第9話:黒き蔓花
「ありがとう、遠慮なくいただくよ。実のところ、今手持ちの薬を飲んでも調子が戻って来てないから」
成分がわからないのは少し不安だが、イリアも頷いているところを見ると、万能薬というのは本当のことなのだろう。ならば、断る理由もあるまい。
匙すら持てぬジズは、テソロのすくった小さな花とシロップに顔を近づけるとそっと舌の上で転がした。不思議な味がする。熟れた果実のシロップの中に柑橘系の酸味が広がる。
「歯の裏に舌で≪メルディ≫の花を押しつけて。蜜を絞り出しながらシロップと一緒に飲んで、それから花そのものを食べるんだ」
イリアの言う通りにする。じわりと滲み出してきた独特のえぐみが甘味と酸味に溶け込んで口の中に満ち満ちた。ジズはそれをゆっくりと嚥下して、ほぅ、と息を吐いてから、葉野菜のように柔らかい花弁に歯を立てる。蜜のえぐみとは裏腹に花は飴菓子のように甘く蕩けて舌の上から消えていく。
その時、ザワリ、と何かがジズの腹の奥で蠢いた。たまらず咳き込んで驚く。なんと、彼の口からどす黒く染まった霧のようなものが、まるで狼煙のようにシュウシュウと絶え間なく溢れだしていたのだ。
――気持ち悪い…。なんだこれ。
霧はしゅるしゅると意思をもっているかのように蠢きながら、次第に蔓の植物へと形を変えていく。みるみるうちに葉を成し、蔓を伸ばし、無数の蕾を膨らませていく。
ひっ、とジズが苦しそうに仰け反った。瞬間、蕾がざああ、と音を立てながらたちまちに開いて黒紫の霧を撒き散らす。あぁ、と呻きながら喉を掻きむしるが、苦しみは消えない。むしろさらに霧を散らすのみ。
イリアが痛々しそうにジズに手を伸ばすが、テソロがそれを止めるのを見た。まだだ、と聞こえたような気がするが、どういうことか。
――苦しっ、気持ち悪い、こんなところで俺は……っ!
死。
その言葉を強く意識した時だった。喉に何かがせり上がってくるのを感じ、ジズは思わずそれを吐き出した。てっきり血かと思いきや、吐き出されたのは黒く丸いナニか。
「イリア、今だ」
テソロが丸いそれを香炉のような入れ物で素早く拾い上げて蓋をする。外に出ようとしているのか、カタカタと音を立てながら震えるそれにイリアが≪祈り≫を捧げる。
パキン、と何かが割れる音がした。すると、荒れ狂うように蔓を伸ばしていた霧は、枯れてしまったようにしおしおと勢いをなくして崩れていく。そして、それが崩れる度に、ジズの体が少しずつ軽くなっていくのを彼は確かに感じた。
「やった、上手くいった…」
イリアがヘナヘナとその場に力なく座り込む。それにテソロが同意するようにうなずいた。どういうことか、ジズは聞こうとしたが突然猛烈な眠気に襲われた。
――あ、いけない…。まだ、聞いてないことが。
それは――その≪薬≫は、一体何で作っているの。
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