第8話:目覚め




「……っ!!」


見慣れぬ天井、白い布団…。再び目覚めたジズは大きなベットに仰向けに寝ていた。体がだるく重い、頭にもやがかかったように思考が働かない。肘をついて起き上がろうとすると、激しい頭痛に襲われ布団に身を引き戻される。


――あぁ、またか。


ぼんやりと心のうちで呟く。同じような経験は何度かあるが、今日のこれは今まで以上に辛くて苦しい。魔法を使うのも難しそうだ。


――俺の時間はあと、どれぐらい残されているのだろう……。


その時だ、


「あっ!」


その声でジズの思考は一旦停止する。視線を巡らせると、そこには水を入れた桶を持ったまま、目を大きく見開いたイリアがいた。すぐに駆け寄ってきたイリアはジズの額に手を当てて熱がないことを確認すると、力が抜けたようにその場にヘナヘナと座り込んでしまった。その目からは次から次へと涙がポロポロと流れだしていた。


「良かった、良かったよ、ジズ。十日も高熱だしてうなされて、血もたくさん吐くんだもん。死んじゃうかと思った……」


「……あぁ、心配かけたね」


言いつつ笑顔を見せるが、体は変わらず動くことを許してくれない。こんなに体が動かないのは久しぶりだ。


ジズは視線を配って部屋の隅にまとめられた荷物を見つけると、震える手で薬の入ったポーチを指さした。


「イリア、悪いんだけど、あれとってくれない?」


イリアは頷いてすぐにそれを手渡してくれた。体が言うことをきかないジズは、それを開けて中身を出してくれるように頼んだ。言われるがままにベッドの上にポーチの中身を出す。


「≪ファテラピロン≫の粉末、入ってるだろう?それを≪ラトム≫の葉にくるんで、キセルにつめておくれ」


「よくなる?」


「きっとね」


言いつつ、ジズは楽観視していなかった。≪ファテラピロン≫は鎮痛作用をもつ≪陽光過敏症≫のための薬だ。今回の症状はけして陽光のためではない。対する≪ラトム≫は魔力安定剤であるが、どこまで効果が期待できるか、正直わからない。


――動けたら御の字だね。


キセルの口に火をつけてくわえ、深呼吸するように煙を飲む。思わずむせて咳き込んだら傍らにいたアゲハが背中を擦ってくれた。ジズが少しでも咳き込むと、イリアはおろおろしながら手を引っ込めてしまうのだ。


「もう、一服頂戴」


「イリアさん、ボク調合できないのでお願いいたします」


「う、うん」


イリアは手早く粉末を葉にくるんでキセルにつめる。ジズは再びそれを加えて煙を飲む。蜘蛛が彼の鎖骨の上で揺れていた。


大分頭が軽くなってきた。頭痛も比較的落ち着いてきている。今日は動けなさそうだが、少し休めば問題ないだろう。


「……ジズ、病気なの?」


イリアがそう聞く。ジズは苦笑混じりに答えた。


「そんなところさね。ほら、前話した≪種≫だよ。俺のそれはもう≪蕾≫に成長して膨らんでるんだ」


「どうして…」


力のない声だった。


「≪陰≫の気にふれたとき。あと、こないだは言わなかったけど、魔法を使ったとき。俺たちの生命力は≪種≫に食われるのさ。そして、それを養分に≪種≫は成長する」


「え、魔法を使うときも……?」


「うん、魔法も」


「じゃあ―っ」


「違うよ、君のせいじゃない」


そのあとに続く言葉を遮ってジズは言う。イリアにそっと微笑みかけながら、仕方ないことだ、と彼は続ける。


「寿命なのさ。俺たちは恐ろしく短命だから」


自分は長く生きている方だ。もう限界が来ていても何らおかしくはない。今回は目覚めることができたが、次同じことが起こったとき、果たして自分は生きていられるのだろうか?


そんなことを考えていたちょうどそのとき、部屋の扉がノックされた。続いて姿を現したのは花のシロップ漬けが入った小瓶を手にしたテソロだ。


「ジズさん!よかった、目覚められたのですね」


テソロはホッと息をつくと、枕元に立ってまずは治療の礼を述べてきた。そして、それに対する謝罪も……。


「ごめんなさい、私が怪我したばかりに……」


「あぁもうっ、その文言はもう聞き飽きたよ。医者が怪我人治療するのは当然だろう」


うんざりしたようにジズが言うと、テソロはだまってもう一度、頭をさげた。それが謝罪と感謝の意味をもつことをジズはなんとなく察した。


「……謝るのはこっちだよ。ごめんなさい」


ジズの医療魔法による患者への処置は途中でやめることを許さない。もしも途中でやめてしまえばたちまち容態は急変し、患者の死が濃厚な香りを漂わせ始める。今回はたまたまテソロの怪我が命に関わるものでなかったから済んだ話だ。 が、自分は結果として処置を最後までおこないきれなかった。医者失格だ。


「いえ、ジズさんが魔法を使ってくれたお陰で今ここまで動けるのですよ。本当にありがとうございます」


言いつつテソロは持っていた小瓶を開けて、中に入っていた何かの花のシロップ漬けを椀に注ぎ、匙ですくって見せた。


「≪メルディ≫のシロップ漬けです。私たちの一族に古くから伝わる万能薬なのですよ。どうか召しあがって精をおつけになさいませ」

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