蓄はないからな」
「任せて!!」
行こ、ジズ、とイリアはジズの腕を引っ張って走り出した。ちょっと、と驚いた声をあげるジズがロコの横を過ぎるとき、ふいに甘い匂いがして漂ってきた。
――この香り……。
ロコは表情を険しくすると、橙と黒の指輪の紋様をなぞりながら二人の背中を目で追った。
雪とはいえ、太陽光が全く届かないわけではない昼時分。彼らがあのようにしていられるのは《ファテラピロン》という《陽光過敏症》に対する薬を飲んでいるからである。
効能は前にも記した通り、軽度の筋弛緩と魔力の循環改善である。≪陽光過敏症≫は陽光が体に刺すような痛みを立て続けに起こすため、体がストレスを受けて緊張状態になり、それが頭痛やめまいが起こすと考えられている。また、緊張が魔力の流れも滞らせ、魔力の流れが悪くなると全身の倦怠感や吐き気をもよおす。その二つの症状を抑えるための薬である。
この薬を朝と晩の二回、キセルで飲むことを日課にしている二人だが、今の香りはジズからのみ感じた。何やら妙な胸騒ぎがして、ロコは指輪に向かって呼びかけた。
「タテハ、そのまま聞け。ひょっとしたらまたお前の力を使うことになるかもしれない」
《何か気になることがおありで?》
「少しな。杞憂であればいいのだが……」
そう、不安気に潜められた主の声に、タテハはすぐに事態を把握したようだ。
《……わかりました。いつでもお呼びください》
「すまないな」
《いえ、彼の命に何かあってはなりませんから》
助けることも叶わず命が散る瞬間を、僕ももう見たくはありませんから。
タテハの優しい声に、そうだな、と頷く。人間でありながら何百年という長い時を生きてきたロコは、今までたくさんの戦乱や旅を経験してきた。志半ばにして命を散らす者を見たことも少なくない。だからこそ、無鉄砲で自分の命をかえりみないジズのことを誰よりも気にかけていたのである。
「あいつを死なせては、あいつの兄貴分たちに合わせる顔がないからな」
《素直じゃありませんね……》
苦笑するタテハの言葉をさりげなく聞き流し、ロコは小さくなっていく二人の背中を急いで追ったのだった。
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