9#託す遺志
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「うはーーーーー!!うめえでないかい!!こんなにいっぺーのシカの死体にありつけるべさーーー!!!」
「わしゃあ、もう頬袋もお腹もパンパンだべさ!!もう食いきれんさぁ!!」
「食いねえ!!食いねえ!!カハハハハハ!!!!」
カーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカー
1000頭は及ぶエゾシカの亡骸には夥しい数のカラスが群らがり、たちまち骨と皮と化し、無残な醜態を晒していった。
どすどすどすどすどす・・・
「ごああああああーーーーーっ!!!!」
一頭のヒグマが、大きく吼えながら夥しいカラスの群れに突っ込んできた。
「ごるああああああああ!!!!!カラスども!どかんかーーーーい!!」
バシッ!!
カラスの群れのリーダーが、突然ヒグマの鼻面を鋭い鉤爪をたてて思いきり飛び蹴りしてきた。
「痛いっ!」
「カハハハ!!我らがリーダー、キスカ様のカラスキックそれ見たカハハハハハハ!!」
「カラスどもめ!なめやがって!!」
ヒグマは、徐に前肢の付けねからまだ膨らましてない風船を何個か取りだし、鼻の孔に2つと口に2つ吹き口をあてがって息を吹き込み始めた。
ぷぅーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーっ!!
「キスカリーダー!!やべっすよ!ヒグマが風船を!!」
「風船割れるの怖いいいいい!!」
カーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカー!!
パァーン!!
パァーン!!
パァーン!!
パァーン!!
「どひゃあああああああああ!!!!!!」
カーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカーカー!!!!
ヒグマのヴァンが、頬をはらませて膨らませた4つの風船か物凄いパンク音を轟かせて割れたとたん、カラスの群れはビックリ仰天して一斉に逃げ出し、鉛色の大空を黒く染め上げて飛び去っていった。
「ふう・・・あの時、人間の鞄から風船をありったけ持ち出しておいて良かったぜ・・・」
カラスの羽根が舞いおちる中、ヒグマのヴァンは辺りを見回した。
夥しい数のエゾシカの死体が無造作に横たわっていた。
皆、カラスや他の生物に食われ骨や皮の無惨な姿をさらけ出し、蛆虫が沸き腐っていた。
「ひでえ・・・命を奪った者への冒涜だ・・・!! 昔の人間は、殺した生き物が『神』の国に行けるように祷りを捧げたらしいけど・・・いくら存在を憎んでいる者だとしても・・・これはあんまりだ!!!!!!人間め・・・シカを殺してそのままかよ・・・可哀想なことしやがって・・・そうだよな・・・シカを人間は憎んでいるんだよな・・・俺達クマもそうだけどな・・・酷いぜ・・・酷いぜ・・・」
ヒグマのヴァンは、そう思うと身体を震わせ目からうっすらと怒りの涙がこぼれた。
「うっ・・・うう・・・」
「?」
後ろで蚊が鳴くような微かな声がして、ヒグマのヴァンは涙目で、そっと振り向いた。
「ヒグマのヴァンさん・・・お前はヒグマのヴァンさんでだろ・・・?!逢いたかったぜぇ・・・」
「お、お前は!!」
「おうよ・・・あの時、お前さんに風船を俺の角に付けるのを手伝ってもらったエゾシカのニイムよお・・・」
「ニイム!!やっぱりお前はニイムかあ!!!!!!俺も逢いたかったよおおおおおお!!!!!!」
ヒグマのヴァンは、満面の笑みを浮かべ、どすどすどす!!と巨体をうねらせて走り、鉤爪で息絶え絶えのエゾシカのニイムを持ち上げ、逞しい腕で抱き締め、おいおいと号泣した。
「あはっ!くっ!苦しいよ・・・!!」
「ご、ごめん!あれ?」
「なあに?」
「ニイムよお、角は?風船は?」
「角・・・風船・・・」
突然、エゾシカのニイムは顔を曇らせた。
「・・・そっかぁ・・・ハンターに大事な角をへし折られてもって行かれたんだ・・・
あんな立派は角・・・人間ならきっと・・・!!」
ヒグマのヴァンは、グッ!と苦虫を噛んだ。
「風船は・・・ほら、みんな、割れちゃった・・・!!仲間にあげようとしたら・・・仲間と一緒に・・・人間が・・・銃で・・・腑抜けだな・・・自分・・・風船が死んだ仲間に宿ったとか・・・現実の仲間を誰も守れなくて・・・このザマだ・・・」
エゾシカのニイムの目から、一筋の涙が溢れた。
「泣くなよ・・・俺もまた泣けるじゃねえか。 まあ、無事でなりよりだ。また怪我でも治し・・・
ええっ!!」
ヒグマのヴァンはそう言おうとした瞬間、エゾシカのニイムの身体を見て、絶句した。
「お、俺はご覧の通り、もう駄目だ・・・
ハンターに撃たれ過ぎて、もうズタズタだ・・・
もう・・・血の一滴も流れねえ・・・」
ぐおおおおおおーーーーー!!
ヒグマのヴァンは吼えた。
残虐な人間どもに怒りを込めて吼えた。
「ヒグマさん・・・そんなに嘆くなよ・・・
俺だって、猛り狂ってハンターを何人も怪我させたんだから、自業自得さ・・・。」
ヒグマのヴァンは、ふと人間を殺めてハンターに射殺された妻のボォムと子熊達のことを思い出した。
・・・そっか・・・お前も覚悟はあったんだな・・・
「だから・・・俺は・・・本当は死んでるんだぜ・・・」
「死んでる・・・?!」
ヒグマは目を丸くした。
「でさ・・・お前に一生の頼みがあるから、また『神の国』から戻ってきたんだ。」
「頼み?」
エゾシカのニイムは、深く息を吸い込むとぼそっとこう言った。
「ヒグマよお、俺き替わって『大地の王』にならないか?」
・・・大地の王・・・
・・・何で俺が・・・?
「本当は、俺が『大地の王』を目指したかったが・・・ほら・・・この身体だ。
だから・・・俺を喰って、俺を取り込んでください・・・!!」
・・・出来ない!!そんなこと・・・
・・・そんなことしたら、俺まで『ウェンカムイ(悪いヒグマ)』になっちまう・・・!!
「俺を食ったら・・・ここにいる仲間を全部土のなかに埋めてくれ・・・
死んだ者は土に帰るべきなんだ・・・
人間が・・・人間が・・・人間の・・・人間め・・・!!」
エゾシカのニイムの目から、大粒の涙が止めどなく流れた。
ヒグマのヴァンも、涙をこぼした。
「ヒグマよお・・・風船余ってないか?」
「風船?あ・・・最後の一個あるけど・・・」
ヒグマのヴァンは、前肢の脇から緑色のまだ膨らましてない風船を取り出した。
「俺・・・俺の命をこの風船に吹き込む。
この風船が膨らましすぎて、パンクしたとき・・・俺は『神の国』に戻っていくからな・・・」
「ええ・・・死なないで・・・!!」
「だから俺は既に死んでるんだ!!」
エゾシカのニイムは怒鳴った。
「ニイムよ・・・」ヒグマのヴァンは、そっとエゾシカのニイムの口元にその風船の吹き口を近付けた。
「さあ・・・早く・・・」
ヴァンは、震える鉤爪でニイムに風船を加えさせた。
ぷくっ・・・
楠んだ緑色の風船に、エゾシカのニイムの吐息が入った。
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ニイムは、エゾシカとは思えない位頬をパンパンにはらませて顔が物凄くむくみ、鼻の孔もパンパンにはらませ、ゆっくりと、ゆっくりと、大きく、大きく、緑色のゴム風船に渾身を込めて息を吹き込み、大きく、大きく、膨らませた。
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
エゾシカのニイムの膨らます風船がどんどんどんどん大きくなっていくのを、ヒグマのヴァンは涙をこぼして見詰めていた。
風船の大きさに反比例して、萎んでいくニイムの命の灯火にヒグマのヴァンは涙をこぼした。
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
エゾシカのニイムの膨らます風船は、やがて涙状から洋梨状へどんどんどんどんどんどんどんどんどん大きく大きく膨らんでいった。
既に、風船の膨らみはエゾシカのニイムの口元まで届いた。
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーーーーーーっ!!
ぷぅーーーーー・・・
しゅぅーーー・・・
バァーーーーーーーーーン!!
遂に、エゾシカのニイムの風船は森の山林どころか、大地全体に破裂音を轟かせて、パンクした。
「死んだ・・・
死んだ・・・
死んじゃったあああああーーーーーー!!」
ヒグマのヴァンは、思わずエゾシカのニイムの亡骸をぎゅっ!ときつく抱き締めて、激しく嗚咽した。
「うわああああーーーああーーーーーーーーーあーーーーーー!!」
まるで、森全部が泣いている感触がした。
一頭の気高いエゾシカが死んだ瞬間に・・・。
「うわあああーーーーーー!ああーーーーーー!!」
ヒグマのヴァンは地面を見た。
エゾシカのニイムが膨らませた風船の破片。
ヴァンは、大きな鼻で割れた風船の吹き口にこびりつくニイムの涎の匂いを嗅いだ。
くんくん・・・
・・・ニイムよ、解ったぜ・・・
・・・お前の遺志は俺が引き受ける・・・
・・・俺は『森の王』いや『大地の王』になる・・・!!
ヒグマのヴァンは、早速エゾシカのニイムの体に鋭い牙を近付けた。
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ・・・
ヒグマのヴァンは、エゾシカのニイムの肉を無心に食らった。
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ・・・
ニイムの体にの肉を全部残さず、骨までしゃぶり、皮を剥いで、
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ・・・
ヒグマのヴァンは無防備だった。
ただ、エゾシカの肉を食らうことだけに夢中になって、迫り来る危険が分からなかった。
ヒグマのヴァンを狙うハンターが奥に隠れていたことを・・・
ダーーーーーーーン!!
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