2#風船と雄エゾシカ

 「うん!風船!!俺、久しぶりに風船見た!でも、こんなにいっぱいの風船!取って!俺、欲しいんだ!!」


 雄エゾシカのニイムは、シマフクロウのボォボの後ろでフワフワと揺れているカラフルな風船の束に見とれていた。


 「風船?わしゃ知らんかったい!こんなに風船が・・・ひゃっ!揺れた!!」


 シマフクロウのボォボは、微風にゆらゆらと揺らめく風船の束に驚いて他の枝に飛びうつった。


 「シマフクロウさーん!その風船取ってーーー!」


 雄エゾシカのニイムは、ビクビクと震えるシマフクロウのボォボに目を輝かせて呼び掛けた。


 「嫌じゃーっ!わしは、風船が『ぱーーん!』と割れる音が大の苦手じゃて解ってるじゃろうー!!」


 シマフクロウのボォボはそう言うと、素晴らしく大きな翼を拡げて音もなくふわっ・・・と飛び去って行ってしまった。



 

 「けっ!何が『神の使い』だ!ただの臆病者じゃねえか!」

 

 雄エゾシカのニイムはそう悪態をつくと、また遥か真上の木の枝に引っ掛かってフワフワと揺れている風船の束を見詰めていた。




 見詰めるうちに、その風船の一つ一つがまるでハンター達に次々と殺されたニイムの仲間達の魂が宿っているように思えてきた。




 「あの赤いのは・・・

 あの青いのは・・・

 あのピンク色のは・・・」




 雄エゾシカのニイムの心のなかで、見上げる風船の一つ一つが死んでいった仲間達の顔になっていき、目に涙が溢れてきた。




 「ごめん・・・みんな・・・俺の力不足で・・・届かないよ・・・ここから・・・ごめんよ・・・」

 



 がつがつがつがつがつがつがつ・・・




 「?!」




 雄エゾシカのニイムが、仲間達の死骸に何者かが群がっているのに気付いた。


 「誰だ!!ここにいるのは・・・!!」




 「ん?やあ!この『無能』リーダー鹿さん!お前さんの仲間ごちそうさん!」


 そこには、雄エゾシカのニイムの死骸に群がってむしゃむしゃと喰らうキタキツネ達いたのだった。


 「て、てめえら!よくも俺の・・・」


 激怒した雄エゾシカのニイムは、立派な角を突き立てて、頬をはらませてニイムの仲間の肉に食らい付くキタキツネ達に突進していった。




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!




 「おっと!」


  キタキツネの一頭が、ひらりと雄エゾシカのニイムの角をすり抜けて、ニイムの前に居座った。


 「ふぅ・・・あぶねえ!あぶねえ!部下一頭も守れないボス鹿さぁん!」


 キタキツネの一頭が、高笑いしてからかった。


 かちん!


 「なにおっ!!」


 ブチキレた雄エゾシカのニイムは、キタキツネに食って掛かった。


 ずるずるずるずる・・・


 キタキツネは、ニイムの鼻を前肢でぐっと押さえつけて、ふうっ!と息を吹き込んだ。


 「ぐわっ!くすぐったい!」


 「わっははは!チプ様の吐息臭いだろ!」


 キタキツネのチプとその仲間のキツネ達は、鼻を押さえてジタバタするエゾシカのニイムに腹を抱えて爆笑した。


 「わっはははははははははは!」




 ガオー!!




 「?!」

 



 ガオー!!




 森の奥から、怒りを帯びた吠え声が轟いた。




 「ひ、ヒグマだぁーーーー!!」




 ガオー!!




 「ひいいいいいっ!!」


 どぴゅーーーーーーーっ!


 キタキツネのチプと仲間達は、ビックリ仰天して慌てふためいて、エゾシカの死骸の群れから全速力で立ち去っテいった。




 「お前・・・『エゾシカの王様』のニイムだろ。

 みんな人間に射殺されたのか・・・それはお気の毒様だね・・・

 俺の仲間を人間どもが・・・」




 フッ・・・フッ・・・




 今度は目の前に迫ってきた巨大なヒグマに、エゾシカのニイムはガタガタと緊張で硬直した。


 「そ・・・そう脅えなくていいよ。別に君を喰うわけじゃないんだから・・・。」


 ニイムは、そっとヒグマの目を見た。


 「な・・・な・・・泣いてるの?」


 「えっ・・・?」




 ・・・涙・・・?




 「あ、ゴメンね・・・お、俺は『ヴァン』。巨熊のヴァンだ・・・!よろしくね。」


 ヒグマのヴァンは、慌てて涙で濡れた目を拭ってニコッと微笑んだ。


 「そういう君も、そうとう泣いてたようだね。まだ涙の跡が残ってるよお。」


 「あ、ああ。」


 まだ震えが残っている雄エゾシカのニイムは、前肢で目を拭って苦笑いした。


 「ヒグマさん。」


 「なあに?」


 「あのキツネ達には頼めなかったんだけどさあ、あの木の真上の枝に・・・」


  「あ、あれね!風船!!いいよお!取ってあげるぅ!」


 ヒグマのヴァンは、深く深呼吸をするとムクッと立ち上がり、頭上の木をよじ登ろうと木にへばりついた。




 もぞもぞもぞもぞもぞ


 ズルッ!!




 「わあーーっ!」




 どたーん!!




 ヒグマのヴァンは、木によじ登ろうも、風船の引っ掛かってる枝が余りにも真上で、その下の枝えだが邪魔で、

 しかも自らの重みが耐えられなくなり、しっかり木に食い込ませた鉤爪が木から外れて真っ逆さまに墜落して、尻餅した。


 「うわ・・・!!ごめん!風船取れねえわ。他の奴を・・・」


 「いや、僕が取るぅーーー!!」


 エゾシカのニイムの後ろから、今さっきからけぽっと木をよじ登るヒグマを見詰めていたキタキツネのチヌが全速力で駆け抜け、




 がつっ!ぴょーん!




 「私を踏み台にした?!」


 気絶からムックリと起き上がったヒグマのヴァンの頭を踏んで木に飛びうつった。


 キタキツネのチヌは、軽快に枝から枝へと飛び回り、




 かしっ!



 口で引っ掛かってる風船の紐を引っ張って、カラフルな風船の束を枝から引きちぎった。




 ズルッ!!




 「わあーーっ!」




 ボフッ!!ストン!!




 「?!ふぅ・・・助かった・・・?」


 木から墜落したキタキツネのチヌは下を見た。


 「キツネさん。ど、どうも・・・」


 そこは、エゾシカのニイムの背中だった。


 「げっ!」


 キタキツネのチヌは目の前が、大きく膨らませたエゾシカのニイムの鼻の孔が迫ってきて思わず仰け反った。




 ふうわり・・・




 「あっ!」


 キタキツネのチヌの口にくわえていた風船の束を、うっかり離してしまった。


 「そらよっと!」


 エゾシカのニイムは、高くジャンプすると、ぱっと口で飛んでいこうとする風船の紐を捕らえた。




 ずるっ!ドタッ!!




 「いてて・・・すまん。エゾシカさん。」


 キタキツネのチヌは平謝りした。


 「あれ?エゾシカさん。この風船どうするの?それに・・・何個か縮んでる風船があるよ!」


 キタキツネのチヌは、前足で指し示してエゾシカのニイムに教えた。


 「あっ!本当だ。萎んでる。」

 エゾシカのニイムはその一つ一つの風船をじっと見詰めた。



 ・・・風船・・・



 段々段々、ニイムの脳裏にはその風船の丸い形が鹿の顔になっていき、死んでいった仲間に見えてきた。



 「うっ・・・ううう・・・」


 「どうしたの?エゾシカさん!突然泣いちゃって・・・」


 キタキツネのチヌは、エゾシカのニイムの目から溢れる涙をペロペロと舐めながら言った。


 「キツネちゃん・・・」


 「なあに?」


 「膨らんでる風船を、俺の角に結んでくれ。で、萎んでるのは、紐から取って、吹き口の結び目をほどいてよ・・・」


 「ああ。で、膨らましてあげようか?風船。おいら、風船を口で膨らましたくってウズウズしてるんだー!」


 「や、やだよお・・・!!俺が・・・」


 ニイムは断った。


 「じゃあ、私は?」


 ヒグマのヴァンは、頬っぺたを膨らまして風船を膨らますジェスチャーをしながら言った。


 「だ、駄目だよお!ヒグマは。

 ヒグマは肺活量が強すぎて、大切な風船がすぐにパンクしちゃうからさあ!」


 「言うと思ったわ。」


 ヒグマのヴァンは、苦笑いした。


 「うーん・・・この結び目きついなあ。よいしょっと!」


 しゅっ。


 「はいっ!エゾシカさん!縮んでる風船の結び目全部ほどいたよっ。」


 キタキツネのチヌは、吹き口の結び目をほどいた何個かの萎んだ風船をエゾシカのニイムに差し出した。


 「ありがと!キツネさん。」


 奇蹄を差し伸べて風船を渡されたエゾシカのニイムは、鼻の孔を膨らませて微笑んだ。


 「ねえ、やっぱり僕風船膨らましたい!」


 「だーめ!」ヒグマのヴァンは、目を輝かせているキタキツネのチヌにきつく注意した。

 



 エゾシカのニイムは、深く深く深く息を思いっきり吸い込んだ。


 まだ漂う人間に殺されていった仲間の吐息をこの空気中から取り込むように深く息を吸い込んだ。




 すううううううう・・・




 肺に入るだけの空気をパンパンに詰め込んだエゾシカのニイムは、萎んでいる風船の吹き口をくわえると、頬っぺたを膨らませゆっくりと息を風船に吹き込んでいった。




 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!




 エゾシカのニイムの吐息で膨らんだ風船は、どんどんどんどん大きくなっていき、やがて洋梨状にパンパンになった。


 「よし、このくらいだな。」


 エゾシカのニイムは、偶蹄で風船の吹き口を結び、紐を付けた。


 


 すると・・・




 ≪ニイム隊長!!≫


 ・・・ん・・・?!




 

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