第7話:追憶の中で…



ジズよりも先に地上へ赴いていた≪コバルティアの民≫も少なからず存在していた。生まれてから終生地上を目にしないで終わる者が圧倒的多数の中、地上に対する憧れや夢を捨てられぬ若者も多いのである。


彼らは皆疑問に思っていたのだ。

何故、自分たちはずっと地下で暮らしているのか。どうして、≪種≫が自分たちを短命たらしめるのか。どうしたら、≪族長≫のように長命になれるのか。


三つ目の問いは≪コバルティア≫で暮らせばいずれ分かる問いであるが、前述の二つに関しては明確な答えを知る者はこれまでに誰も名乗りでなかった。故に答えを求めて地上を目指す若者は、≪族長≫に許可をもらって地上へと続く≪天ノ回廊≫到る。しかし、その多くは地上で命を落としたとみられ、二度と故郷の土を踏めなかった。


いつしか、≪コバルティア≫には御伽噺のように、『地上は地獄である、行けば≪太陽≫という悪魔の光によって身体を貫かれ、苦しみながらその命を散らす』という話がまことしやかに囁かれた。当然だ、誰も帰って来なかったのだから。


だが、そんな≪地獄≫より帰ってくるという前例を作った青年がいた。――ヴェーチェル、猫の≪刺青≫を持つ一族きっての武芸の達人だ。彼は様々な情報を同じ≪刺青≫を持つ弟分のエレオスとジズに教えてくれた。


曰く、地上にある太陽という眩しくて痛いモノと月という故郷の光のように優しいモノのこと、その太陽の光は自分たちの体に有害であること。それは語られていた御伽噺と同様のことであった。


すかさずジズは聞いた。太陽の光に対抗するものはないのか、と。すると、ヴェーチェルは微笑みながら一枚の布を取り出した。


――≪ツェクーペ≫の織物。あの虫の繭から糸を繰ってそれを布にすると、太陽光を結構遮ってくれる。太陽の光が弱くなる時間を≪明け方≫と≪暮れ方≫って言うらしいんだけど、その時間なら全然問題なく外を出歩けたよ。


ツェクーペとはジズの住む薬草園でも育てている翅虫はねむしのことだ。花の花粉を受粉させるための存在として共生している。ツェクーペの幼虫は確かに繭を作る。この虫も太陽が苦手と見え、地上では希少な存在なのだと、ヴェーチェルは語ってくれた。


当時、まだ地上に行ったことのなかったジズは目を輝かせた。


――じゃあ、うちのツェクーペの糸をもらえば…。


しかし、ヴェーチェルは困ったように笑った。


――事はそんなに単純な話じゃないんだよ、ジズ。あくまで軽減する程度の話だ。とは言え、僕も最初は調子に乗ってね、太陽が光が強い≪昼≫とやらに歩いたらとんでもないことになった。おかげで≪ローゼラ≫吸いすぎて、僕の寿命がまた縮んだよ。


このとき、ヴェーチェルは十五。余命は長くて五年ほどしか残されていないだろう。ジズの希望はヴェーチェルの寿命の話を聞いてプスンと萎んでしまった。


――≪ナディ≫は、残念ながら手がかりなし。ごめん、ジズ。君の力になれなくて。


――そ、そんなことないよ。ヴェーツの身が無事だったなら…それで。


言葉とは裏腹にジズの声は小さくなっていく。


――現実はそう甘くできてねぇな。てめぇは一回休め、ヴェーツ。次は俺が行く。


そこで、今まで黙って話を聞いていたエレオスが初めて言葉を発した。そしてヴェーチェルから≪ツェクーペ≫の織物をふんだくり踵を返す。


――無茶はよせ、レオ。僕だってなんとか魔法を使って生き延びただけで、命懸けだったんだ。地上は地獄だ、僕ら子供には厳しすぎる世界だよ。


――うるせぇな、兄貴面するんじゃねぇよ。てめぇと俺は対等だって何度も言ってんじゃねぇか!


ヴェーチェルの制止も聞かずエレオスは逆に彼に噛みついた。


――てめぇが命縮めてまで貴重な情報を持ち帰ったんだ。今度は俺が≪ナディ≫を探す。


エレオスは希望を失いかけているジズの目を覗き込むと、頭に手を置いてワシワシと撫でた。


――俺たちはこいつの≪希望≫を叶えるために動くって決めたろ。俺にも何かやらせろよ。いつまでも守られてばかりは御免だ。


――そう、だったね…。ありがとう。


そう言ってヴェーチェルもジズに近づくと、彼を優しく抱きしめた。


――ジズ、君が地上に行くのはもう少し待っていてね。だからどうかまだ諦めないでおくれ。





僕らは≪コバルティア≫の≪異端児≫。≪刺青≫を持った三人の≪希望≫の落とし子。現実は残酷、それでも、真実を知るために、≪希望≫を掴むために…。


僕らは生まれてきたんだ。





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