第7話:夢想の邂逅



「んぅ…」


鼻腔をくすぐる花の香りにジズは目を開けた。


辺りは一面、白と浅葱の草花が規則的に植えられた光景。風はない、ただハタハタと≪ツェクーペ≫や≪テフル≫といった翅虫が飛び回っている静かな空間。


「ここは、≪コバルティア≫の薬草園?いつの間に…」


そう、その光景は紛れもなくジズの故郷だった。


混乱する。先ほどまで自分は≪月慈の里≫近くの霊場にいたはずだ。確かテソロを魔法で治している時に意識が遠退いたのだ。それがなぜここにいる?どれぐらい自分は寝ていた?いや、そもそもこれは現実か?夢か?


「忠告は、したはずだけど」


懐かしい声がした。あっ、と声をあげる前にジズの頬に衝撃が加わる。しかし、殴られたと感じるのに少し時間がかかった。痛みがないのだ。


「≪夢想≫…。族長の領域か」


「そうだ、だからこうして遠く離れた地にいる君と久しぶりに対話できる」


二つ以上の存在を夢の空間に召喚する魔法≪夢想≫。≪コバルティアの民≫を統べる族長の魔法の一つだ。


「全く君はいつでも馬鹿でお人好しで命知らずなんだから」


目の前でため息をつくのはジズと同じくらいの背格好の青年。ジズは目頭が熱くなりそうなのを必死で堪えながら、うるさい、と口にする。


「馬鹿でお人好しで命知らずでも、人を救うことが医者の仕事でしょ、師匠」


師匠、と呼ばれたその青年は困ったように笑った。


「そうだね、君の考えはそうだったね。でも、危ない考え方だ。君はあのときよりももっと君自身を追いつめてしまっている。…心配だよ」


「大切な人を救えないで何が医者だ!医者は、たとえ命を捨ててでも、命を拾う側に回る≪希望≫の存在でなきゃならないんだよ」


それすらできない無力な俺を笑いに来たの?


ジズは肩を震わせながら青年に噛みつくように言った。対する彼は寂しそうに笑いながら首を振るだけ。


「もう、君は≪希望≫の意味をわかってないなぁ。いつまで経っても…さ」


「なんだよそれ…。≪希望≫は将来を見通せる安心感のことじゃないのかよ…」


「違う。≪希望≫は願いのことだ」


「おんなじことじゃないか」


「全然違うよ。君は根本的な所がわかっていないね。だから、≪族長≫にすがって命を捨てるのは、まだ早い」


青年はそう言って踵を返した。ジズは唇を噛み締めながら拳を握り締めて、じゃあどうすればいいんだよ、と悔しそうに口にする。すると、青年は振り返って優しく笑って見せた。


「それを探しに行っておいで、ジズ。言ったろ?≪希望はどこにあるかわからない、もしかしたら地上の最果てにあるかもしれない≫ってさ」


まだ少しなら時間はあるよ。


青年が言うや否や二人の間に突風が起こる。≪夢想≫の空間が崩壊する前兆だ。青年はそれを受けてジズにいいかい、と言い聞かせるように続けた。


「もう一度言う。≪死を恐れよ、生を畏れよ、我が身を懼れよ。≫――最果ての希望をつかむまで、命を粗末にするんじゃないよ、ジズ」


「待って、師匠…っ!」


ジズの声も虚しく、彼の身体は突風に巻き上げられて宙に舞った。奇妙な浮遊感と目眩に酔いながら彼の意識は再び遠退いていった。













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