第7話:夜明け



夜明け。東の空から登る橙の光が木々の葉を通り抜けて地上に届く。まだ藍色の残る空を染め上げながら陽光を辺りに散らして、新たな一日の始まりが告げられる。小鳥たちがピチュピチュと鳴きながら空に飛び立ち、朝の食事のために移動をしていく、その空は雲が少なくよい天気である。


爽やかな夜明けとは裏腹に、フードを目深にかぶったジズの顔色はよくない。殊に朝日が地上に届いてからは、息が乱れずっと苦しそうな表情を浮かべながら胸を押さえている。


「もう少しで洞穴だ、歩けるか?」


もう少しって、どのくらいだい、とジズは微かな声で訊ねた。声もはりがなく弱々しい。ロコはそんなジズを見て嘆息した。


昨日は朝から痛覚を麻痺させる≪ローゼラ≫の葉を煙管につめて煙を飲んでいたので、夕方の西日にも堪えてきたが今日はそうもいかない。着ているマントとて完璧に光を遮断できないので、≪陽光過敏症≫の症状が軽度だが体調に現れているのである。


「そこの角を曲がればすぐだ」


「なら、大丈…っ」


「おいっ、全く…あまり無理をするな」


ロコは石につまずいて転びそうになったジズを支えながら歩き出した。ジズは、ん、と微かな声を吐息とともに吐き出すと、ロコに体を預けながら覚束ない足取りで続く。その歩調に合わせてロコはゆっくりと足を進めた。


示された角を曲がると、山の斜面をえぐったような洞穴が見えてきた。すると、ちょうどその洞穴から出てきた小柄な少年が二人の姿を見るや否や急いで此方に駆け寄ってくる。


「主殿、心配いたしました、ジズさんの容態はいかがでしょうか?」


「レベル2といったところか。大事はない。私は水を汲んでこよう、≪タテハ≫あとは頼んだ」


ロコは≪タテハ≫と呼んだ少年に手早く指示を出すと、ジズの腕を彼の肩に回した。タテハは承知しました、と返しジズととも洞穴の方向に踵を返した。ジズは少し湿った地面に何度も足をとられそうになりながらもなんとか洞穴の中にたどり着く。


洞穴の中ではランタンに火が灯されていた。その灯りがタテハという少年の特異な面差しを露にする。毛先の黒い橙の髪、藍色に橙の虹彩が散り中心に白い月を思わせる瞳孔を持つ目、耳からはまだら模様の蝶の羽を生やし、古代の民族衣装のような服を纏った姿。タテハはロコの従者。が、人間ではない。ロコが作り上げ魔法で命を吹き込んだ人形なのである。


「症状レベル2、頭痛・めまい・吐き気を伴う。意識は正常、心拍数やや早め。――≪ローゼラ≫の服用は危険です、代わりの薬はお持ちですか?」


タテハは慌てることもなく極めて冷静な口調で、まるで何か本に書かれたことでも読み上げているかのように淡々と訊ねてきた。彼はロコの人形の中でも医療に長けた能力を持っている。だからこそ、ロコは彼にジズを任せたのだ。


太陽光による体への直接の刺激痛がおさまったジズは、ランタンの近くに敷かれた藁の敷物の上に横たわり、腰のポーチをトントンと指で示した。


「…≪ファテラピロン≫、煙管に…」


「承知しました」


ジズの指示にタテハはすぐにポーチを探り、携帯用の短めの煙管と試験管に入った青緑色の花を取り出した。そして、仰向けになったジズを支えながらゆっくりと起こし、花をつめて火をつけた煙管を加えさせた。ジズはすぐに煙を飲んでは吐き出すことを繰り返し、気分を落ち着ける。


≪ファテラピロン≫は軽度の筋弛緩と魔力の循環を善くする効能がある。≪陽光過敏症≫は陽光が体に刺すような痛みを立て続けに起こすため、体がストレスを受けて緊張状態になる。その緊張が頭痛やめまいが起こすのだ。さらに緊張は魔力の流れも滞らせる。魔力を流れが悪くなると全身の倦怠感や吐き気をもよおす。その二つの症状によく効くのが≪ファテラピロン≫だ。


「ありがと、あとは…ちょこっとだけ、寝かせて…」


薬の効きをよくするためだ。タテハは変わらず、承知しました、と言うと煙管をカンッと打ち付けて火を落としてからジズをゆっくりと横たわらせた。


ジズの意識はそこから深く沈んでいった。








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