第9話:希望への一歩


ジズは礼を言ってそれを受け取る。そこにはイリアの症状、容態、発症時期、痛みの強度及び場所などの問診内容が事細かに書かれていた。ジズはそれを見ながら考えられる病名を上げ、症状などが合致するか脳内で検証しては即座に可能性を消していく。その作業は一分程度で終了し、ジズは嘆息した。


「何回も検証しても、これを見る限りも、ただの≪陽光過敏症≫と≪炎皮病≫の合併症としか考えられないんだけどなぁ」


なんでコルド様は僕にお任せしたんだろうね、と、ジズは文字を目で追いながら呟いた。すると同意するようにタテハも頷く。これらの症状であれば、薬学に精通したハイエルフ―コルドなら治すことも可能だろう。昨晩も感じたことだが、なぜ自分に白羽の矢が立ったのか不思議でならない。


「…他に気になったことは何かない?」


「患者様のことで気になったことは全てそこに記してあります」


「考えても仕方がない、か」


ジズは大きく伸びをすると、大儀そうに立ちあがった。もういいのか、というロコの問いに、うんと頷きながら。


「そういえば…」


そこで唐突に、タテハが何かを思い出したように呟く。ジズがそちらを向いたので彼は、大したことではないのですが、と前置きをして続ける。


「地下でも植物は育つのですね。光合成をせず水だけで育つこと種があることは知っていましたが、草花でなく立派な大樹になる種もあるなんて驚きました」


患者様と直接の関係はないですが、とも言ってタテハは口を閉じた。すると、ジズはその植物に心当たりがあるのか、目を細めてあぁ、と吐息のような呟きをこぼした。


「そうだね、地下でも育つ木はある。地上の水を吸い、地下へと循環させる木だ。木と言うより、蔦同士が絡まりあって木みたいに見えてるだけ。天然の水道管みたいなものを想像してもらえばいい」


そう、ジズの故郷≪コバルティア≫にその大樹はある。≪ヴィーダ≫という名で、またの名を≪生命の樹≫という。


「その木がないと、地下の民は水を得られず生きていけないんだよ」


水は人間の生存に必要不可欠のものだ。地下で育つ植物たちも然り。故に、水は族長によって管理されており、民は三日に一度大きな水瓶を持って水をもらいに行く決まりがあった。そうでなければ、ただでさえ限られた水を求めて争いが起こる可能性があったからだ。それに対し、地上では井戸から自由に水を得られる。この事実を知ったジズは天地がひっくり返るほど驚いたという。


そんな話をすると、タテハは感心したような表情をしたが、同時に首も傾げた。


「そうでしたか…しかし、変ですねぇ。ワタシの見た大樹はまさに樹木でございました。蔦ではないと思うのですが」


「え?」


驚き目を見開くジズに、タテハはうーん、と唸って見せる。


「確かにジズさんの言っていた≪生命の樹≫とか、水が循環するという話はしていた気がしますが、≪ヴィーダ≫という名前ではなかったと記憶しております」


「≪ヴィーダ≫以外にもそんな植物があるって言うのか。興味があるね。名前は聞いたのかい?」


その問い軽快な質問に対する返答は驚くべきものだった。


「確か、≪メルディ≫と、言っておりました」





その名を耳にした瞬間、何処かで何かがカチリと噛み合う音が聞こえたような気がした。













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