第6話:夜半の道


仄白い光が空で笑っている。チラチラと白銀の粒を散らしながら、さも楽しそうに笑っている。


月下、山道をひたすら登る二人は、山頂付近の不思議な力の気配を頼りに進んでいた。途中の退屈さをまぎらわすため、ポツポツと会話を交えながらひたすら歩く。東にあった月もすっかり南中し、時刻も真夜中を指していた。


「月慈の民は今ごろ月光浴してるのかな。今日は空が高いし、星の瞬きも強い。さぞや眩しいことだろうなぁ…」


「故郷のことでも思い出したか?」


「少しね」


ジズは地面の小石をコンと軽く蹴って立ち止まった。


「地上は狂ってるって、思ったよ」


あちこちに光が溢れてて、それが洪水みたいに襲ってくるんだ。晴れてる日は堪らないね、昼も夜もあったもんじゃないしさ。


苦笑混じりに語られる言葉。彼の首の蜘蛛が微かに震えて見えた。


「怖いか?」


「怖かったさ、そりゃ。今でも怖いもの。こんな恐ろしいところがあってたまるか、って思ったね」


このイリアっていうエルフも、そうなのかなぁって…。


そう、この依頼を受けてからずっと、感じていたことだった。地下に暮らす≪陽光過敏症≫のエルフと、自分の境遇が重なっている、と。だからこそ、コルドは自分にこの依頼を回したのかもしれないとも。


ロコは、どうだろうな、と答えた。その足は止まらない。ジズは慌てて彼の後を追いかけた。


「おいていくなよ」


ムッとしたように声をかけると、ロコは振り向きもせず淡々と言った。


「もう少し行けば、洞穴があるらしい。今のペースでは日の出に間に合わんぞ」


その言わんとしているところをすぐに察したジズだが、ますますムッとして唇をとがらせた。


「なんで知ってるのさ」


「先触れも出さずに訪問は無礼だろう。故に先に手紙を持って使いに行かせた≪タテハ≫からの情報だ。感謝しろ」


――恩着せがましい言い方をわざとしやがって…、むかつく。


心のうちでそう思いながらも、口ではアリガトウゴザイマス、と返してやる。ロコは何の反応もしなかった。正確には振り向かなかっただけで、ピクリと眉を動かしていたのだが。



そうして、二人はさらに進んでいく。木々の繁っていた山道はいつの間にか岩が増え、微かに水の流れる音が聞こえてきた。


「いい香りがする…」


甘い香りだ。風に乗ってフワリと漂ってきた。


「花の香りか?」


「うん、あの花からする…」


まるで花の香りに誘われた蝶のように、ジズは枯れ木の根本から生えている薄紅色の小さな花を指差した。


「なんだろう、あの花。見たことないや」


丸い花弁を五枚持ち、控えめな雌しべの周りを守るように小降りなおしべが三つ、茎も少し力を入れれば折れてしまいそうなくらい細い。葉は地に這うように広がって折れないように踏ん張っているようにも見える。


「ふむ、≪クリオール≫にも見えなくはないが…」


「≪クリオール≫って、≪迷い草≫のこと?じゃあ、気を付けた方がいいね。香りに惑わされて同じ道グルグルはごめんだ」


「そうだな」


ジズは小降りな羅針盤を取り出して方向を確かめる。示した北の方角と常に北にある星≪シャマリー≫の方角は一致。今のところ問題はなさそうだ。


「大丈夫みたいだ、行こう」


「ああ」




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