第21話:Dark was the night
僕は、先日マディさんと約束した時間の5分前に、クロスロードの入り口に到着した。
日中の開店前、ドアに手をかけるとカギは掛かっていなかった。
呼び鈴などない入り口だったので、僕はドアを開けると、
「すいません、どなたかおられますか?」
大きめの声で言うと、奥から
「ハーイ」
という返事と共に、奥からチーフスタッフの木島さんが歩いてきてくれた。
「オーナーから聞いてるよ、もう場所分かるよね。入って」
木島さんは気さくな感じで話し掛けてくれた。
「ありがとうございます、失礼します」
とお辞儀をし、細長い通路をまっすぐ歩いて行った。木島さんはホールの方に入っていった。
僕は正面の扉を開け、マディのいる2階へと上がった。
階段を上ると同時に少し緊張もしてきたけれど、それ以上に、
『何かいい話が聞けるのでは』
という期待感の方が大きかった。
♪・♪・♪
部屋に入ると、マディさんはいつもの椅子にゆっくりと座って、目を閉じていた。
そして、パイプ椅子を準備して座る時にはゆっくりと目を開き、僕を見つめた。
「約束通りだな、ブルーズ“キッド”マン」
マディさん独特のゆっくりとした低い声が部屋に響く。
僕は早速、シェリーとの出会いから今までの事、そして、手紙に「愛してる」とまで書かれていたのにも関わらず、別れなきゃいけない辛さを話した。
マディは一通りアユムの話を聞くと、ゆっくりと左側に置いていた古いテレキャスターのギターをつかんだ。
そのテレキャスターは
そして、テレキャスターを抱えると、僕の持っているのと同じピグノーズのミニアンプのボリュームを上げた。
マディさんは、テーブルの上にあった、瓶の口元を5センチほどの長さで切った筒状の物を取り、僕に差し出し見せてくれた。
「これは何かわかるかい?」
「いえ、よく分からないです。すみません」
「そうだろうな。こればボトルネックといってね。お店ではガラスやスチール製の既製品が売っているが、昔は自分の指に合った瓶を探しては、その瓶の注ぎ口をカットして使ってたんだ」
「こいつを使うようにならなきゃ、一人前のブルーズマンにはなれないね」
そう言うと、ボトルネックの注ぎ口の方から左手の薬指にはめて、ゆっくりとギターを鳴らし始めた。
ゆっくりと、スライドギターのブルーズの音が流れる。
ボトルネックを、ギターの弦の上にスライドさせることによって、音程が微妙な所まで変化させる事が出来、とても感情表現が豊かに感じた。
そして、揺らぐその音はアメリカ南部、ミシシッピの泥臭さや綿花の匂いを感じさせる。そして、ミシシッピ河の雄大な流れを想像させた。
一通り、マディは自分の気持ちのままに弾くと左手のボトルネックを外し、またテーブルの上に置いた。
「ブルーズ……」
マディさんは呟いた。
僕は、マディさんに話を続けた。
「何かシェリーに会う方法なないでしょうか」
「あって何を話す」
「女の
「俺のとんだ見込み違いか? ブルーズ“キッド”マン」
僕はマディさんに対して、目を
「違います」
マディさんは、ゆっくりとジャケットの内ポケットから、携帯用のウィスキーボトルを取り出すと、小さなキャップを開け、一口ゴクリと飲んだ。
「じゃあなんだ。キッド」
「僕はもう一度会って、プロになるシェリーに伝えたいことがあるんです」
「それは『プロにならないで』とか、『僕のそばにいて』とか、そんなんじゃないんです。」
「僕は今、シェリーと出会って自分の夢にもなった『ギターで音楽を続ける』『そしていつか、シェリーに追いつく』ということを伝えたいんです」
「だから、手紙に書いてあったような『私を忘れて』なんて、そんな言葉は必要はないし、堂々とプロになっていろんな人を感動させてほしい」
「そして僕は『シェリーを思い続けながら夢を追って行くから、必ず一緒になるから、安心してこれからの道をお互い進んでいこう』と歌を通して伝えたいんです。」
マディさんは、ぼくの話をゆっくりと目を閉じながら聴いていた。
そして、聞き終わるとそのまま顔を少し上に向けて、目を開いた。
何かじっくり考え事をしているようだった。
数分か経つと、マディさんは僕の方を向き話し始めた。
「ブルーズはな『愛した女の思いを
「キッドはブルーズを歌って、シェリーに思いのたけを伝えるのか」
そういうと、またウィスキーを一口、ゴクリと飲んだ。
「はい」
「僕なりのブルーズを歌うつもりです。」
「そうか、分かったよ」
マディさんは、一息つくと話し始めた。
「シェリーは、ここを離れるとき俺の所に寄ったんだ。そして手紙を俺に渡した時、こんなことを言っていたよ」
「『デビュー前、3月中旬から末頃に一度ご挨拶に来ます』とな」
「シェリーとは長い付き合いだし、復帰した時、後押ししてフォローしたのも俺だったからな」
「持たなくてもいいのに、何かしらの恩義ってものを持ってるんだろう。そんな女だ」
「シェリーから連絡が来たら、教えてやるよ。キッド」
「その時、ここで、そのキッドのブルーズってやつを歌って、思いを伝えるんだな」
そう言うと喉がまた乾いたのか、今度はウィスキーを二口、ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らし飲んだ。
「あ、あ、有難うございます。」
僕はテーブルに額が付くぐらいに頭を下げた。
体の身震いが止まらなかった。
マディさんは引き続き言葉を重ねた。
「キッド、お前は素直で優しすぎる」
「これからお前がブルーズマンとなるまでには、いろんなことがお前の心に
「もちろん、心を千切られる事も……」
「でもな、そういう試練は、それを乗り越えられる奴にしか、神様って奴は与えないんだ」
「乗り越えろ」
「そしてあの女と肩を並べられるようなブルーズマンになれ」
そう言うと、マディはまたボトルネックを左薬指にはめて目をつぶると、ゆっくりとギターを弾き始めた。
本当に優しく、暖かく僕を包み込むようなスライドギターのメロディー。軽く歪んだ音が、メロディーにいい味を加え、ブルーズの産声を上げた土地の香りを漂わせていた。
僕は思わず、マディさんに聴いてしまった。
「これは何て言う曲ですか?」
「曲名なんてない……」
「ただキッドとシェリー、二人が愛を思う気持ちを思って弾いてるだけさ」
マディさんは、暖かくもどこか切なさを残すブルーズを
♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪
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