第8話:灰蜘蛛の力
†
追加依頼の話があってから数日後の話である。
ジズは一旦ロコと行動を別にすることにした。彼はアゲハを置いて一度地上に戻り、ジズは地下に残ってイリアの看病に努めることを決めたためだ。巡礼の追加依頼をロコも引き受けてくれたので、お互いにそれに向けた準備というわけだ。
――薬のストックが切れてきたな、材料の調達も頼んでおけば良かった。
そういえばこの里には薬草園があるのだろうか。 ポーチの中身を整理しながらジズはそんなことを考えていた。
普段通りなら問題ないのだが、巡礼の一ヶ月間を補える量はない。自分よりも太陽光に弱いイリアが、少なくとも≪陽光過敏症≫の症状が数回ほど起こすことを考えると、この量の倍はほしいものだ。
あとでアゲハに頼んでタテハ経由で連絡をとってもらおう。
「ねぇジズ、その薬はなんて言うの?」
そう声をかけてきたのはイリアである。大分打ち解けてきたので、お医者様、ではなく名前を呼んでくれるようになったのだ。
「これは≪ローゼラ≫、いっちばん強い痛み止めさ。意識がとばない麻酔薬、みたいなものさね」
「じゃあこれは?」
「それは≪ナロン≫、イリアが使ってる軟膏にも含まれてる化膿止めの薬だよ」
ジズの説明にイリアはへぇ、と目を輝かせ薬の瓶を見つめながら聞いていた。そんなに感動するものか大いに疑問ではあったが、元々薬草学と植物学を学んでいた彼だ。興味があるのだろう。
「見たことないものばっかりだ」
「そりゃ地上の植物からできた薬だからね。勉強はしなかったの?」
「したけど、実際に見るのは初めて。地下植物とは全然成長の仕方とか、薬の調合の仕方も違うって聞いた」
「まあ、地下は地上も比べて圧倒的に資源が少ないからね。例えば水ひとつとったって、量も質も何もかも違うだろ?環境に合った育ち方や適合した調合方法をとるのは、そういうことさね」
ジズがそのあとも続けて薬の話をしてやると、イリアはさも興味深そうな様子で聞いていた。一通り話を済ませて薬の瓶をしまっていると、イリアはそういえば、と何か思い立ったように口にした
「ジズは魔導師なんだよね?でも治療は魔法を使わずに薬が中心なんだ。医療魔法ってないの?」
ピタッと、ジズの動きが止まる。ほんの一瞬だけ見開かれた目には普段の彼とは異なる光が宿っていた。そう、それはまるで…。
「……できなくもないけどねぇ」
「ほんと!?どうやってやるの!?」
イリアは興味深そうに身を乗り出す。ジズはほんの少し困ったように笑うと、彼を指差すように目の前に人さし指を差し出した。不思議そうにそれを見るイリア。ジズが力を指先に集中させるとぼんやりと淡い光が灯り、続いて糸のように真っ直ぐ下へと垂れ下がっていく。見れば、小指の爪ほどの小さな蜘蛛が机に向かって下降していくのが見えた。
「うわっ!」
イリアが驚いたように後ろに飛び退く。ジズは苦笑した。
「ほら、その反応。蜘蛛は嫌いかい?」
その問いにイリアは慌てて首を左右に振る。が、体は小刻みに震えていた。
「俺の魔力は生まれつき蜘蛛の形をしているみたいでね。魔法として体外に放出すると、こんな風に蜘蛛の形で出てくるのさ。これが非常に受けがよくなくてさ…」
蜘蛛にさわるとか無理!ってよく言われてね、とジズはため息をつきながら続けた。その目の前でくだんの蜘蛛は机に降り立ち、薬の小瓶に足をかけて登ろうとしている。まるで生きているようだった。
「か、勝手に動くの?」
「いや、もちろん俺の指示で動くさ。今は指示してないから勝手してるけど」
「へ、ぇ…」
「試しに動かしてあげようか?イリアの手に跳べ、ってさ」
「えぇっ!い、いやっ!あ、僕ちょっと兄さんに用があるんだった!じゃあ!」
イリアはそう言って部屋を出て行ってしまった。冗談なのにな、とジズは呟きながら蜘蛛に触れる。
「……なーんて、ね。君にほじくり返されたくない何かがあるのと、同じさ」
霧散した蜘蛛のいたところを見てジズは諦念を含んだ口調でそう言ったのだった。
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