第19話:Baby I Love Your Way

 新しい年が始まり、高校生活も始まった。


 僕は自分の部屋の机で、来週から始まる課題テストの勉強をしていた。

 そんな時、シバさんから連絡が入った。


「ムー、元気か?」


「はい、今はとりあえず、ギターと勉強に集中しています」


「そりゃよかった」

「ムーにとっては朗報かな、ライブハウスのオーナー、マディと連絡が付いたぞ」


「ほんとですか!」


「ああ、ホントだ」

「とりあえず、ムーの予定を聞いてから、マディと会う日程のアポイントメントを取ろうと思ってね」


「早速なんだが、今週末の土曜日は空いているか?」


 シバさんはちょっと興奮気味にいてきた。


「はい、空いています。というか、絶対空けます!」


「よし、その意気だ」

「それじゃ、その日の詳しい時間についてはな、もう一度マディと連絡して決まり次第連絡するよ」

「忙しい中悪かったな」


「そんなことないです。何から何まですいません」


 僕は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「気にすんな、俺たちも心配なんだ」

「それじゃ、またな」


「はい、失礼します」


 シバさんとの話が終わり、スマートフォンを机の上に置いた。

 僕は、勉強の手を休め、今年の年末年始を振り返った。

 今までで、一番つまらなかった年末年始だった。ほとんど自宅でこもりっぱなしだった。

 楓からも初詣の誘いがあったけれど、


『ちょっと体の調子が悪い』


 と言って断ってしまった。

 人を好きになる、恋を知るっていうのは、こんなに辛い事なんだって初めて知った。

 そして、楓の辛かった気持ちが今になって身にみて判った。


 でも、シバさんの電話で少し救われた気分と、マディという人からも何も情報が得られなかった時はどうしようという不安感が入り混じり、どうしようもなかった。



♪・♪・♪



 僕は、サンハウスへ向けて歩いていた。

 ヘッドフォンにからは、「Peter Frampton(ピーター・フランプトン)のBaby I Love Your Way(ベイビー・アイ・ラブ・ユア・ウェイ)」が流れている。

 この曲は、シバさんによると、一度レゲエグループの『ビックマウンテン』というバンドが、レゲエスタイルでコピーしてリバイバルヒットさせた曲らしい。

 僕自身はどちらもよく知らなかったけれど、シバさんから、


「とても素敵なラブソングだから聴いてみるといいよ」

「この歌を今度シェリーに対して歌う課題曲にしたらいいかもな」


 何て言われていたけれど、その後のシェリー失踪のバタバタで、全然聴いていなかった。

 渡されたアルバムに収録されているバージョンは、アコースティックバージョンで、ヒットしたのはかなり昔の事だったらしい。


 でも、ピーターフランプトンの年齢を感じさせない歌唱力は、バックで流れるギターの音色とつむぎ合いあい、


『君の生きていること、すべてが好きなんだ』

『夜も昼もいつも一緒にいたい』


 そんな、ひとえに一人の女性を愛する歌詞は、僕の心を掴んで離さなかった。


 気が付くと、あと少しで、サンハウスの入っている雑居ビルに到着するところだった。



♪・♪・♪



「こんにちは」


 丁度僕がついた時は、お店には誰もいなく、ワゴンさんがまったりとカウンターに顎を乗せていた。


「いらっしゃい、アユムチャン。元気してる?」


 何かワゴンさんも覇気がない様子。


「ワゴンさん、大丈夫ですか? 元気ないみたいですけど」


「去年末の出来事があったじゃない。シェリーちゃんの事」

「そのこと考えてたら、気が抜けちゃってね」

「アユムチャンを奪い合う唯一のライバルだったからさ……」


 そう言うとワゴンさんは


「ふう」


 と大きくため息をついた。


「だめですよ、ワゴンさん。これからも、僕とシバさんで根気よく探していくんですから」

「元気出してください、ワゴンさんらしくないですよ」


 僕はそう言うと、ワゴンさんの肩を叩いた。


「そうだよね、年末にも言ったけど、年上の私が元気してなくちゃいけないわよね」


 ワゴンさんはそう言うと僕に、ニコッと笑顔を作ってくれた。

 そんな時、シバさんが、スタッフルームから出てきた。


「おっ来たな、ムー」

「ちょっとこっち来いよ」


「じゃワゴンさん、行ってきますね」


「うん、なんかアユムチャンに励まされちゃって元気ピンピンになっちゃった」


 ワゴンさんはそう言うと、右手の肘に左手をあて、右前腕を上に向けてクイ、クイと動かした。


「ワゴンさん!」


 僕は笑顔を作りつつも、『ダメでしょ!』という感じで言うと、『えへ!』という顔してすぐそのポーズをやめてくれた。


『でもこれがワゴンさんの良いところだけれど、ちょっと僕には刺激が強すぎるんだよな』


 そんなことを考えながら、スタッフルームに入っていった。


 スタッフルームに入るとシバさんが、


「あと30分もしたら、『クロスロード』に行くぞ」


 早速、シバさんは僕に話し始めてくれた。


「今日会うオーナーの『マディ』という人は、かなりのひねくれじじいだからな。変なことを言わないように、よく言葉は選んで話してくれよ」


「あ、はい。分かりました」

「ところで、前からきたいことがあるんですけれど、今訊いてもいいですか?」


 そう言うとシバさんは、


「ああ、今のうちだから、何でもいてくれよ」


 と言ってくれたので、素直に質問した。


「オーナーのマディさんって、外人さんなんですか?」


 そう聞くと、シバさんも、カウンターにいるワゴンさんも笑い出した。


「そうだよな、ずっとマディ、マディとしか聞いていなかったらそう思うよな」

「マディはれっきとした日本人で、もうれ爺さんだ」

「正確な年齢と本名は俺も知らないけれど、年齢はもう70歳はいってるんじゃないか?」


 僕は恥ずかしくて顔をうつむかせたまま聞いていた。


「まあ、そんなに気にするな。ただ、マディはちょっとひねくれもので、黒人のクラシックなブルーズが大好きなことだけは覚えておけよ」

「いい機会だから戦前のアメリカ南部のブルーズや、北部のシカゴブルースなどをよく聴いて勉強するんだな」

「そうじゃないとこ、これからマディとはわたり合えないぞ」


「そうなんですか……」


 ちょっと僕は自信がなくなりかけてしまった。


「そう暗くなるな。でも本当の事なんだぞ」

「まずはエリック・クラプトンやジェフ・ベックが敬愛したブルーズマン、後、そこのCDラックにもあるけれど、ライ・クーダーというスライドギター奏者がカバーしたブルーズマンぐらいは、よく聴いて勉強しておかないとだめだぞ」


 僕は、これからロックの原点ともなったブルーズを、よく知る機会だと思い直した。

 こんな切っ掛けがないと、多分、そのまま素通りだったと思う。


「分かりました。シェリーの為なら……」


「『何でもです!!』 だろ」


 シバさんは僕のセリフの語尾を笑顔で奪い去った。



♪・♪・♪



 僕はシバさんのジーノに乗って、一路沼〇駅の市営駐車場まで行った。

 時刻は午後の3時。


「ここからクロスロードまで歩いていくけれど、そんな遠くないから」


「はい」


「ただ、この時間は、ライブハウス自体がもう今日出演のリハをやってるから、ちょっとうるさいぞ」


「大丈夫です。逆に楽しみですよ」


 本当にそうだ。今までシェリーの路上ライブと、シェリーとの二人での演奏しかしたことのない僕にとって、ライブハウス自体『聖地』に行くようなものだった。


「そうだな、まあ、そんな堅苦しいところじゃないし、すぐオーナーのいる別室に誘導されると思うから、安心しろよ」


「はい、分かりました」


 沼〇駅南口から、数百メートル先のビルが立ち並ぶその一角に、そのライブハウスはあった。


 ビルの一階部分から数歩階段を上がると扉があり、その手前にベニヤで出来たカウンターがあった。

 壁には、いろいろな告知ポスターなどが張られていた。

 開演近くなると、此処にスタッフの人がいるんだろうな、と思った。


 シバさんは、入り口でスマートゴンを片手に、誰かに電話をしていた。

 そしておもむろに通話を終わらせ、ポケットにスマートフォンをしまうと、扉が開いた。


「どうも、こんにちは」


 ちょっと厚化粧気味の金髪のお姉さんが出てきた。


「それじゃこちらへどうぞ」


 笑顔でそう言うと、僕たちを扉の奥に誘導してくれた。


 中に入ると、細長い通路が続いていた。

 リハの最中だろうか。各楽器の音としゃべり声が聞こえる。


「それじゃ、この先の『関係者以外立ち入り禁止』の扉を開けて二階に上がった左に部屋がオーナーの部屋がありますので、宜しくお願いしますね」


 スタッフのお姉さんはそう言うと、自分たちが立ち入る扉の左側の扉を開けて中に入っていった。

 扉を開けた瞬間、かなりの音量のドラムの音が聞こえてきた。そして扉が閉まる。

 シバさんが、


「今出演するバンドのそれぞれの楽器の音と、スタッフのミキサーの人との出音調整しているんだよ」


「そうなんですか」


 そう言うシバさんは、終始にこやかだった。

 随分と慣れた手つきで正面の扉を開けて中に入る。


『過去にここのオーナーのオーディションを受けて、一年間出演するまでに至った人なんだよな』


 そう思うとシバさんの背中が大きく見えた。



♪・♪・♪



 2階に上がり、『オーナールーム』の看板が立てかけてあるドアの前に立った。

 シバさんがノックする。


 コン・コン


「マディ、入ってもよろしいですか?」


「入りな」


 なんともぶっきらぼうな返事が返ってきた。

 シバさんは扉を開けて、中に入っていった。

 僕もシバさんの後に続いて入る。


 部屋は6畳程度の部屋で殺風景な作りだった。

 オーナーのマディが座っている椅子の前にテーブルがあり、その横にはテレキャスターのギターがスタンドに立てかけられていた。あと、CDラックにオーディオセットと本当にシンプルだった。

 壁には数枚、黒人のブルーズマンのポスターが貼ってあった。

 マディは、


「その端に、パイプ椅子がいくつかあるだろう。好きなのを選んで座りな」


 という。

 マディは、黒の革製、肘付きの豪勢な椅子に座っていた。

 髪の毛はほとんど白髪はくはつで、肌は浅黒く、無精ひげも白髪しらが交じりだった。

 椅子から投げ出して組んでいる足が、意外と長く見えた。


『立つと結構長身なのかも』


 と思った。

 身なりは黒のツーピースのスーツにリボンのネクタイをしていた。中は純白のワイシャツ。

 綺麗にプレスされた皺のないワイシャツは、よりマディを精悍に見せていた。浅黒く、無精ひげのマディの顔は、意外と堀も深く目つきも鋭かった。とても70過ぎには僕には見えなかった。


 僕とシバさんはパイプ椅子を広げ二人して、マディの正面に座るような形になった。


 マディは僕をゆっくりと観察すると、


「君がアユムか。シェリーからよく言いてる」


 と言われた。

 そしてマディは話をつづけた。


「坊やには悪いが、もうシェリーはここには来ないよ」


理由わけは知っているんですか?」


 僕は息もつかずに質問した。シバさんはちょっと焦るなといった感じで、僕の肩を掴んだ。


 でも、そんな質問にマディは答えてくれた。


「東京に拠点を置くレーベルのスカウトマンが結構前から来ていてね。シェリーのことを目につけていた」

「そして年末前ぐらいからかな、シェリーにプロデビューの話を持ち掛けたんだ」

「理由はよくわからんが、ずいぶんシェリーも悩んでいたな。いい話なのに」

「結局、プロデビューの方を選択して、早急に上京することになったんだよ」


 プロデビュー、シェリーの昔からの夢、そして前メンバー、シバさんたちが持っていた夢。そしてその実現……

 僕は言葉を振り絞って、聞きたいことを引き続き質問した。


「その…… 住んでるところとか分かりませんか?」


「おいおい、坊や。俺は一介のライブハウスのオーナーだ。そんな所までは分からないよ」

「でもシェリーからな、アユムという坊やが俺のことを訪ねてきたら、これを渡してくれと言われてね」


 そうマディが言うと、手紙を一通差し出した。


 それはシェリーが僕にあてた手紙なのはすぐに分かった。


 僕はその手紙を手に取る。

 マディは、その後ゆっくりと目をつぶるなり、僕のこういった。


「かなりな…… つらそうな感じでその手紙を俺に渡してことづけを頼むと、足早に去っていったよ」

「あんな女の姿を見ると…… つらいな」


 僕はシェリーの手紙を、知らず知らずのうちに強く握り締めていた。





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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