第8話:夢



夢を見た。懐かしい夢だ。


青白い光に照らされた石畳を彼は駆けている。目指す方角はわかっていた。第三階層の薬草園、彼の実家だ。弾む息は白い、その寒さが心地よい。彼自身見えてはいないが、彼の顔は火照って赤かった。


――ただいま!師匠!


明るい声で彼が言う。声をかけられた相手の顔はおぼろげだが、優しげに笑ったのがわかった。


――おかえり、ジズ。お目通りは叶ったかい?


――うん!色々教えてもらえたよ。俺たちの延命に必要なものも!俺、それを絶対に手に入れるからさ、それまでに師匠死なないでね。


――そうか、では糸口が見えたのだね。…いつか地上に、行くのだね。


――もちろん!もうヴェーツもレオも行っているんだろ?早く会いたいな。


このときの彼は地上に希望があることを信じて疑わなかった。だからこそ師匠と呼ばれたその人は厳かに告げた。


――ジズ、よくお聞き。希望はどこにあるかわからない、もしかしたら地上の最果てにあるかもしれない。そこに行き着くまでお前は三つのことを守ると、約束してくれ。


――三つの?


――そう、死を恐れよ、生を畏れよ、我が身を懼れよ。その三つだ。


――なんだい、それ。


――死は恐いものだ、故に生命を尊び、常に我が身に何かが降りかかることを予測して動け、ということだ。


口調は真剣そのものだった。だが、幼かった彼にはその意味がよくわからなかった。


――よく、わかんないけど、気をつけろってこと?


――そういうことだ。いずれわかるさ。≪コバルティア≫の希望と引き換えに、お前が死んではならない。


――わかった、死ぬのは別に恐くないけど、師匠がそう言うなら気をつける!


――いい子だ。


彼の頭に大きな手が置かれる。彼は心地よさに目を閉じ、そのまま意識を手離した。






薪のぱちぱちとはぜる音がする。ジズが目を覚ますと、ロコが小さな鍋に湯を沸かしていたところだった。


「起きたか、薬湯は飲めるか?」


「成分は?」


「タテハの見立てで≪ケフト≫の葉を刻んだ」


「飲む、倦怠感が抜けそうだ」


ジズは大分軽くなった体をゆっくりと起こす。タテハが支えてくれようとする素振りを見せたので、大丈夫だ、と声をかけた。


ロコが手渡してきた薬湯は紫色というとんでもない色をしていた。≪ケフト≫の色だとわかっているジズは苦味も気にせず一気に飲み干す。


「時間は?」


「まだ昼前だ」


洞穴の中に太陽光は届かない。だからこそジズの体調は回復したのだが。


「ここから≪月慈の里≫まではあとどれくらいあるんだい?」


「あと四時間でもあれば着くだろう」


ロコは言いつつタテハに視線を向けた。タテハはコクと頷くとジズに一本の書簡を手渡した。


「問診票です。あくまでワタシの一意見としてどうぞ」

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