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惰性で歩き続けていると、町が見えてきた。
この町には以前、"剣闘鬼の闘技場"を攻略するために訪れている。
剣闘鬼は兵士や旅人を捕らえては根城にしている闘技場を放り込み、配下たちと決闘を行わせていた。自身も腕に覚えがある者からの挑戦は進んで受け、市井の人々には手を出さないという、どこかおかしな魔物だった。
"剣闘鬼の闘技場"を攻略にするにあたり、意見が割れた。
剣士は正面からの決闘を望んだ。剣闘鬼は闘技場では一切の不正を許さない公平さも持っていたため、自身の剣でそれに応えたい主張したのだ。
それに対し、狩人が奇襲で一気に殲滅すべきだと提案したものだから、一日中言い争いをする羽目になった。
騎士の誇りで飯が食えるか、誇りのない戦いを人の所業といえるのか。いつまでもお互いに譲らなかった。
そんな狩人と剣士の言い争いを勇者たちは笑って見ていた。魔族のなかでも指折りの手練と戦う前だというのに。
本当に、居心地のよいパーティーだった。
狩人を回想から現実に引き戻したのは、微かに届く悲鳴だった。
広い平原のなかにあって正確に声の方角を聞き分けたのは、生業の経験値に他ならない。
人と……魔物。
常人では目視することも困難な距離だろうが、狩人は素早く弓を構えて一矢を放つ。そして、放った矢を追い抜かん勢いで走り出した。
遮るもののない平原で、状況はすぐに確認できた。
腕に裂傷を負っている男と、それを支える女。相対するゴブリンは……合計3匹。1匹は狩人の矢によって頭を貫かれ、残りの2匹は突然仲間を射殺されて慄いている。
狩人は旋風のように男女とゴブリンのあいだに割り込み、怪我をしている男を見遣る。
「怪我の程度は?」
「だ、大丈夫です。さほど深くは……」
男は突然の救援に目を丸くしつつも、しっかりと受け答えをした。毒などの心配はなさそうだ。
ゴブリンたちは闖入者に対し得物を振りかざして威嚇を始めたが、狩人の姿をまじまじ凝視すると何事かを交わし合った。
やがて武器を捨て、ジリジリと後ずさりを始める。その目には、明らかに恐怖が宿っていた。
「もしかして、お前ら闘技場の残党か。そうそう、あんたらの親玉をタイマンでぶっ殺した狩人様だよ」
狩人は魔物を前にし、再び回想に浸る。
闘技場の攻略は売り言葉に買い言葉の末、陽動のために狩人が剣闘鬼との決闘に挑み、剣士が捕らわれた人々を解放するために配下の魔物へ奇襲を仕掛けて、お互いの言い分を確かめることになった。
結果的に、狩人は見事に剣闘鬼を打ち倒し、剣士は一人の犠牲者を出すこともなく捕らわれた人々を救出し、闘技場の攻略に成功した。
余談だが、町に戻ったあとに剣士は「人命のためなら、己が信念など曲げるべきだった」と狩人に頭を下げたのだが、狩人が「実際にやってわかった。決闘なんてバカのやることだ」と思ったことを口にしてしまったため、そこからまた半日近く言い合いが始まった。
ゴブリンたちは目線をきることなく、後ずさりを続ける。
対して狩人は堂々と視線を外し、手当てをする男女と頭を射抜いたゴブリンの死体を見比べた。
実際のところ、狩人がその気になれば、一瞬でゴブリンたちを肉塊に変えることができる間合いなのだが、そうはしなかった。
「ほら、後ろから射ったりしないからさっさと消えな」
ゴブリンたちは言葉を理解したわけではないのだろうが、狩人に殺気がないことを感じ取ったらしく脱兎のごとく駆け出していった。
「あ、あの、殺さないのですか! 魔物ですよ。人を襲った魔物ですよ!」
女が男の腕に包帯を巻く手を止めて、噛みつかんばかりに狩人へ迫った。
「弱者を狩ろうとするのも、強者から逃げようとするのも、生きるための手段さ」
それもまた、狩人の考え方だった。
知恵を持った高位魔族ならともかく、魔王による統制を失った今の魔物は、侵略や愉悦のために人を襲ってるわけではない。生きるために戦っているだけだ。
率先して魔物を守ろうなどとは考えていないが、生きるための争いを否定することは、自身の在り方の否定になる。
腕一本の軽傷と一匹の命。仕掛けてきたのがゴブリンからだったことを踏まえても、もう充分だろう。
「やめないか。命の恩人が無益に殺生を行わないと仰るんだ。私たちが口をだす問題じゃない」
男は女を諌めると、狩人の前にひざまずいた。
「狩人様、剣闘鬼から町をお守りいただいたばかりでなく、この命までお救いいただき、感謝を表す言葉が思いつきません」
「たまたま通りがかっただけさ。それもあんたの悪運だ」
こうしたやり取りは勇者の役割だったので、面と向かって謝意を向けられるのはむず痒かった。
「恐縮でございます。本来であれば、町までご案内したいところなのですが、隣町まで急ぎの届け物がありまして」
「ガキの使いじゃないんだ。案内なんていらないよ。それよりも腕の傷にさわらないよう、気をつけて行くといい」
「お心遣い痛み入ります。私ら夫婦は町で道具屋を営んでおりますので、戻り次第、改めて御礼に伺わせていただきます」
「いいから、さっさと行きな」
狩人が邪険に手を振り、夫婦はようやく頭を下げながら歩いていった。
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