3#風船に宿った仲間の魂

 ≪ニイム隊長!!お久しぶりです!ムムです!僕を膨らませて有難うございます!!≫


 ・・・ムム?ああっ・・・!


 深緑色の風船からの囁き声に、エゾシカのニイムは群れのリーダーだった時、いつも臆病風を吹かせていた『弱虫のムム』を思い出した。


 ≪こうして僕は風船の体を借りて、またリーダーに尽くしたいと思います!

 僕もリーダーの角に結んでください!

 今度こそ僕はリーダーのお役に立ちたいのです!!≫


 ・・・幻聴を聞いてるのだろうか・・・?


 ・・・あいつ、真っ先に人間の銃で殺されたのに・・・?


 「おおよ!ムムよお!またお伴してくれるかな?」


 ≪いいとも!!≫


 「じゃあ、君を俺の角に結んでやるぜ!離れるなよ!」



 


 「あれ?シカの奴、膨らませた風船に話しかけてらあ!ヒグマさん。」


 「仲間失って、そうとうショックで気が参ってるのかなあ・・・キツネさん。」




 「これで、まあ俺の『仲間』だぜ!ムムよお・・・

 じゃあ、また俺の『仲間』を風船に召還かなあ。」


 エゾシカのニイムは、角に結んだ沢山の風船を振りかざすと、またその風船の束から取った萎んだ風船に吐息を吹き込んだ。




 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!




 「あー!僕も風船欲しいなあ・・・風船膨らましたいなあ・・・

 でも、あのシカさんもきっと風船が大好きで、同じく大好きだった死んでいった仲間への思いが重なって・・・」


 キタキツネのチプは、風船を膨らまして吹き口を結んでは、その風船に話しかけては、池を鏡にして角に結んでいくエゾシカのニイムの姿を不思議そうに見詰めていた。


 


 「さあて、これが最後だな。あれ?この風船破けてる。」


 エゾシカのニイムは、八つ裂きにパンクしている赤い風船を摘まんで考えた。


 ・・・破れてもいいか・・・

 ・・・吹いてあげようか・・・


 エゾシカのニイムは、目をつぶってその割れた風船の吹き口をくわえて息を吹いてみた。




 ブブブブブブ・・・!!


 ブブブブブブ・・・!!



 破れた風船は、エゾシカのニイムの吐息でブルブル震えるだけだった。


 「ぷぷっ!なにやってるんだろう。エゾシカのやつ。割れたの吹いても何でも無いじゃん。」


 ヒグマのヴァンは、思わず頬っぺたを膨らまして吹き出しそうになっていた。




 すると・・・



 ぽこっ・・・



 「?!」


 奇蹟は起きた。


 割れてた筈の風船が、突然エイムの吐息で一部分がぽっこり膨らんだのだ。


 エゾシカのニイムは、すかさず頬を名めいっぱい膨らませて吐息を吹き込んでいった。


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!




 復活した風船は、どんどんどんどんどんどんどんどん大きく大きくなっていき、やがて他の風船より一回り大きく膨らんだ。


 「ぜえ・・・ぜえ・・・」


 身体中の空気を吐き出して、精も根も尽き果てたエゾシカのニイムは、パンパンになった風船をたしかめた。




 ≪ニイム隊長!!ニイム隊長!!無事でしたか!!≫




 風船からまた声が聞こえてきた。


 「この声は・・・まさか!!」


 ≪お、俺だ!!ウエイだ!こんな状態になっちまったけどな、まあ無事で嬉しいぜ!!≫


 ・・・ウエイ・・・


 ・・・あいつ・・・


 ・・・俺とリーダーの座を賭けて何度も喧嘩した、群れのナンバー2・・・




 ・・・ハンターに追いかけ回されたあのとき、あいつ俺を庇って・・・


 ・・・ハンターに立ちはだかって・・・


 ・・・銃弾をしこたま撃たれて・・・


 ・・・立ったまま死にやがった・・・


 「ううううう・・・ごめんな・・・ウエイよお・・・」





 「今度はシカの奴、風船を抱き締めて号泣してらあ!」


 キツネのチヌは、呆れ顔でまじまじと見詰めていた。


 「まさか!あのシカは・・・もしや!!」


 ヒグマのヴァンの顔は蒼白になった。


 ・・・エゾシカのニイムって奴は『幻惑』されているのではないか・・・?

 ・・・最愛の仲間達の死で、精神に支障をきたしてしまったのか・・・?


 「おーい!シカさぁん!その風船は破け・・・ 」


 「しぃっ!ヒグマさん!黙ってて!シカさんをそっとしといて!」


 キタキツネのチヌさ、ヒグマのヴァンの口を必死に抑えた。


 すべての風船を角に結び終えたエゾシカのニイムは、沼池の水面で顔を見た。




 むくむくっ・・・ 




 角の風船は、むくむくと鹿の顔に変形してニイムに声をかけてきた。


 ≪ニイム隊長!!これで私達はいつも一緒ですね!!≫


 ≪ニイム隊長!!俺達は片時を離れません!!≫


 ≪ニイム隊長!!僕達は風船の体をお借りしてあなたに尽くします!!≫


 ≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫≪ニイム隊長!!≫


 色とりどりいっぱいの風船達は、一斉に感極まって目から溢れる涙を沼面に一粒一粒落とすエゾシカのニイムに呼び掛けてきた。


 「ううう・・・ううう・・・あ、ありがとう・・・みんな・・・みんな・・・俺の角にくくりつけた風船に宿ってきて、とてもとても・・・嬉しいよおおおおお!!」


 エゾシカのニイムは、角の風船をどんどん手繰り寄せて抱き締めた。



 むぎゅっ!



 ≪に、ニイム隊長!く、苦しいよ!ぼ、僕達、割れちゃうよ≫


 「あ!ああ!めんごめんご!!」


 エゾシカのニイムは、風船の1つ1つに偶蹄をなで回して謝った。


 「じゃあ、一緒に『駆け回る』?」


 「うん!僕らはニイム隊長の頭の上で『着いていきます』!!」



 

 エゾシカのニイム、深く深く深く深く深く深く深く鼻の孔から「しゅーっ!」と音が出る位思いっきり息を吸い込んで頬を膨らませ、


 きょーーーーーん!


 とひと啼きした。


 

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