3
町に着くなり狩人を出迎えたのは、瀟洒な造りの宿に、一週間分はありそうな卓から溢れんばかりの食事。
とくに「剣闘鬼の闘技場」からほど近いこの町では、狩人を崇めるものが多く、歓待のムードが盛り上がっている。
いつか見た顔が息災に過ごしていることに喜びを感じつつも、どうにも居心地の悪さは消えない。
自分はそんな大層な人間ではない……なんて言うつもりはない。仮にも世界を救ったパーティーの一員なのは自覚している。
簡潔に言ってしまえば、性に合わないのだ。
なんとか宴の席を抜け出して、しばしの休息を取り、夜も深いうちに宿を抜け出した。
先を急ぐ旅ではないが、これ以上英雄扱いを受けるほうが心労を溜める。沈み込むような豪奢な寝具よりも夜通しの行軍。人の在り方は、そうそう変わるものでもないらしい。
早くも平和ボケをしている門番の脇を悠々とすり抜け、町を出た。
しかしこうなってくると、町によることすら億劫になってくる。いっそのこと胸の勲章など外して、一旅人として振る舞おうかと考えつつ闇夜に歩を進めると、自分以外の足音が聞こえることに気付いた。
音は少しずつ大きくなっているので、町へ向けて近づいているようだ。
町への夜襲の可能性を疑うが、どうやら足音は一人分。世界に平穏が戻ったことで夜通しの旅をする者もいるかもしれないが、捨て置いてなにかと縁がある町に害があっても目覚めが悪い。
仕方なく正体を確認するまで足を止めることにしたが、音が明瞭になるしたがって正体が掴めなくなる。
何か引きずるような音が交じっている。
旅の経験から、二足歩行が苦手な魔物や尾を引きずり歩く魔物を想像するが、それにしては歩みが遅い。
やがて優れた夜目が正体を捉え、念のために構えていた得物から手を離す。音の正体は手負いの旅人で、負傷した足を時折引きずって歩いていた。
平和が訪れたというのに、よくよく怪我人ばかりに会うものだ。手を貸してやろうと近づいていくと、それが記憶に新しい顔であることがわかり、どこか気の抜けた気分が霧散した。
ゴブリンに襲われていた夫婦――しかし夫のほうがいない。
狩人はふらつきながら歩を進める女に駆け寄る。
「どうした、何があった?」
「ゴブリンたちが……あの人を……」
女は狩人に体を預けると、顔を歪めながら話した。よく見れば、頬の傷は口内まで見えてしまうほど深い。
「夫はまだ残されているんだな」
「狩人……様?」
問いかけに女は焦点を合わせて、ようやく自分を抱きかかえているのが狩人だと気付いたようだ。
「そうだ。もう大丈……」
「あなたが! ……あのとき、殺してれ……」
女は傷口から血が吹き出すのも構わずに狩人の胸ぐらを掴み、湧き上がった怨嗟をぶつけると、操り糸が切れたかのように意識を失った。
幸い四肢の裂傷からの出血は少なく、太い血管は傷ついていないようだ。手当てをすれば、意識を取り戻すだろう。
狩人は女を抱きかかえ、町へ戻った。
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