第7話:巡礼の真実


三人分の視線を受けたイリアは驚くことなく、むしろどこか観念したように俯いた。その様子はまるでこうなることがわかっていたかのようで……。


「いつまで黙っているつもりだ?」


「怯えるのは構いませんけど~、ちゃんと事情知らないと、僕らも守り切れませんよ~?」


ロコとヨイが厳しい声で聞く。特にヨイは冷たい視線まで浴びせかけている。


「ちょっと二人とも……」


「いいんだ、僕が黙っていたのがいけない」


イリアはそう言って重々しく口を開いた。


彼の話の内容はこうだ。


今から十年前、地の国と呼ばれる不死族の国の蓋が開き人間の国が蹂躙されたとき、それを食い止めたのはジズたちの所属するギルド≪白烏≫や各国の傭兵ギルドの人間たちだった。しかし、最後の最後、地の国の蓋を封印した一族は≪月慈の民≫、つまりイリアたちであったのだという。


地の国の一族は血気盛んで地上に混沌をもたらそうとする存在だ。過去に何度も地上へつながる蓋を開けては地上の者たちを蹂躙していた記録が残っている。その度に人間が彼らを食い止め、≪月慈の民≫が封印を施す、その繰り返しが今世まで続いているのだそうだ。


そして、その封印の力を強めるために地上に根付く≪メルディ≫の成長は大きく関係しているのだという。タネはわからないが、つまり≪メルディ≫の成長を促すという点で、この巡礼は非常に重要な儀礼となるのだ。


「その巡礼が……、巡礼に行った者は、誰も戻ってこなかったんだ。ずっとずっと……」


≪メルディ≫が成長した様子もない、あぁ、失敗したんだな、って。


イリアは続けた。


そうしているうちに誰もが巡礼に行くのを拒み始めた。地上の安寧を守る尊いお役目ではあるものの、皆命が惜しいのだ。


そうしていつか、緩みきった封印をかけ直すため、一度の巡礼に投じる力も莫大なものとなり、普通の民では手に終えなくなってしまった。すると、これ幸いに貴族にして神父の家系であるイリアの家に白羽の矢が立ったのだ。≪祈り≫の力も強く、生まれる子供は必ず双子であったこの一家が、もっとも適任で、もっとも都合良かったのである。


「え、じゃあテソロさんとは?」


「双子だよ。僕らの一族に生まれる双子は、力が強ければ強いほど幼い姿で成長が止まるんだ。兄さんの方が僕より大人の姿なのは、僕の方が力だけは上だったから」


巡礼に行くのは、兄弟で必ず力の強い方とする。古くからの言い伝えだ。そうでなくても、今回の巡礼は必ず成功させなければ、また封印が緩んでしまう。だから二人のうち力の強い僕が今回選ばれたんだよ。


そう、イリアは続けた。


「力が強いから、ねぇ……」


「うん……。僕の父さんが前の巡礼者だった。その前は父さんの母さん、その前は母さんの叔母さまだった。皆≪祈り≫力が強くて、そこいらの獣にも負けないぐらい武芸もできたんだ」


「だが、誰一人帰ってこなかった」


「そう。だから、怖いんだ。故郷に二度と帰れなくなってしまうことが……」


怖くて怖くて、巡礼なんか行きたくなくて……。だから、病気になって心底安心してたんだ。このまま具合が悪ければ、巡礼に行かなくて済むから。でも、心配する兄さんの顔も見たくなくて。


「もう、嫌になっちゃったんだ。生きるのも何もかも……」


イリアはそう言って俯いた。ジズがどう声をかけるが逡巡していると、ロコが彼にズイッと顔を近づけた。


「じゃあ、やめるか?」


「そ~そ~、怖いんならやめちゃえば~?」


ヨイも唱和する。とうとうイリアは顔を背けて黙りこんでしまった。ジズはそんな彼を心配そうに見ながらも何も口にすることができなかった。


決めるのは彼だ。自分ではない。たとえ≪ナディ≫の手がかりがなくなってしまおうと、イリアの意思を潰すわけにはいかない。


「どうするんだ?引き返すなら今だぞ?外に出れば、逃れられないのだからな」


ロコが再度聞く。すると、イリアは唇を噛み締めながらまるで挑むような眼差しをロコに送った。


「……やめない。絶対にやめたくない。僕が地上に来たのは、皆の≪希望≫になりたいから。だから、絶対に、やりきりたい。力を貸して!」


≪希望≫、その言葉はジズの心に深く深く突き刺さった。彼はふふ、と思わず笑みを溢した。


「どこかで聞いたような言葉だ。一体どんな戯曲を見たんだい?」


「≪灰蜘蛛≫の戯曲だよ。僕に覚悟を与えてくれたんだ。彼のように僕も……」


「あー、もういい。わかったよ。――俺はついていく。ロコは?」


「聞くまでもなかろう?」




かくして波乱の巡礼が幕を開けたのだった。
















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