第10話:月慈の民
†
時は数刻遡る。
陽光の届かないその隠里には色という色が存在しなかった。あるのは≪ヒカリゴケ≫の発する青白い光、そしてそこに住まうエルフたちの魔力属性によって決定された瞳のみ。その他は何もかもが白かった。
≪月慈の里≫、月慈の民と呼ばれる二十数名のエルフから成る隠里。ジズたちが目指しているその里には、今し方月光浴を終えて帰ってきたエルフたちの姿があった。
「そろそろ、巡礼の準備をしなくてはな」
エルフの長老がそう言う。
「今年の巡礼者はイリアでしたね、病の方は大丈夫なのですか?」
そう言ったのは長老のとなりにいた長身のエルフ。対する長老は渋面をこしらえて唸りながら続ける
「コルド様が素晴らしいお医者様を手配してくださった。治るかはそのお人にかかっておる」
「お人、って…。まさか、人間の医者に!?」
ありえない、と言わんばかりに絶句する長身のエルフ。
「そうだ、何でもあの≪コバルティア≫の医者だという。我らと酷似した境遇を持つその方ならきっとイリアの力になってくれるであろう」
そう、あの≪臆病者≫の民ならばな…。
光の遮断された暗い部屋。その空間を照らすような真っ白な服を纏い白金の髪を持つ何者かが、部屋の片隅に膝を抱えてうずくまっている。服よりも白い肌が袖から覗く。しかし、その腕や足、首はまるで火傷でもしてしまったかのような痛々しい傷痕が残っている。
――痛い。
彼は思った。
――何が痛い?
脳裏で誰かが問いかけてくる。
――わからない。
自分の答えに、どうして?と疑問が投げかけられた。
――傷が痛むのか、光が痛いのか…。何が痛いのか、もうわからない。
陽光は届くことのない地下の隠里。さらに外光を遮った暗い部屋。腕には魔力を抑制するエメラルドの魔法具。痛みの原因は全て取り除いているはずなのに…。
――痛い。とても…、痛いの。
彼の頬に涙が伝う。
誰かに助けて欲しかった。この痛みの辛さをわかってほしいと願った。
――僕を救って…。
声に出しても伝わらないと諦めた彼は、その思いを胸中に秘めたまま大粒の涙を溢したのだった。
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