4#風船角の鹿王

 雄エゾシカのニイムは、野を縦横無尽に駆け回った。


 立派な角を付けた、今は亡き仲間の魂が宿った無数の風船をお伴にして。


 崖を滑り、飛び越え、河を渡り・・・




 ≪隊長!!微風が気持ちいいです!!≫




 「そうだな。よし!飛ばすぞぉ!」




 ≪隊長!!そこの崖、危ないです!踏み外したらやばいです!≫




 「おお!わ、わかっ!うわっ!ふぅ・・・ビックリした・・・ありがとう。教えてくれて。」




 ≪隊長、そろそろ休みましょう!!≫




 「解った!!ここの草は美味しそうだな。」




 ニイムと風船の『仲間達』はいつも一緒。


 ずっとずっとずっとずっと一緒・・・




 ・・・じゃなくなった時期が来てしまった。




 「角が・・・ムズムズする・・・!!」


 


 ぐじぐじぐじぐじ・・・




 「痒いい!!痒いい!!」


 エゾシカのニイムは、しきりに頭の角を気にする素振りを見せるようになった。


 「痒い!!痒い!!痒い!!痒い!!痒い!!痒い!!」




 ≪どうしたんですか?隊長!!≫


 ≪隊長!!大丈夫ですか!?≫




 角に括られた、風船・・・エイムの『仲間達』も心配そうにふわふわと揺らいでいた。




 「『仲間』よ。」




 ≪何ですか?隊長。≫




 「お願いがある。」



 ≪いいですよ。何なりと。≫




 「もしかすると、君達を割っちゃうかもしれない・・・?」



 ≪割っちゃう?ああ、その時期が来たのですね。『角の生え換わり』が。

 そんな心配しなくていいですよ。

 私達を角から外して、貴方のどこかの体に結び直せばいいじゃんね?

 そうすれば角を取ろうもして、誤って俺らを割らなくても済みますよ!≫



 「ああ、そういう手があったね。じゃあ、お前達を両前肢にも結ぶよ!

 また俺の角が生えたら、角にまた結んでやっからさあ。

 それでいいかな?」



 ≪いいともーーーーっ!!≫



 

 雄エゾシカのニイムは、両前肢の付け根にそれぞれ『仲間』達を結わえ直し、違和感募る角を木に、




 擦りすりすりすりすり・・・


 ポロッ。




 エイムの角は、脚の下に転げ堕ちた。


 ≪角がとれちゃった!≫


 「みたいだねえ。じゃあ、片一方もおとすよ。」


 角が無くなったエゾシカのエイムは、両脚の付け根にそれぞれ、無数の『仲間』の風船を付けて、山野を駆け巡った。


 


 ≪隊長!!僕達ここにいて、動きづらいですかぁ?≫




 「大丈夫だぁ!さあ!飛ばすぞぉ!『飛ばない』ように、俺の脚に外れるなよぉ!」




 ≪ラジャー!!≫




 時には・・・




 「おい、『ナク』!ちょっと元気ないじゃねぇか?」




 ≪ああ・・・だいぶ中の空気が抜けちまったぜ。≫




 「よし、ちょっと待ってろ。俺が息を入れて元気にしてやっからさあ。」




 ≪かたじけねえ。≫




 雄エゾシカのニイムは、『ナク』の魂の宿った黄色い風船の紐と吹き口を偶蹄でほどくと、口で息を吹き込んで大きく膨らませてあげた。



 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!



 ニイムはパンパンに『ナク』の風船を膨らまして元気を取り戻させると、吹き口を偶蹄で結び、紐を付けて再び元の前肢にしっかりと結わえた。




 ≪隊長!!有り難うございました!!でも息臭いです。≫




 「ははっ!すまんのお!」




 先々で堕ちてたり木にひっかかってる風船見付けたエイムは、通りすがりのエゾリスや鳥達に手伝って貰って拾い集め、どんどんどんどん『仲間』を集めていった。




 「『友』よお!また『新入り』連れてきたぜ!!喧嘩して割るなよぉ!」




 季節は廻り、雄エゾシカのニイムの頭に角の『芽』である、袋角が生えてきた。


 袋角は、やがて風船が割れるように破れると、そこから新しい角が日に日に成長し、以前より更に逞しく素晴らしく立派な角になっていった。


 ニイムは、早速新たな角に両肩に括った風船の『仲間達』を結んであげた。




 「お前らどうだい?新しい角の感触は?」




 ≪最高でーす!!≫


 ≪前より良くなりましたー!!≫


 ≪気持ちいいでーす!≫

 

 


 「おっ!!あの鹿は!」


 「あれが噂の・・・」


 「風船だぁ!綺麗だなあ・・・!!」


 「風船!!風船!!風船!!風船!!キャァーー!!風船!!」




 他の鹿達は、カラフルな風船を夥しい位に角に結び付けたエゾシカのニイムにうっとりと釘付けになった。




 「風船鹿さぁーーーん!!何て言うの?名前?」


 「ニイムっていうんだけど、何か?」


 「お、俺を部下につけてくださーい!!」


 「え?ええ?皆?どお?仲間にする?」




 ≪おおよ!≫


 ≪こちらからも宜しくな!!≫




 「おい君!部下にしてもいいぞ!付いてきな!!遅れるなよ!!」


 「ありがとうございます!!ニイム隊長!!」




 新たな『仲間達』を自らの角に迎えた雄エゾシカのニイムは、『仲間達』のぽんぽーん!と頭の上で弾むリズムに合わせて軽快に野山を駆け巡った。




 やがて、ニイムの後を他のエゾシカ達がどんどん付いていくようになった。


 それは、どんどんどんどんどんどんどんどん日増しに増加していき、やがて100頭、1000頭辺りまでどんどんどんどんどんどん膨れ上がった。




 「おい!角の『仲間達』よ!良かったな!!リアルな『仲間達』も増えたぞ!!

 これで怖いものは無いぞ!!

 人間どもかかってこい!!ってもんだ!!

 はははっ!!」



 

 雄エゾシカのニイムは、夥しい『仲間達』を率いて、野を超え、山を超え、谷を下り、河を超え、数珠繋がりになってどんどんどんどん駆けていった。


 その姿は、まるで無数の風船を付けた勇壮な鹿の王であった。


 『風船鹿王』ニイムは、後ろを振り向き声をあらげた。




 「お前らーーーーーー!!付いてこいよーーーーー!!お前らの命を俺に預けろーーーー!!」




 ニイムは、今まで角の風船の『仲間達』の魂が鹿の体にあったときの、逞しい力が胸の底から湧きたち、




 力強く・・・




 力強く・・・




 力強く・・・




 力強く・・・




 エゾシカのリーダー『風船鹿王』と率いる無数の仲間達の群れが、まるで巨大な獣のように・・・




 力強く・・・




 力強く・・・




 力強く・・・




 力強く・・・




 『風船鹿王』ニイムは、生きる喜びや仲間達に囲まれた喜びがまるで、風船が膨らむようにどんどんどんどん感極まり、大空へ向けて鳴き声をあげた。




 ぎょーーーーーーーーん!!




 「さあ!飛ばすぞーー!!お前ら!!付いてこいよぉーーーーー!!」




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!




 『風船鹿王』ニイムは、更に脚のストライドを更に早め、無数の群れもそれに付いていくように、わらわらと力強く向かっていった。




 しかし・・・




 実際は・・・




 この群れは・・・




 「おーーーい!その風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」「風船ちょうだい!!」




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!



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