第12話:≪リリーコール≫の導き



それからどれくらい時が経ったろう。たき火の火が消える音がした。暗闇に支配された空間で、起きろ、というロコの声が聞こえてくる。


「起きてるよ。もう日は暮れたの?」


夜目も効く金の双眸がロコを見据える。


「頃合いだ。夜半には里に着くだろう」


「それはいいね」


ジズは身を起こすと大きく伸びをした。体は随分軽くなった。多少身体に倦怠感は残っているが、動いているうちに抜けていくだろう。


マントをはおり、鞄とポーチを身につける。ロコの方の準備は万端のようでさっさと洞穴を出ていってしまう。追いかけるように外へ出ると、月明かりがジズの目に刺さる。若干眩しいが、太陽に比べればましだ。


ロコはランタンを持ったタテハに先導させてどんどん先に行ってしまう。月明かりにひるんでいる暇はない。


と――。


「またあのにおいだ」


甘い香りと共に現れたのは枯れ木の下にひっそりと咲く花。


「≪クリオール≫かい?」


「わからん、よく似ているが、どことなく違和感がある」


ロコはタテハを呼ぶと、この道はあっているのか、問う。対する答えは、間違いありません、とのこと。タテハは一度≪月慈の里≫を訪れているので、その情報には信憑性がある。が、あの花が仮に≪クリオール≫だったらたちまち道を見失うだろう。


「このまま進もう。≪クリオール≫じゃないことを信じてさ」


二人はそう結論付けて歩き出す。あの甘い香りの漂う道へと。しかし、歩いても歩いても一向に薄まらない香りが鼻をくすぐる。まるで誘われているかのように。


しばらくするとまた枯れ木とあの花が見えてきた。タテハはこの道で間違いない、と言う。二人は信じて直進すると、また枯れ木とあの花が見えてきた。一度なら偶然で片付くことだが、立て続けに何度も起これば疑念も生まれる。


「全部あの花のある方向に進んでるじゃないか。本当に大丈夫なの?」


「ええ、そろそろ見えてくるはずです」


進めば進むほど花の数は増えていく。気づけば周りは冬に向けて葉を落としたとおぼしき枯れ木に囲まれていた。足元から漂う甘い香りは薄まるどころか濃密になっていく。


「もしや、これ≪リリーコール≫の花か?」


「≪リリーコール≫って≪導草しるべぐさ≫のこと?へぇ、実物は初めて見るかも。よく《クリオール》と似ているんだね…」


ジズは感心したようにその花を一つだけ採って試験管に入れた。


世界から逃れ、隠れて暮らすエルフたちの育てる花、≪クリオール≫と≪リリーコール≫。≪クリオール≫は花の香りで人を惑わし、夢うつつの世界をさ迷わせる種。対する≪リリーコール≫は花の香りで人を誘い、正しい道へと導く種。二つの香りは酷似していてかぎ分けることは人間には困難だ。相違点は花弁の形や色、これも大変酷似しているため見分けられる者は極わずかだ。


「だからこそ判断を誤り、迷い子になる者も多いと言う」


「なるほどね。…じゃあこの香りを辿れば、≪月慈の里≫に着くわけだ」


ジズはそう口にすると、ふいにいつもの余裕の笑みを消して真剣な表情をこしらえた。瞬間、彼は地を蹴って整備されていない坂道を勢いよく駆け上がり始めた。


ロコがおい、と声を上げながら駆け出し、タテハもそれに従う。


「月がもう南中してる!≪月慈の民≫の月光浴が終わる前に着きたい。…地下への入口を開けるのは里に暮らす民だけだろうから」


ジズの故郷もそうだった。ならば≪月慈の民≫が月光浴を終えて里に戻ってしまえば、次の月夜まで扉は開かない。肌に感じる湿度や湿っぽいにおいもするため、恐らく天気はこれから下り坂。雨の日は月光浴できないだろうと推測されるので、ここを逃せば待ちぼうけだろう。


が――。


「お待ちください」


凛と透き通った声がした。刹那、地面の木の葉が巻き上がり、その中から長身の影が姿を現した。長くとがった耳から察するにエルフであろう。


「私は≪月慈の民≫の神父テソロと申します。お待ちしておりました、ジズ=メルセナリオさま」


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