第2話:≪ナディ≫の花



≪ナディ≫という名前の植物がある。とても稀少な植物で、歴代の植物研究家の中でも実際に見たことのある人物は片手の指ほどしか存在しないと言われている幻の植物だ。


その理由はいくつかある。


まず、採集出来る場所が限られていること。≪ナディ≫は一年中涼しい気候を好む高山植物である。また、≪メルディ≫と言う木に宿木して増えることが知られている。この≪メルディ≫は夏から冬にかけてただの枯れ木になる習性があり、雪解け水を飲む春の時期にだけ成長をする。そこで生じた新しい枝葉にこっそりと寄生するのが≪ナディ≫だ。


だが、≪ナディ≫を宿らせる≪メルディ≫は数多く存在していない。≪ナディ≫の生命力に負けない生命力をもつ≪メルディ≫でないと、≪ナディ≫が成長する前に枯れてしまうためだ。≪メルディ≫が枯れれば、≪ナディ≫も生きられない、それが二つ目の理由となる。


≪ナディ≫の成育に必要なことは、高い山であること、雪がたっぷりと降る土地であること、樹齢が二十年以上の生命力のある≪メルディ≫の木があること、だ。これらを満たす環境があまりにも少ないため、≪ナディ≫は稀少な植物として有名なのだった。

さらに言えば、≪メルディ≫は春以外の季節はただの枯れ木となる。そこで運悪く折れてしまったり、薪とするために伐採されてしまったり、十分な雪解け水を飲めず、成長しないまま枯れてしまうこともある。そのため、今はこの≪メルディ≫も大変稀少な植物であり、雪がたっぷりと降る山に自生している樹齢二十年以上の≪メルディ≫は更に稀少であると言われていた。


そんな採集困難な≪ナディ≫を求める者は、いつの時代にも一定数いる。何故なら≪ナディ≫は根を除く全てがあらゆる病を治す特効薬となるからだ。


花には精神を安定させる成分、葉には血液の循環を良くする成分、茎には痛みを抑える成分、その全てを余すことなく薬として利用できる。そのため≪ナディ≫の一部をほんの少しでも混ぜた薬は、あらゆる病気の特効薬になると言われ、世界中の人々がそれを欲しているのだった。



さて、ジズが必要としているのはその中でも最も稀少な≪ナディ≫の花粉であった。花も、茎も、葉も、彼には全く必要がない。ただ、この花粉には彼―ひいては彼ら≪コバルティアの民≫たち―の延命薬となる成分が含まれていることをジズは知っていたのだ。


≪コバルティアの民≫

地上で大帝国が繁栄を築く裏、ひっそりと地下で生き続けてきた一族のことだ。地上との交流はなく、一族以外の人間を受け入れずに何百年もの年月を生きてきた。彼らの命は非常に短く、四十まで生きられれば長命と言われていた。中でも≪異端児≫と呼ばれる存在は更に短命で、二十に届けば長生きなのだという。


ジズは今年で二十二になる。もう時間はほとんど残されていなかった。



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