第20話:Hoochie Coochie Man
マディとの話も終わり、僕とシバさんは沼〇駅で別れることにした。
別れ際、シバさんは僕に、
「手紙の書いている内容に、あまりショックを受けるなよ」
そう話してくれると、手を振りながら市営駐車場の方に向かっていった。
僕は、そんなシバさんの後ろ姿を見送ることしか、出来なかった。
僕もゆっくりと向きを変えて、沼〇駅の改札口まで歩き始めた。
♪・♪・♪
僕は自宅に戻った後、夕食やお風呂などを済ませると、自分の部屋に入っていった。
そして、マディさんから渡された、シェリーからの一通の手紙をバックから取り出し、ペーパーカッターで封を開けた。
シェリーの優しそうな字で綴られているその手紙には、このように書いてあった
******
アユムへ
この手紙を読んでいるということは、クロスロードのオーナー、マディと会ったんだね。
どう? ちょっと癖があるけれど、いい感じの人でしょ。
もう年だけど、ここでは最高のブルーズマンよ。
今までアユムには話していなかったけれど、実は私、路上ライブを始めた時と同じ頃、ここで週末の夜、歌わせてもらってたの。
知り合いのバンドに、演奏も頼んだりしてね。
昔からのファンもよく来て、聴いてくれていたわ。
そんな中なの。〇〇〇・キャニオンのメインレーベルから
『プロデビューを視野に、うちに来てみませんか?』
て、話が出たのは。
ちょうどアユムに告白する一週間ぐらい前かな。
でもね、その時はもうメジャーデビュー、プロなんて、もうどうでもいいかなって考えていたのよ。
『アユムと一緒に楽しく音楽を続けて、もし、アユムと付き合えたら最高かな』
『アユムがもっと大人になるまで待って、時が許せば幸せになりたいな』
なんて思っちゃったりして。
笑わないでね。
でも、年末にマディと相談したの。
その時、
「お前の歌ってきた意味は何だ」
て言われちゃってね。ガーンと来ちゃったわ。
『そうだ、私は歌を通して、自分自身の表現者になるんだ』
『前の彼氏の思いや、過去のみんなが馳せなかったプロになるんだって気持ちを胸に、夢を追いかける義務があるんだ』
そう思う自分に、気付いてしまったのね。
『アユムが私の歌で、人生を新しく前向きになれたように、私はこれからも表現者として、いろんな人を前向きにしたい。それが私の歌う意味なんだ』
て、思ったの。
あとはすぐスカウトの方に連絡したら、
「来年4月のデビューに向けて早く上京してきてもらいたい」
と言われてね。
ホントはね、アユムに相談したかったの。
でもダメ。そうしたらきっと甘える。だから何も話さずに消えようと思ったの。
携帯電話の番号も変えて。
昔の仲間にも告げなかったわ。
私のわがままを許してね。
大好きよ。アユム。
愛してる。
だからこんな私を許して。
アユムは、私よりもっと気立てのいい可愛い子を見つけて、恋愛や青春、そして音楽を、ギターを頑張ってね。
いつまでも応援しているから。
それじゃ、
さよなら
シェリーこと、田所花子
******
僕は涙が止まらなかった。
シェリーのバカ野郎と思った。
「こんな簡単に、シェリーのことが忘れられる訳ないじゃないか」
と、呟いた。
10分ほどだろうか。アユムは読んだ手紙を右手で握りしめてじっと目をつぶっていた。
♪・♪・♪
手紙を読んだ翌日の学校帰り、クロスロードの前に立っていた。
学生服のまま、いきなりマディさんに会いに行くなんて、なんて非常識なのだろうと自分でも感じていたけれど、どうしても話したくてしょうがなかった。
僕は、意を決して入り口前に行く。
ベニヤのカウンターには、厚着をしてマフラーをした女性のスタッフさんが、座っていた。
「いらっしゃいませ」
「すいません、僕は北条歩夢と言います。ここのオーナーのマディさんに会ってお話がしたいのですがよろしいですか?」
そう言うと、スタッフさんはちょっと困惑した顔つきになって、
「えっと、オーナーにはちゃんと今日会う約束とってあります?」
「その格好からするとまだ学生さんよね、学校帰り?」
「できればちゃんと、アポイントメントを取って、一度私服に着替えて、それからくるのが礼儀ってものよ」
スタッフさんから、かなりきつく言われてしまった。
口調もかなり厳しかった。
でも僕はここで引き下がる訳にはいかなかった。
「僕は、去年までここで歌っていたシェリーと、知り合いの者なんです」
「つい先日、シェリーの知り合いの方と一緒にマディさんに会いに来ました」
「その時、シェリーからの手紙を受け取ったんです」
「僕は、去年から居なくなったシェリーを探してるんです。そのためにもう一度マディさんと会って、話がしたいんです」
「でも、僕はその会う約束をとる仕方も、電話番号も分からなくなって、それで直接会いに行こうと思いました」
「ぜひ、お願いします」
僕は、思いのたけを一気に話すと、深々と頭を下げた。
スタッフさんは困った様子で、どうしようか考えている時、入り口のドアが開いた。
前回、マディさんの部屋の方まで誘導してくれたスタッフの方だった。
「あれ、何か
「知っているんですか?」
「ええ、去年まで歌ってた女の人、いたじゃない、シェリーっていうスカウトされて上京した人。その人の知り合いよ。この前、二人で来て、オーナーと話していたわ」
「今までの話、嘘じゃなかったんだ」
「少年、どうしたの? 学生服のまま来て」
「学校帰り直行の人は原則入場禁止よ」
僕は、もう一度、一番最初にあったスタッフさんに話したことを、このスタッフさんにも説明した。
「かなり訳ありって事ね」
「じゃ、ちょっとオーナーに
「大丈夫ですか?」
もう一人のスタッフが心配そうに声をかける。
「まあ、
「それでもいい?」
「はい!!」
僕は大きく返事をした。
「元気な少年ね、それじゃちょっと待ってて」
そう言うと、そのスタッフさんは一度お店の中に入っていった。
数分してまたドアを開けで出てくると、
「オーナーも随分びっくりしてたけれど、連れてきなさいって言われたわ。良かったわね」
「ありがとうございます!」
「それはオーナーに言って」
スタッフさんはそう言うと、一枚の名刺みたいなものを渡してくれた。
このライブハウス、クロスロードの名刺だった。
裏には名前が書いてあった。
『チーフスタッフ、
「これからは、まず、このお店に私宛でいいから電話してくれる? 午後には必ずいるから」
「オーナーへの連絡やアポとり、その他音楽やバンド活動のことなども相談に乗ってあげるから」
「分かった、少年?」
「本当に、本当にありがとうございます。木島さん」
僕は繰り返し頭を下げた。
木島さんと、最初からいたスタッフさんは、にこやかに僕のことを見てくれていた。
♪・♪・♪
僕はノックをして、
「失礼します」
と言うと、
「坊や、入りな」
と、前回同様、ぶっきらぼうな返事が返ってきた
「この店に坊やが来るには、ちょっと早いような気がするけどね」
そう言うと、マディさんは右手の人差し指で
「何か手紙に書いてあったのかい」
「俺に会って『私を探してちょうだい』なんて書いてあったのか?」
僕は、その言い方に少しムッとしつつも、
『とにかく話をしないと』
と思いマディさんに話し始めた。
「シェリーのことでお話がしたいんです。」
「無理だな、こんな
厳しく話すマディさんだった。
「僕はシェリーに会って、音楽を知りました。そしていろんなジャンルの音楽も。僕は、ブリティッシュロックやブルーズににも興味をもっていて、これからも勉強していきたいと思っています」
「将来はブルーズマンらしく弾けるブルーズを弾きたいとも思っています。だから同じブルーズマンとして、僕と話してください」
自分でも、
『なにか
と思った。でも、マディさんとシェリーの事について話す為には、これしかないと思った。
「同じブルーズマンねえ」
マディは無精ひげを右手でさするとゆっくり答えた。
「坊や、お前さんは今から勉強するんだろう。それに、ブルーズってのは勉強するもんじゃない。聴いて、感じて、人生と重ねて生まれてくるもんなんだよ。坊やに『同じブルーズマン』何て言われる筋合いはないよ」
鋭い瞳で、僕を見据えながら話すマディさんには、とても強い説得感があった。
「第一、坊やが知っているのはせいぜい、ホワイトブルーズやイエローブルーズだろう。」
「一時期というか周期的に流行るんだよ、そういうの」
そう言うと、マディさんは一呼吸置いた。
「俺の名前の由来分かるかい」
少しの間を開けてアユムは答えた。
「すいません。分かりません……」
もう、僕はおしまいだと感じていた。
そう思っている時マディさんは言葉をつづけた。
「Muddy Waters(マディ・ウォーターズ)。アメリカ、ミシシッピ州生まれ。ブルーズの聖地で生まれたんだ。
そう言うと、マディさんはゆっくりと椅子から立つ。
予想通りの長身だった。しかし足が悪そうで椅子の横にある杖を右手で持って、右足を引きずりながらCDラックのところまで行く。
そして、一枚のCDを取り出し、CDデッキにセットするとスタートボタンを押した。
シャッフルのリズムで、ハーモニカと野太いギターの音がリズムを刻む。その中で歌う男性の声。
語るように歌いつつ、時には荒々しくも歌うこの曲に、不思議にも僕の心は引き込まれてしまった。
決して派手な曲ではないけれど、このゆっくりとしたシャッフルのリズムとハーモニカ、ギター、歌声のミックスしたブルーズは一度聴いたら離れられない何かがあった。
「この曲はな、Hoochie Coochie Man(フーチー・クーチー・マン)っていう曲で、マディの代表曲さ」
「どうだ、坊やにはよくわからん音楽だろう」
マディさんはちょっとにやけた顔をして僕の方を見る。
僕は先ほど感じた感想をすべて、マディさんに語った。
「坊や、その何か分からない離れられない気持ちっていうのはな、この歌が坊やの心を揺さぶっているせいさ」
「特に女を愛した心に良く響くんだよ、ブルーズは」
マディさんはそう言うと、元の椅子にゆっくりと座り、杖を置いた。
マディ・ウォーターズの曲がゆっくりと流れてゆくこの空間は、一種ブルーズのライブハウスに来たような錯覚さえ感じてしまう。
マディさんは、僕の瞳をじっと見ながら口を開いた。
「坊やの目は真っ直ぐだな、いやなほど真っ直ぐだ」
そして一分ほどの時間が流れた。アユムはその一分がとてつもなく長く感じられた。
「今度の土曜日、午後3時だ」
「え!!」
僕はびっくりした。
「今日はもう遅い。それにお家にはママが待っているんだろう。今言った日時にもう一度出直してこい。その時ゆっくり話そう」
「ほんとですか?」
「後はその時間に来るんだな、ブルーズ“キッド”マン」
マディは少し顔をにやけながら僕の方を見つめた。見つめると今にも吸い込まれそうな深い大きな河、まるでミシシッピ河の様な、そんなことを思ってしまう瞳だった。
「有難うございます」
アユムは何度も頭を下げた。マディの懐の広さに嬉しくてして、仕方がなかった。
♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪
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