第9話:≪希望≫
「今のは……?」
ジズが独り言のように呟く。すると、膨らんだ枝の根本から小さな小さな双葉が一つ、二つ、と芽吹き始めたのである。
≪ナディ≫は≪メルディ≫に宿木する。その言葉がふいに思い出された。
もしかして、≪ナディ≫は……。
そんなジズの思考を遮るように獣が威嚇するような低い唸り声が聞こえてくる。
瞬間、ロコが足を振り上げたかと思うと、声の主とおぼしき野犬を蹴り飛ばす。その攻撃でピクリとも動かなくなかった野犬を一瞥すると、やはり≪吸血虫≫が首筋に食いついていた。ロコは深々とため息をつく。
「まさかとは思うが、行く先々こんな急襲に会うのか?たまらんな」
「元を断ちたいですねぇ。僕が探しましょうか?」
明らかに人為的何かを感じ、ロコとヨイが口々に言う。そんな二人を尻目にジズはふふ、っと微かに笑い大きく息を吐き出した。
「やっと、つながった……」
そうひそりと呟いて……。
イリアは目を閉じたまま動かない。≪メルディ≫に絶えることなく注がれていく彼の力は枯木の内部に対流していく。が、その力の持ち主であるイリアの顔はみるみる真っ青になっていた。
突然、イリアの身がグラリと後ろにのけ反った。あっ、と誰かが声をあげる前に、まるで全てを予測していたような動きでジズが彼の身を腕で支える。
彼は静かにまぶたをおろしていた。呼吸はやや深め、睡眠しているときに見られる傾向だ。
「闇雲に探しても仕方ない。あっちが来てくれるなら好都合だよ。予定通り、昼に休んで夜動くべきだ」
「さらっと言ってますけど、大丈夫なんですかー?その子」
「大丈夫じゃないからこその提案だよ。襲撃も問題ありだけど、イリアの体力も難ありだ。ここで戦力を分断したら、万が一守りきれなかったとき、彼の身を危険にさらすことになる……」
「でも、凶暴化した魔獣の大群に襲われたって、僕たちひとたまりもありませんよー?ね、主殿。だから僕を……」
「いや、お前とイリアが動きやすい方でいい」
「えぇっ!?なんでーっ、そこは『索敵してこい』でしょーぉ!?」
「巡礼の安全面が優先だ。お前を索敵に回す余裕はない」
「ぶーぶー。知りませんよ、襲撃増えても」
「働け」
ロコの判断を受けたヨイは不満気にジズを見る。ジズはそれに気がつかないふりをしながら腕の中のイリアに視線を向けた。
「今ので全部つながったよ。コルド様がどうして俺にこの仕事を頼んだのか。それから、≪ナディ≫の正体も……」
優しく、しかし固く抱き締めて、ジズはまぶたを閉じた。
この子こそが、ずっと≪コバルティアの民≫が求め続けてきた存在……。≪月慈の里≫に恵みをもたらし、地の国の蓋を封じ、そして≪コバルティアの民≫の命を救う生命を宿らせる者。
――≪希望≫は願いのことだ。
その言葉の意味がようやくわかった気がする。
「≪死を、恐れよ。生を、畏れよ。我が身を懼れよ ≫。……君をたとえどんなことがあっても生かすのが、俺の仕事だ」
だって俺は医者だから、とジズは震えそうな声で言った。今度は、今度こそは、絶対に命をつないでみせる。師匠の救えなかった、あの苦しみを味わうのはもう嫌だ。
「君は、俺の……最期の≪希望≫だから」
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