第10話:危篤


最期――。その言葉にロコとヨイは息を飲んだ。あまりにも静かで達観したような言い方に、ヨイが乾いた笑いを浮かべる


「最期なんて縁起でもないですよぅ」


「いや、最期さ……」


ゴホッとジズが咳き込む。ピシャリと落ちる赤色の滴が月明かりでギラギラと輝き、嫌に不吉なものを感じさせる。


ロコはあわててジズに駆け寄った。瞬間、唐突にジズの魔力が大きく乱れるのを感じ、首筋の蜘蛛が淡く発光するのを見て舌打ちをする。


「お前、なにをした……?」


「処置だよ、決まってるじゃないか」


この子を生かすための治療をしたまでさ。


≪メルディ≫に流し込まれたイリアの力は尋常な量ではなく、下手をすれば一度で死に至る危険性もあった。何百年も巡礼が成功していないのだから、≪メルディ≫の生命力は枯渇しているのも当然である。力が強いイリアだから辛うじて死を免れたものの、一度で昏倒してしまうほどの魔力量を彼は≪メルディ≫に捧げてしまったのだ。


これでは誰も帰って来られないのも頷ける。恐らく歴代の巡礼者たちは力が足りず≪メルディ≫に生命力までも食われてしまったのだろう。


その≪メルディ≫はというと、先程枯木であったのが嘘のように艶やかな姿に変貌していた。ぷくりと膨れた梢からはなにやら小さな双葉が一つふたつと生じ、先端に小さな蕾を膨らませている。


その姿はまるで死んでいたものが生き返ったようであった……。


「当然だろ?俺は医者だ」


ロコが瞠目する前でジズはそう言いながら口許を拭った。そう、≪希望≫を絶やさないために、ジズは医療魔法を用いてイリアに力を分け与えたのだ。彼の命をつなぐために。


その代償がこれだ――。


「ロコ、ギルドでヴェーツとレオには会ったろ?」


元気にしてた?


突然話をそらしてくる。それが何を意味するか、ロコは正確に理解し眉間にシワを寄せる。


「そんな話をしている場合か……?」


「いいから!……教えて」


「……二人とも昏睡状態だ。エレオスのやつはたまたま私が帰ったときに奇跡的に意識が回復したそうだが、ヴェーチェルはもう……」


「そうだよね、一番若い俺だってたった一回力を使っただけなのにこれさ。もう、長くないよね」


遺言なんていらない、って啖呵切ったのにね。情けないや。


ふふふ、と力ない笑みが溢れる。その時だ、いつも表情を変えないロコが珍しくギリリと唇を噛んだかと思うと、突然ジズの腕からイリアをかっさらい己の足でジズのわき腹を力一杯蹴り飛ばした。意表をつかれたジズは避けることもできずにぶっ飛び、苦しそうに咳き込んだ。


「ふざけるな……っ」


「……っつぅ」


「情けないだと?口先だけでペラペラと……、思ってもいないくせによく言う」


「そんなこと……」


「思っていないなら、死に魅入られるな!」


タテハ、とロコが呼び掛ける。すると、まるで待ちわびていたかのように指輪から飛び出したタテハがジズに駆け寄る。


「魔力低下、脈拍の乱れ強、反作用により精神安定しません、危篤です!」


「処置しろ!ここで倒れるなど私が許さん!」


「はい!」


鋭い檄を飛ばすと、タテハは両手をジズの胸に押しつけて力を注ぎ始めた。


ピシリと鈍い音が響く。剥がれた胡粉がジズの頬に降り注ぐ。


「……よせよ、タテハが壊れるだろ」


「黙れ」


「俺は……」


「しゃべるな」


「……この身が朽ちることに恐れなんて」


「黙れと言っている!そんなに死にたいのか!」


死――。


なんと甘美な響きだろう。受け入れればもう苦しむこともない。ここで自分が倒れてもきっとロコは≪メルディ≫の正体に気がついて巡礼を成功させてくれるだろう。


――それでも、いいだろ?なあ。いいよね?




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