第11話:死恐



そう思うと同時に頬が熱を持つ。恐らく叩かれたのだろう。


「この大馬鹿者が……っ!タテハ!≪枷≫を外せ、何としても蘇生させろ」


「お任せを!」


温かく優しい何かが自分の身に静かに流れ込んでくる。タテハの力、ひいては操り手であるロコの力だ。彼らも命を投じている。他ならぬ自分のために……。それがなんとも滑稽で笑えてきた。


――情けないねぇ。人を救うための医者が誰かに救われるなんてさ。


力が流れ込んでくると、死への憧憬は次第に成りを潜め、虚無感ばかりが増してくる。


結局、ロコの言う通り、口先ばかりなのだ。詭弁を並び立てて、さも自分が万能なように振る舞っているだけ。そんな、自分など……。


――死、それでいい…のか…、


本当に?


刹那、心の内で誰かが言った。ハッと息を飲む。すると、今まで見えていた死への憧憬が一気に霧散し、息苦しさと胸の痛みが彼を確かに彼の中に呼び戻した。たまらず咳き込みながら、ジズは聞こえてくる声に耳を傾ける。


―いいのか?その程度の覚悟だったのか?


自分が今ここで散れば≪コバルティア≫の希望は潰える。民は皆、長にすがり悠久の苦しみの連鎖に加わる。すがらなかった者は命を終えて二度と目覚めることはない。


――それでも、イリアが生きていれば……。


いや、とジズは次第にはっきりとしてきた意識の中で考える。


――いいわけが、あるか……っ!


自分がここで目を閉じれば、≪ナディ≫の正体は永遠に闇の中だ。運よくロコやイリアが気がついたとしても彼らに≪コバルティア≫を救うための手段はわかるはずがない。


――≪死を恐れよ、生を畏れよ≫。最期を容易く受け入れるな……っ!


息がつまる、苦しい。ああ、でも。


――≪最果ての希望≫を掴むまで、死ぬんじゃないよ、ジズ。


そう、生きてこその≪希望≫だ。


「ジズさま!気を確かにお持ちください!!」


タテハの声だ。球体関節の手がカタカタと震えている。その音が激しくなるにつれ、ジズの身からは先程までの苦しさが消えていく。朦朧としていた意識ももう完全に覚醒した、その瞬間、


バキッと鈍い音がした。タテハの肉体がまるでガラス細工に何かが力強く叩きつけられたかのようにひびはいり、パリン、と音を立てて砕け散った。ジズの頬に落ちた義眼が当たる。それで、彼の意識は完璧に浮上した。


「タテ……」


呆けた声で言うと同時にロコの平手がジズの頬に飛ぶ。


「この大馬鹿!自己の犠牲で誰かを救おうとする輩が医者を名乗る資格などない!」


怒号が耳を打った。ジズは熱くなった頬を撫でながら苦笑する。


「本当に、そうだね。……ありがとう」









――死。それは甘美で魅力的な響き。誰もがその足音を聞けば正気を失い、その味に酔ってしまう。


最期の瞬間を決めることは容易いことだが、その意志は本当に自分のものと言えるだろうか?


改めて心に放て。死への恐れを。


選ぶのはあくまでも自分だ。


≪灰蜘蛛ノ手記より≫ ――


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