5#壊れゆく生態系

 ぷぅーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーっ!!


 


 2頭の子熊達が、それぞれ頬をめいいっぱいはらませて風船を膨らませていた。


 「まあ!あんた達ぃ!ずいぶん風船を大きく膨らませたねえ!」


 母ヒグマのボォムは、目を細めて言った。


 「母ちゃんも、風船膨らませられるの?」


 「わーい!見たい見たい!!」


 「ごめんねぇ!あたしは肺活量強すぎて、すぐに風船を膨らませ過ぎパンクさせちゃうわ!」


 「えー!やってみて!やってみて!」


 子熊達は、目を輝かせた。


 「うん!やってみるわ!」


 母ヒグマのボォムは、リュックに鋭い爪をゴソゴソと掻き分けると、まだ膨らませてない赤い風船を取り出すと、息を深く吸い込んで、風船に獣の吐息を吹き込んだ。




 ぷぅーー・・・



 パァーーーン!!




 「ひゃっ!!」



 

 子熊達は、思わず膨らませた風船を爪から離してしまい、




 ぷしゅーーーーーーしゅるしゅるしゅるしゅる!!ぶぉぉぉーーーー!!




 と、ロケットのように風船は周辺に吹っ飛んでいった。


 「割れちゃった!!」「ビックリしたーー!!」


 「ねえ!人間の銃もこんな音を鳴らすから、もしこんな音を聞いたらすぐに逃げるのよっ!」

 

 「はーい!」「はぁーい!」


 子熊達は、気前よく返事をした。


 「じゃあ、メインディシュ戴きましょ!!」


 「食べよう!!」「おいしそう!!」




 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ。




 のっし・・・のっし・・・



 一頭の雄ヒグマがこっちに向かって歩いてきた。





 のっし・・・のっし・・・





 「え?!」




 のっし・・・のっし・・・




 「お、お前ら!!な、何食っちょるんだ!!!!」


 雄ヒグマのヴァンは、妻ヒグマのボォムとその子熊達が食らい付く肉片を見て気が動転し、さーーーっと血の気が引いた。




 人間の手がブラーンと垂れ下がっていた。




 下に、人間の靴が、




 服が、




 時計や帽子といった遺留品が・・・





 「お前ら!!あれほど人間を襲うな!!と言ったのに!!何てことをしたんだぁーーーー!!!!」


 ぐおおおおおおーーー!!!!


  仁王立ちした父ヒグマのヴァンは牙を剥いて、激しく激怒した。


 「だって・・・しょうがないじゃない?

 木の実は不作で全然実ってないし、何も食べるものが無いもん。

 それに比べ、人間の美味しさは格別よ!!」




 むしゃむしゃむしゃむしゃ・・・ 




 ・・・ボォムよ・・・


 ・・・あいつ、出会った時から人間がこの山に残していった『餌』をむさぼっていたからな・・・


 ・・・人間に近寄り過ぎたんだ・・・!!

ボォム

 ・・・子熊の頃に、人間に『餌』を貰ったことを自慢してたな、ボォムは・・・


 ・・・こんな『ウェンカムイ』(悪いヒグマ)になりやがって・・・!!




 ばぁっ!


 父ヒグマのヴァンは、鉤爪で人間のズタズタになった『遺体』を母ヒグマのボォムと子熊からふんだくると、そそくさと穴を掘って埋めた。


 「な、何するのよ!!」


 母ヒグマのボォムは、怒ってヴァンに襲いかかってきた。


 


 ぐおおおおおおーーー!!


 がおおおおおーーー!!




 2頭のヒグマは、激しく『夫婦ケンカ』を始めた。


 「お前のやってること解るか!!『人食い熊』だぞ!!

 お前のせいでな!!お前のせいでな!!

 クマ仲間がどんどん人間に殺されてるんだぞ!!

 人間は皆、俺達ヒグマが人間を襲うと思ってるから憎んでるんだ!!

 お前のような事をするからな!!」


 「そ、そんなこと知らないわ!!

 ただ、あたい達は生きていく為には・・・」


 「生きていく為には人間にてを掛けていいと言うのか!!」


 「それは・・・」




 ぐおおおおおおーーー!!


 がおおおおおーーー!!




 「えーん!!えーん!!父ちゃん!!母ちゃん!!喧嘩やめてぇーーー!!」


 2頭の子熊達は、ショックで大泣きした。




 父ヒグマのヴァンは、ふと我に帰った。




 ・・・お前達・・・




 ヴァンは、心から愛する我が子達の泣き顔に顔を近づけ、ペロペロと涙を拭き取った。


 「ごめんな・・・ごめんな・・・つい、カッとなった。」


 「父ちゃん・・・顔。風船。」

 

 父ヒグマのヴァンは、前肢をさっ!と顔を撫でると、萎んだオレンジ色の風船がはらりと落ちた。


 「あれ?こんなとこにも。」


 父ヒグマのヴァンは、後脚の肉球にピンク色の萎んだ風船が引っ付いているのを見付けた。

 

 「どうしたんだーい?この風船は?」


 「そ・・・それは・・・に、人間の・・・バックの中に・・・!!

 ど、どうしよう・・・!!」


 母ヒグマのボォムは、頭を抱えて塞ぎ混みブルブル震えておどおどしく答えた。


 「ふーん・・・」


 父ヒグマのヴァンは、きょとんと座る子熊達にニコッと笑顔で振り向いて言った。


 「父ちゃんが、この風船を膨らませてあげようか?」


 「えっ?ええええ?」


 「やだい!父ちゃんが膨らませたら、すぐに割れちゃうよ!!」


 子熊達は動揺した。


 「大丈夫っ!俺が少しっつ息を入れるからさあ。ほうら、鼻息なら鼻の孔2つで、いっぺんに!!」


 父ヒグマのヴァンは、ふくよかに黒光りする鼻に開けられた鼻の孔両方に、それぞれ拾った風船の吹き口をあてがい、




 ふーーーーっ!


 ふーーーーっ!


 ふーーーーっ!


 ふーーーーっ!


 ふーーーーっ!




 「わーい!わーい!鼻提灯!!鼻提灯!!」


 父ヒグマの鼻息でどんどん大きく膨らむ2つの風船に子熊達は、猛烈にはしゃぎ回った。




 「あたいはあああーーをーー!!あたいはああああーーーーーー!!何てことをしたのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!」


 母ヒグマはショックで頭を抱えてうずくまり、大粒の涙を流して激しく慟哭した。




 ・・・・・・




 ・・・・・・




 ちょこちょこちょこちょこちょこちょこ・・・


 一匹のノネズミが、キタキツネのチプの足元で、チョコマカ動きまわっていた。


 「しめしめ・・・獲物発見!!


 「ぎょっ!」ノネズミは、キツネの荒い鼻息が顔にかかり、仰天した。


 気まずくなったノネズミは、すかさず猛ダッシュでその場から離れた。


 「こしゃくな!!逃がさねえよっ!!」


 キタキツネのチプは飛び上がって、必死に逃げまくるノネズミの脳天を抑えようと高くジャンプした。


 「えっ・・・!!!」


 どすーーーーーーーん!!


 キタキツネのチプは、全然バランスを崩してその場で痛いと言うほど、ズッコケてしまった。


 「痛うう・・・」


 「ぎゃはははは!!アザラシギツネ!!アザラシギツネ!!」


 ノネズミのミロは腹を抱えて爆笑した。


 「アザラシ・・・だと・・・!!」


 「けけけけ!!お前がアザラシだよ!アザラシみたいな風船ギツネちゃーーーん!!」


 「アザラシ?風船?何だよそれ!」


 生意気なノネズミのミロにけなされたキタキツネのチプは、ふくれて怒った。


 「この膨れっ面がますますアザラシだよーーーん!!

 せいぜいダイエットして、一昨日来るんだな!!風船ギツネちゃーーーん!!」


 「なん・・・だと・・・!!」


 キタキツネのチプは、遂にぶちギレてチョコマカチョコマカと逃げまくるノネズミのミロを血相を変えて追いかけた。


 ぶよん!ぶよん!ぶよん!ぶよん!




 ・・・重い!何なんだぁ?この体の重さは・・・!!




 キタキツネのチプは遂にノネズミのミロにはついて行けず、息切れを起こしてその場でぶっ倒れてしまった。


 「はあ・・・はあ・・・い、いつもは直ぐにこんな生意気ノネズミは、一発で仕留められるのに・・・何故だ・・・!!」


 訳が分からなくなったキタキツネのチプは、ぶっ倒れたまま自問自答していた。




 ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこ!!




 「ふーーーーーっ!」




 ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこ・・・




  からかいに、また戻ってきたノネズミのミロがキタキツネのチプの耳に息を思いっきり吹き込んでも、チプは追いかけもせず、ただうずくまった。




 ・・・も、もしや・・・!!




 キタキツネのチプは、ヨロヨロと重い体を起こすと、ヨタヨタと近くの沼に顔を水面に映した。


 「ぎ、


 ぎ、


 ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーー!!!」


 キタキツネのチプは、思わず悲鳴をあげた。


 「うっせーな!お、お前もか!こーーんなに太っちょになって!

 俺、通りすがりのノウサギに「タヌキギツネ!!」って馬鹿にされてさあ・・・」


 「あっ・・・!!チポもか!キポも風船ギツネになっちまったのか!!」


 キタキツネのチプと友達のキポは、お互いを抱き締めると、おいおいと泣き崩れた。


 「何で・・・何で・・・何でこうなったんだぁぁぁぁーーーー!!」




 ばさっ・・・



 ばさっ・・・




 「無理もないさ。この前、いっぱい死んでたエゾシカの躯を腹一杯貪って食いつくしてたでないかい?お前さんたちや。」


 近くの大木の枝にやって来た、エゾシマフクロウのボォボはそう答えた。


 「はあ・・・あのときは獲物が少なくてさあ、すぐそばにシカの死体がいっぱい転がってた時には、渡りに船だと思ってね・・・」


 キタキツネのチプは、前肢で目の涙を拭って言った。


 「全部人間のせいだ。

 人間が、エゾシカが増えすぎたからって脇目もふらずにどんどんどんどん殺しまくっているんだ。

 わしの小耳に挟んだ話じゃ、人間の『狩り』の決まりが変わってのお、殺したエゾシカは、そこら辺に置いときっぱなしでいいことになったらしいんじゃ。

 兎に角、他の動物の後のことなんか、人間はどうでもいいんでしょ?

 エゾシカが減って減って減りまくって、エゾシカの天敵である、人間に滅ぼされたエゾオオカミみたいにこの世から消滅させたいんだろうね。」


 シマフクロウのボォボは、そこまで言うと深い溜め息をついた。


 「・・・・・・!!」


 キタキツネ達は絶句した。




 ・・・じゃあ、僕達は冷酷な人間どもの『とばっちり』ってことか・・・!!




 ・・・結局、人間さえ良ければいいんだ・・・!!




 2頭は、通りすがりの人間の餌やりで狩りをしなくなった者や、エキノなんとかという病原菌対策と言って人間に殺された仲間達のことを思い浮かべた。


 シマフクロウのボォボの話はまだ続いた。


 「更に心配なのは、ヒグマ達のことだ。

 人間の方から近寄り過ぎたんだな。

 知ってるか?人間をいっぱい襲っているという、子熊連れの雌ヒグマがこの山にいること!

 人間どもが今、この山を中心にヒグマ達を次々と殺していってるんだ。

 只でさえ、この世の中にヒグマが減り続けてるのに・・・

 まともに生きてるヒグマさえも・・・

 たった一頭の『人食い熊』のせいで・・・!!!」


 エゾシマフクロウのボォボは、脚の爪を枝に食い込ませ、怒りで悔し顔をしてブルブル震えて言った。




 ・・・まずい!!まさか、あのこの前出逢った『ヴァン』という熊も・・・!!

 ・・・もしや、人間に・・・!!



 キタキツネのチプは、血の気が引いた。




 「まあ、気を取り直してその前にお前達の体を元に戻すことが肝心だよ!

 わしが、自慢の爪でプスッとお前達の体に穴を開けて見ようか?

 ぷしゅー!!って空気が抜けて、元の体に戻るかも知れんよ!!

 「パーン!!」と破裂しちゃったりして!うふふ。」


 「け、結構です!!」「じょ、冗談も大概にして下さいよぉ!!」


 キタキツネ達は冷や汗をかいて、たじろいだ。


 「あはは!冗談!冗談!でも、ダイエットするのは必要だよ!」




 ぽとん。




 「風船?」「あっ!風船だ!」


 キタキツネ達は、シマフクロウが地面に落としたまだ膨らましていない風船を拾い上げた。


 「この風船を膨らましてごらん。何回も。『風船ダイエット』だよ。」


 シマフクロウのボォボはニヤリとほくそ笑んだ。


 「うわぁ!膨らましたい!僕、めちゃめちゃ風船膨らますの得意なんだ!!」


 「俺、風船割れる音怖いなあ。」


 キツネ達は鼻を風船に近づけ、クンクンとゴムの匂いを嗅ぎ、吹き口をくわえて息を吹き込んだ。




 ぷぅーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーっ!!!




 ・・・あれ・・・?



 チプは、膨らましている風船の表面にヒグマの毛が付いてるのを発見して匂いを嗅いだ。



 ・・・ヴァン・・・ヴァンさんの匂いだ・・・!!



 キタキツネのチプは、ヒグマのヴァンが健在だと分かり胸がキュンとなった。



 ・・・でも、何でヴァンさんが風船を・・・?


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