第8話:≪メルディ≫への祈り


日が暮れる。吹き抜ける風が冷たく肌に突き刺さり、本格的な冬の訪れを告げていた。ジズたちは早速巡礼の途につく。


「結局、あいつは何もしゃべらなかったか」


「操られていた奴だ。何も知らなかった、というのが正しいだろう」


道中、ジズは例の襲撃者のことを話題にしていた。


あのあと、目覚めた襲撃者にロコがありとあらゆる尋問を完全に日が暮れるまで重ねたが、残念ながら功を奏さなかった。彼は何も知らず、また何も覚えていなかったのである。恐らく術者が記憶を消すような細工でもしていたのだろう。


イリアを狙う者の正体は地の国の者、ということ以外何もわからなかった。


「地の国には色んな種族がいるはずなんだよね。全てがイリアを付け狙ってるのか、はたまた特定の種族が狙っているのか…、それさえもわからないのは厄介だね」


地の国の種族で一番多いのは獣魔族という地上の魔獣を統べる高い知能を持った一族だ。他にも龍魔族、魔人族、悪魔族、不死族などといった異形の者たちが地の国には大勢住まっている。その多くは太古地上で何らかの罪を犯した幻獣やエルフたちの成れの果てだと言われている。


その全てを相手どることはさすがのジズでも不可能である。ロコがいても生存確率は限りなく低い。できれば一種族であってほしいものだ。


そこで、ロコがイリアを振り返る。


「お前、心当たりはないのか?」


イリアは首を左右に振った。


「ごめん、ないんだ。……でも≪スカル・ナイト≫は月光浴のとき、たまに襲ってくるって兄さんが言ってた」


≪スカル・ナイト≫。命を失い朽ち果てた死体がが起き上がった姿。多くは使役者がおり、操られている下級の魔族だ。その使役者はというと、不死族の高位の魔族であることが多いと言う。


「だと、不死族が濃厚かな?……ちょうどいいや、ロコ知り合いいるでしょ?ちゃちゃっと連絡とってよ」


「無茶言うな。仮に首謀者がそいつだったらどうする」


「話し合ってやめてもらえば……」


「無理だろ。お前に≪ナディ≫の花粉を諦めろ、と言うようなものだぞ」


「それは無理だ」


はぁ、と盛大に息をつくジズ。すると、目の前を歩いていたイリアが急に立ち止まったので、ジズがその背中にぶつかってしまう。


「わっ、ごめんイリア」


謝るがイリアは聞いていなかった。彼はフラフラと道の途中に生えている枯木に向かって歩を進めていく。


「……あった、一本目の≪メルディ≫」


イリアはうわ言のように言うと、木に触れながら目を閉じた。その枯木の根元には甘い香りの可憐な花が咲いていた。


ジズもロコもその花は見たことがあった。≪月慈の里≫への道中に≪クレオール≫と勘違いした花。まさかその傍らに生えていた枯木が≪メルディ≫だったとは。


彼らの目の前でイリアは目を閉じたまま動かない。どうやら≪祈り≫を捧げているらしい、手のひらから淡い光が生じているのが見てとれた。仕事上、人の魔力の流れを視ることがあるジズには、イリアの力が≪メルディ≫の枝一本一本に蝋燭のように灯っていくのがわかった。


ざわり、と≪メルディ≫が揺れる。突然、幹に近い枝の根本がぷくりと風船のように膨らみ始めた。そこでイリアが片手を天に掲げると、何やらキラキラ光る欠片が一粒、彼の手のひらに落ちてくる。迷わずそれを膨らんだ枝の根本に押し付けると、それはじわりじわりと枝に吸収されていった。


「……」


イリアが何かを呟く。恐らくは祝詞だろう。瞬間、膨らんだ枝の根本がひときわ大きく光り輝いた。まるで星のように……。


驚くジズの目には、そこにこの上なく清い力が宿っていくのが確かに見えていた。




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