第三章:≪月慈の民≫

第1話:里へ通ずる道



チリン、チリン、と鈴が鳴く。甘い香りと可憐な音に誘われ、傾きだした月の下を進む四つの影。最後尾を歩く影が木々の間から射し込んだ月光を受けると、金の目と右の額から鎖骨に続く蜘蛛の巣が微かに発光していた。


――色素が薄いな、髪も肌も瞳も…。


ジズは前を行くテソロの背中を見ながらそう思った。自身も相当色白だと自覚していたが、前を行くテソロはそれ以上に色白だ。雪白せっぱくと表現するのが的確だろう。短命の自分たちと違ってエルフは何百年も生きる。きっとその差だろう。


――一体、いつから太陽の光を浴びていないのだろうか…。一度も、ないのだろうか…。


そうだと言われても不思議ではない。


ジズがそんなことを考えていると、先を行くロコたちの足が止まった。ジズもそれにならって歩みを止めて、視線を目の前の大きな枯れ木に移した。その根元には人一人余裕で入れそうな大きなうろがある。


「ここが里への入口です」


テソロに続いてその中に入ると、木の内部には似つかわしくない重厚な石の扉があった。彼がその扉の真ん中に手を当てて何事かをブツブツと呟くと、重々しい音を立てながら扉が開かれる。扉の先は何もない空間だった。が、地面から立ち上る仄かな光を受けて視線を落とすと、そこには青白い光を放つ大きな魔法陣が描かれていた。


「転移陣…」


ジズがうわ言のように呟く。その呟きを聞いたテソロは、ああ、と合点がいったように頷いた。


「…そういえば、あなたは≪コバルティアの民≫でしたね?あなたの故郷にも?」


「あったよ。…もっとも、族長が厳重に管理してたから、ホイホイと使えなかったけどね」


この陣形、大きさを除けば故郷のものとほぼ同じ。地下での暮らしといい≪月慈の民≫とジズの故郷≪コバルティア≫には何かつながりのようなものを感じてならない。それはテソロも同じようで、そうでしたか、と驚いたように口にしていた。


「…いけない、無駄話が過ぎました。転移いたしますので、どうぞこちらへ」


テソロが促す。ロコがチラリとジズを見てくるので、ジズは、大丈夫、という意味を込めて一つ頷いて見せた。


皆が陣の中に入ったことを確認してテソロはポツポツと詠唱を始める。歌のような調べを持つそれは、ジズの記憶の中に存在していたものと確かに一致していた。彼にとっては懐かしくもあり、また苦しい記憶を呼び覚ますものだ。


やがて目も開けていられない程のまばゆい光が一体を支配した。光の中では体がまるで中空に放り出されたような、上下が逆さまになったような、そんな不思議な感覚を覚えた。もはや自分は地面に立っているのかさえもわからない。その不可思議な感覚に酔いそうになりながら、ジズは初めて地上に出た日のことをぼんやりと思い出していた。


師匠、兄弟分、友人…、そして――。


「…」


やめよう、今は患者のことだけを考えるべきだ。


ジズはまぶたをおろして大きく息を吸って、転移の感覚に身を委ねたのだった。









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