第18話:SOUL PROVIDER
もうすぐ年末がやってくる。
そんな慌ただしい時期に、僕はサンハウスへと向かっていた。
僕は、いろんな意味で憂鬱な気分を晴らせずにいた。
楓の事もあったけれど、ここ1日~2日前からシェリーと電話での連絡が付かなくなってしまった。
初めは『現在電波の届かない所におられるか~』だった。
僕はたいして気にせず、
『実家にでも帰って、電源でも切れちゃったのかな?』
なんて軽く思っていた。
それが、今日の午前中には『現在、この番号は使用されていません』に代わってしまった。僕は何度も繰り返しダイヤルしたけれど、結果は同じだった。
さすがに、これはおかしいと思い始めた。
でも、シバさんに相談すれば何とかなるだろう、なんて僕はまだ軽い気持ちでいた。
カレンダーを見ると12月28日。
サンハウスの今年最後の営業日だった。僕は、外出着に着替えて一目散とサンハウスに向かうことにした。
♪・♪・♪
お昼も過ぎて3時前、サンハウスに着くと最後の営業日なのに、もうドアの前の立て看板は「CLAUSE」になっていた。
僕は、サンハウスのドアを開けお店の中に入ると、マスクをしながら埃をはらってるシバさんと、モップがけをしているワゴンさんに会った。
「今日はまだ営業日じゃないんですか?」
僕がそう聞くと、シバさんが
「こんな年末のこの時間にお客さんなんか来ないから、もうお店閉めて大掃除だよ。そうだ、アユムも手伝え」
思いっきり投げやりな言葉だったが、僕も一応バイト店員の一人なので、
「それじゃ、シバさん、僕は何を手伝えばいいんですか?」
そう質問すると、シバさんは、
「それじゃあ、蛍光灯拭いてくれよ。脚立と雑巾とバケツ、場所分かるよな?」
「あ、大丈夫ですよ、任せてください」
そう言うと、僕は淡々と準備して、サンハウスの入り口から順番に蛍光灯を拭いていった。
そんな時、ワゴンさんが、
「アユムチャン、クリスマス・イブどうだったのよ?」
と、ストレートに
「おう、そうだ。ムーの奴は、俺らの定番行事をぶち壊してまで、自分だけ幸せの“ヘブンズゲート”までいく裏切り者だからな」
「どんな一晩だったか、克明に説明する責任ってのがあるな」
『なんでいきなりこういう展開になるの?』
僕は返答に困ってしまった。
「お、おいしかったですよ、料理」
「そりゃ、シェリーは昔から料理上手だったからな。今までのパーティーや飲み会の時で、すでに分かってる」
シバさんがそう言うと、ワゴンさんは『うん、うん』と頷いていた。
そして、今度はワゴンさんが、
「シェリーちゃんは料理以外のことも上手だった?」
と
「ええ、すごく上手でしたよ。いつの間にか綺麗に拭きあげていて、ピカピカでした」
「ま、『いつのまにか綺麗に拭きあげてって』そんなに手馴れて手早かったんだ」
「そうですね、料理もそうでしたけど『手際のいいテクニックがある』って感じでしたよ」
そう言うとワゴンさんは顔を真っ赤にして、
「ま、ま、ま、シェリーちゃんたら、こんなチェリーちゃんにテクニックが上手まで言わせるなんて何教え込んで……」
ドス!!
シバさんが脚立の上から飛び降り、ワゴンさんの身体めがけて両足キックをしていた。
ワゴンさんはシバさんに思いっきり踏みつけられる状態になっていた。
「なにするのよ!! シバちゃん!! ほんっとーに痛かったわよ、今回のは!!」
踏みつけられた状態で大の字になって横になってるワゴンさんは、意外にも本気で怒っていた。
「変なこと言ってるお前が言うセリフじゃねえ!!」
「何、妄想膨らませてんだ、お前は!!」
「いいじゃない、妄想くらい!」
「アユムチャンも、シェリーの部屋で二人っきりの夜を過ごしたんだから分かるわよね、そうだよね、ね、ね、ね!!」
「バカ野郎!」
シバさんは持ってる埃はたきで何度も何度もワゴンちゃんの頭を叩いていた。
「痛い、痛い、痛いったら、ちょっと言い過ぎました、ごめんなさいったら」
ワゴンさんも観念したらしく、やっとシバさんに謝り始めた。
最近のワゴンさんの突込みは、僕の限界のR15を超えそうで、ホント聞いてる僕がどきどきしちゃう。
でも、ここにきて、シバさんとワゴンさんに会って知り合って、ほんとによかったと思った。
なぜなら、サンハウスに来た時に背負っていた憂鬱な気分は、僕をきっかけとした小コントで吹っ飛び、気持ちよく笑えるのだから。
♪・♪・♪
大掃除もひと段落しそうなとき、シバさんはワゴンさんを呼んだ。
「これで、缶ビールとジュース、後お前の好きな飲み物と簡単なつまみでも買って来いよ」
というと、
「オッケー!」
と言って、ワゴンさんはパパっと片付けて、買い出しに行ってしまった。
ワゴンさんが帰ってきたときには大掃除も終わり、店内の広めのスペースにパイプ椅子を三脚準備しておいた。
「さ、恒例の年末サンハウス忘年会でも始めるか」
シバさんはそう言うと、僕とワゴンさんを座らせて、それぞれの飲み物を準備させた後、乾杯の準備をした。
そして、シバさんは、
「今年一年、ニューメンバ-も増えて楽しい一年でした。本当にお疲れ様。来年もよろしく、乾杯!」
「乾杯!!」
三人しかいなかったけれど、三人で乾杯をし、プチ忘年会が始まった。
僕はシバさんに、
「これ、去年までは二人でやってたんですか?」
と
「無粋なこと聞くな、ムー」
と、ちょっと
「でもたった二人とはいえ、店を切り盛りしているメンバー、仲間だからな、大事にしないとだめなんだよ、何でも。ムーもわかる時が来るさ」
シバさんはニコッと笑いながら僕の方を見て言ってくれた。
僕はシバさんの優しい一面が見えてとてもうれしかった。
そうして、時間が経ってゆくうちに、シバさんやワゴンさんはお酒もかなり入り、かなり酔い始めていた。
話の話題が、今年の大ニュースとして、歩夢の存在とシェリーの復活、シェリーとアユムとの急接近の話を上げていて、何か照れ臭かった。
♪・♪・♪
賑やかな時間も一段落し、僕はシバさんにシェリーと電話がつながらず全く連絡が取れないことを打ち明けた。
シバさんは、
「それ、本当か?」
と、信じられない様子だった。
「それなら今、俺も電話してみるよ」
シバさんは、自分のスマートフォンを取り出すと、シェリーに宛てて電話をした。
結構な時間耳に当てていたけれど、しばらくして耳元から外し、スマートフォンのコールを切った。
「どうなの? シバちゃん」
ワゴンさんも心配そうに質問する。
シバさんは今までの酔った朗らかな顔から一転して神妙な顔つきになって、
「マジでつながらねえ、てか番号替えやがった。あいつ……」
「うそ……」
ワゴンちゃん両手を胸元に組み、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「陽介、お前がそんな顔すんなって。ムーが余計不安になるだろ」
「そうね、私達お兄さんがしっかりしなきゃだね。ゴメンネ、アユムチャン」
そう言うと僕の両手を取って強く握りしめてくれた。
「ありがとうございます。ワゴンさん……」
僕は、シバさんやワゴンさんの気を使ってくれている、その気持ちを感じると鼻がつんとしてしまい、しょうがなかった。
シバさんが僕に話し始めた。
「すまない、ムー」
「クリスマス・イブの前からシェリーは、サンハウスには来ていなかったんだよ」
「ただ、『今年のイブはムーと過ごすから冗談でも来るな』何て明るく言うものだから、てっきりその後も
「まさか俺たちにも黙ってそんなことするとは……」
「何か重要なことでもあったんでしょうか?」
シバはしばらく考えた後、僕に話し始めた。
「ムー、明日は時間あるか?」
「もしよかったら、俺たちでシェリーのアパートに行ってみるか?」
ワゴンさんも強く頷いていた。
「ぜひ、一緒に行かせてください」
僕は、もうその一言しか言えなかった。
♪・♪・♪
翌日、僕は沼〇駅でシバさんの車を待った。
約束の時間に近くなると僕の目の前に、とても綺麗に手入れの行き届いた軽自動車が止まった。
その車は結構小さく、ルーフにイギリスの国旗のマーキングが一面描かれていた。
その中にはシバさんとワゴンさんが乗っていたけど、二人とも長身なのでちょっと窮屈そうだった。
「ムー、待ったか?」
シバさんが話しながら外に出てきた。
「大丈夫です、でもこの車、とても綺麗にしていますね」
「これはダイハツの『ミラ・ジーノ』っていうんだよ。俺の趣味で、昔のミニクーパーもどきにしてあるんだ」
「さ、ムーは後ろに乗って。すぐ行くぞ」
僕は同乗させてもらい、シェリーの住むアパートに向かった。
♪・♪・♪
アパートにつくと、前に乗せてもらった、真っ赤なフィアット500(チンクエント)が置いていなかった。
シェリーの部屋だった、2階の203号室に行くと表札も外され、空き部屋状態だった。
僕たち三人は、無言で顔を見合わせるしかなかった。
♪・♪・♪
シバさんの自宅に着き、部屋に上がらせてもらった。
「いわゆる、どっかいったって事か、誰にも何も言わずに……」
シバさんは、ちょっとイライラした表情でぼそっと呟いた。
僕は、もう会えないという悲しさで胸がいっぱいになってしまった。
シバさんは、僕の方を見て、
「そんなに心配するな。死んだわけじゃないし」
そう言うと僕の肩に手をあてて、話を続けた。
「シェリーは、路上ライブをしていなかった金曜日と土曜日の夜はさ、『クロスロード』っていうライブハウスで歌っていたんだよ」
「もうシェリーに聞いただろうが、昔バンドで活動していた時にお世話になっていた店だ」
僕は思わず、
「もしかして、シェリーが昔在籍していたバンドのメンバーに、シバさんが入っていたんですか?」
シバさんはちょっとびっくりした様子で、
「そこまでは聞いていなかったか」
「そうだよ、俺がベースで、奈津子さんがキーボード、後、
「はい……」
「そこの支配人のマディという人に聞けば、何か手掛かりがつかめるかもしれないぞ、ムー」
「ほんとですか?」
僕は
「もう年末だから、年明けの一段落した日にでも一度作戦を練って、その店に一緒に行こう、ムー」
シバはアユムの肩を叩き元気出せといった表情で見つめた。
そして、ワゴンさんは僕に一枚のCDを手渡してくれた。
「MICHAEL BOLTON(マイケル・ボルトン)のSOUL PROVIDER(ソウル・プロヴァイダー)よ」
「ぜひ、このアルバムタイトルになっている、ソウル・プロヴァイダーの歌詞をしっかり読んでじっくり歌を聞いてちょうだい。きっと勇気づけられるはずよ」
ぼくはそのCDを受け取ると、シバさんやワゴンさんの僕に対する気持ちが痛いぐらいに感じた。
♪・♪・♪
僕は、ワゴンさんに渡されたアルバムをCDデッキにセットし、ヘッドホンで聞いた。
『ソウル・プロヴァイダー』が流れ始めた時、僕はびっくりした。
前奏に聞いたことのあるソプラノサックスのメロディーが流れた。
そして甘い声で、ゆったりとしつつも熱く歌う、マイケル・ボルトンの歌声。
僕はすぐにジャケットのクレジットをチェックした。
「やっぱり……」
サックス奏者は、シェリーと一晩共にした時に聴いた「ケニーG」だった。
歌詞には、“ただひたすらに愛する人を思う気持ち”が綴られていた。
僕は繰り返し、この曲を聞きながら歌詞を目で追い聴き続けた。
ケニーGのソプラノサックスと絡み合うマイケル・ボルトンの歌声。
いつからだろう。
僕は歌詞の文字が滲んで読めなくなっていた。
『シェリー……』
自分でも言葉にできない気持ちが、心を満たしてゆく中、ただ一言はっきりとした言葉があった。
『……その言葉だけは見失わないようにしよう……』
僕は目をつぶり、静かにこの曲の流れに身を委ねた。
♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪
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