第3話:《陰》
先の閉ざされた暗い道。光を願っても閉ざされた蓋が開かれることはない。地下、またその深淵に棲むものたちに光が届くことはないはずだった。
だというのに!なぜだ。どうして俺たちだけが封じられねばならないのか。太古に犯した罪など、かの一族も同じであろう!
許さんぞ……。けっして許すまいぞ。
呪いの言葉は呪詛となって地の底から地上へと漏れだしていく。ジワリジワリと染み出すそれは、辺りを負の色に塗り潰していた。
地中は地上よりもその影響がより強かった。だからこそ、この地下道にもねっとりとまとわりつくような負の念が満ちていた。
《ヤコウソウ》がぼんやり光る道を三人は歩いていた。
「澱みがすごいな。イリア、具合はどう?」
「うう、あまりよくないかな」
目に見えて調子が悪そうなイリアに声をかけると、予想通りの返事が帰ってくる。
「……少し目を閉じて」
「え?うん」
不安そうにまぶたをおろすイリア。改めて顔色をうかがってみると、真っ白な肌はなんだか血色が悪く見えた。体内の力の流れを見るために目に意識を集中する。蜘蛛の刺青と目が淡い光を発すると、彼の体が透き通って見えた。
――外気がイリアの呼吸とともに体に取り込まれてるな。
それは当たり前の話なのだが、問題はそこではない。
――気の中にあるこの澱み……、負の念が相当強い。これがイリアの精神に干渉してるのか。
呪詛めいた負の念となって漂う気に溶けている。それを体内に取り込めば、どんな存在にも多かれ少なかれ変化が現れる。悪寒、吐気、めまい、頭痛などの風邪のような身体症状から始まり、適切に処置を行わないと精神にも飛び火する厄介な症状が……。
ジズはそれを瞬時に見抜くと、今度は指先に力を集中して魔力を凝縮、そしてイリアの肩に具現化した蜘蛛をつぅとおろした。蜘蛛はとぷんとイリアの体内に沈むと、弾けて四方八方に光を散らした。
ぷつりと指先から伸びていた糸状の魔力が切れる。
「はい、終わり。もういいよ」
目を開けたイリアに調子は?と聞く。彼は不思議な表情をしながらジズを見た。
「何か軽くなった、かも」
「良かった。ちょっと注射させてもらったよ。もう少し待てば全身に効果が回るから」
先程の蜘蛛はジズの医療魔法の一つ、通称 《注射》。病の諸症状を和らげたり、薬の効き目を促進したりするものである。先日のイリアのように生命力が枯渇していない場合、この《注射》である程度症状の緩和をすることができるのだ。もっとも効果は一時的なものである。加えて効力はそれなりに高いため、多用しすぎると麻薬のような依存性が副作用的に現れてしまう。用心が必要な魔法だ。
「……というわけだから、本当に気分の悪いときだけね?」
それらを説明したジズが最後にそう付け足すと、イリアはコクリと頷いた。
「おい、お前は大丈夫なのか?」
「まあまあだね。《陰》の気には慣れてるから」
何せ自分の体を蝕む《種》と同質のモノだ。しかしそう応えると、ロコは呆れたように息をついた。
「そうではない」
「これはテソロさんやイリアの治療のときみたく生命力を分けるものじゃないから、大丈夫だよ?」
「だから違う。お前、顔色悪いぞ」
そう指摘されて不思議そうに首を傾げるジズ。
「え?そうかな?」
ペタペタと顔に触れてみるが、火照った感覚も、悪寒も、むくんだ感覚も、何も異常はない。身体にも特に自覚する症状はない。
「なんともないよ?《ヤコウソウ》の光のせいじゃない?」
「……それならよいが」
なにやら心配そうにジズを見るロコ。
地下道を発見したロコは少し後悔していた。これほどの《陰》の気が満ちているなら、先にギルドに連絡をとりこの気に対抗できる《魔法具》を取り寄せるべきであったと。
ジズはああ言うが、彼の身体に変化がないわけがないのだ。前述の通り、ジズの体内には《種》がある。たとえ自覚症状がなかったとしても、強い《陰》の気にさらされれば《種》が成長することも考えられるのだ。
慎重なロコには珍しい初歩的なミスだった。
「地上に出たら、急ぎギルドに使いを飛ばそう。これはあまりにも危険すぎる」
「心配性だな、ロコは。慣れっこだから大丈夫だって」
そう言ってジズはやんわりと笑って見せた。
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