第6話:灰蜘蛛の隠し事



影が消えた方角はここから南西、≪ラデル≫の町の北東に当たる。とある地方では不吉を表す方角とも言われている所だ。≪スカル・ナイト≫は地の国と呼ばれる地下都市よりも更に深い闇に住むものの眷属、それを操れるのならやはり…。


「イリアを呼んできたぞ」


シーギの声にジズの思考が中断される。気がつけば目の前には心配そうにテソロを覗き込むイリアがいた。致命傷はないものの、身体の随所に裂傷が見られ、血も滲んでいる。


思わずひっ、と息を飲むイリアを制して腰のポーチに手を伸ばす。瞬間、イリアがその手にすがり付いて声を張り上げた。


「ねぇ、ジズ!さっきの僕にやったあれ!兄さんにもしてあげて!魔法なんでしょ!怪我だって一瞬で治るんだよね!?」


ねえってば!と再び取り乱すイリア。内心しまった、と思いつつもジズは首を左右に振った。


「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて、イリア。君が取り乱したら、浄化できないんでしょ?」


「浄化よりも兄さんの方が大切だよ!」


揺れる瞳が必死さを物語る。ジズは僅かに表情を曇らせながらも口許には笑みをのせた。


――これに応えられないで、医者を名乗れるか。


「…仕方ないなぁ。テソロさんは俺が何とかするから、君はちゃんと浄化するんだよ?」


「任せて!!」


イリアが自信満々に言うので、ジズも黙然と頷く。浄化に向かう彼の後姿を目で追うジズの首筋では蜘蛛が微かに揺れていた。


――わかっているとは思うが、忠告しておくぞ。


亡き師匠の声が脳裏に響く。ジズは困った笑みを浮かべながら、心の内で彼に謝罪をした。


指先から青白い糸を伝ってテソロの胸元に降り立つ蜘蛛。それがまるで巣をはるように傷の上をゆるゆると這うと、テソロの裂傷が次々と消えていく。


これこそが、世界中の誰もが求めるジズの魔法。どんな傷も病気もたちどころに治してしまう驚異の力だ。この力のため、ジズは世界から追われる身となった。


そして――。




ゴホッ、とジズが軽く咳き込む。その時だ、



ピシャリ…。


飛び散ったのは赤い滴。ジズは目をこの上ないぐらい見開いて、何度も何度も咳き込んだ。浄化を終えたのだろう、イリアが不思議そうな顔をしてこちらを見る。瞬間、イリアは先ほどと全く同じ反応をしてジズに駆け寄ってきた。


「ジズ!ジズ!?それ、血!?」


「あは…。心配、すんなって……」


蜘蛛が消えていく。ああ、あと少しなのに。イリアはやりとげた。俺だって…。


ジズは遠ざかる意識のなか、ごめん、と一言口にして瞼をおろした。






――医者は、何のためにいるんだろう…。



意識を手離す前にジズの脳裏にはそんな言葉が浮かんでは消えた。




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