第5話:追撃失敗


ジズはもう一度≪捕食者ノ目≫で辺りを見回した。


アンデッド系の魔物がこんなに澄んだ空気の霊場に自然発生するはずがない。加えて澱んだ負の気を食べて動く彼らだ、霊場の空気に普通は耐えられないだろう。ということは、何らかの加護か、強化をされている。即ち≪スカル・ナイト≫の使役主がどこかにいるはずだ。


気配はない。ジズの≪捕食者ノ目≫は対象がもつ微量の気に反応して敵を探知する。その気配を巧妙に隠されたら彼でも探知は困難だ。


どこにいる。様子を見ているのか。


――ガサッ


何かが動く音がした。


「……蜘蛛スピン


声と共に指先から生じる糸と蜘蛛。五感をジズと共有しているそれらが何かの姿をとらえると、すかさず彼は動いた。


「ジズさん!」


テソロの声だ、怪我しているというのにまだとどまっていたのか。だが、それはひとまず無視だ、何かの正体を掴むことが今は先決。


すると、ジズの追撃を阻むように新たな≪スカル・ナイト≫が襲いかかってくる。


「邪魔っ!」


刀を体の前にかざして突撃してくる≪スカル・ナイト≫に突き立てる。残念ながら刻印を破壊できなかったため、肋骨部分を足蹴にして、さらに後ろから突撃してきた≪スカル・ナイト≫にぶつけて相殺する。再生する前に刻印を踏み抜き、霧散する灰の狭間に見える黒い影。


――逃がすか……っ!


ジズの目が淡く光る。同時に指先から飛び出した糸が影に向かって伸びる。それに気がついたのか、影は常人離れした跳躍力で木に飛び乗り枝づたいに逃げていく。すさまじい速さである。ジズは舌打ちすると、太股のベルトからメスを引き抜き糸を巻きつけて投じた。


キィンッと甲高い音を立てて弾かれる。が、糸は素早く枝分かれして小さな蜘蛛の形をとると、黒い影の背に張りついた。影は気がついていないようである。


ジズは追撃をやめてその場にとどまった。自分の体力ではこれ以上の追撃は難しい。それに、東の空が明るくなってきている。


「ちぇ、まあ仕方ないかな……」


使役主の正体をつかめなかったのは悔しいが仕方あるまい。ジズは来た道を引き返しながら感覚を共有している蜘蛛に意識を集中させた。







すさまじい速さである。風のようだ。これほどの速さで駆けることは、普通の人間の骨格や筋肉の構造的に不可能である。しかし、四つん這いで駆けている風でもない。結論は二つ。「人ではない」か「魔法を使っている」かだ。


それは森を抜けて川を越えて行く。山を下っているようだ。しかし、自分たちが滞在していた≪ラデル≫の町とは違う方向に駆けているらしい。はて、その方角には何があったか。


夜が明けてきた。朝日が影に色をつけていく。それはローブのようなもので全身を隠しており、はっきりとした姿はわからなかった。ただ、比較的大柄な人の形をした何か、ということだけがわかる。


もう少しで顔が見えそうなところで、蜘蛛から送られてくる感覚は途絶えた。






「気づかれたか……」


転移陣の場所まで戻ってきたジズが一人で呟く。近くにいたテソロが心配そうに視線を向けてくるので、もう敵の気配はない、と伝えた。


「浄化するんでしょ?万が一がないように見てるから、もうイリア呼んでも大丈夫だよ」


「いや、浄化なら私が……」


「やめときなよ、怪我してるし。むしろ、イリア来るまで俺の治療受けてくれ」


テソロの言をやんわりと制止してジズは使い捨ての手袋をはめる。渋るテソロを促して傷口を見ながら、ジズは先程消えた黒い影のことを頭の片隅でずっと考えていた。










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