第17話:あなた

 クリスマスの翌日、私はずっと布団の中に潜り込んでいた。

 朝ごはんを食べる気がしないし、何もしたくない。ちょっと思い詰めるとすぐ涙が出てきちゃう。


『私はダメな女だ』


 そんな言葉が、私の頭の中でグルグルと回っていた。

 まだ、先週までは良かった。親友の由奈に、


「絶対クリスマス・イブにデート誘ってこくるんだ!!」


 何て息巻いていた。

 でも、結果は全然ダメだった。


 アユムにイブの予定を聞いたら、先約がいて一緒に過ごせなかった。

 それまでは良かった。あきらめられた。

 それじゃ次はバレンタインだなんて、悠長なことを考えてもいた。

 でもそんな考えは、次の日に見てしまった光景で、すべてが泡のように消えていった。


 クリスマス・イブの翌日、私はちょっとした買い物の為、沼〇駅に行った。

 もう、町はクリスマス一色で、華やかで、


『こんな所をアユムと、また手をつないで歩けたらなあ』


 なんて思っちゃって。

 そんな時だった。

 私の目の前を赤い小型の車が、駅前の通りの端に止まったのを見たのは。

 可愛い車だなと思ったとき、そこから降りてきた女性から、誘導されるように降りてきたのはアユムだった。


「え! なぜ!」


 思わず私は柱の陰に隠れて、一部始終を見続けてしまった。


 アユムは車を降りると、その女性と仲良く手を振って別れ、沼〇駅の構内へと入っていった。

 私は硬直し、何をしにここまで来たのかさえも、忘れてしまった。

 ただ出来たことは、由奈に電話したことだけ。それしか考えることも行動することも出来なかった。


 電話を受けた由奈は、10分もしないうちに私の所へ来てくれたの。そしてどうすることも出来ない私を自分の家へ連れて行ってくれた。


 さっき見たことを一部始終由奈に話したわ。

 もう涙も出なかった。由奈は随分と怒っちゃって。


「まずその彼に事の次第、夜遊びから今日までのことをちゃんと聞き出そう」


 と言ってくれた。


 そして、私の事をずっと抱きしめてくれた。もうじっと目をつぶって由奈の胸にうずくまることしかできなかった。


 昨日は何時に帰って来たかもわからない。由奈は私の事情を両親に言ってくれて、私の自宅まで送ってくれた。


 それから今の時間まで布団に潜り込んでた。

 一人になってから、涙が止まらなくて止まらなくてしょうがなかった。


 なんで涙って時間差なんだろう。そんな変な事を考えてしまった。



 ♪・♪・♪



 翌日、由奈は私の自宅まで来てくれた。

 お母さんが、


「楓、由奈ちゃんが来ているけれど大丈夫? ちゃんと話せる?」


「うん、大丈夫。中に入ってきてもらって」


 私がそう言うと、お母さんは一階の玄関の方に歩いて行った。

 私ははまだ、寝間着のままだったけれど、由奈なら平気かなと思いそのまま着替えないことにした。


「お邪魔します」


 そう言う由奈の声と共に、私の部屋の方に向かう足音。なぜか私は、由奈が来てくれたことに不思議と安心感を感じてしまう。


 コンコン


 ノックの音と共に、


「楓、入ってもいい?」


「入ってきて、由奈」


 ドアを開け、入って来た由奈の顔は笑っていなかった。とても真剣な表情で私のことを見つめる。

 ベットの端で座る私のもとに来て、


「楓、大丈夫?」

「隣、座ってもいい?」


 そうくので、


「いいよ、座って」


 と返事をした。由奈は私を見つめながら横に座ると


「ひどい顔、ずいぶん夜に泣いたんでしょ。目が腫れてる」


 真剣な眼差しのまま私に語り掛ける言葉。

 その言葉は、暖かいマフラーを凍える心に巻き付けてくれるかのように、優しかった。


「う、うう、ううう」


 また泣きそうになる私に、由奈は、ゆっくりと頭に手を回してくれて、そのまま自分のひざ元に頭を誘導した。私はまた、由奈の膝枕の上で泣き始めてしまった。


 どれくらい泣いたろう。

 私は泣き止むと、由奈がゆっくりと頭を撫でてくれてたのに気づく。


「アリガト、由奈」


「もう平気?」


「うん、大丈夫」


 私は自分の上半身を起こし、座りなおした。

 由奈は、私が一段落すると話し始めた。


「楓、あの楓の幼馴染君。早いうちに会ってきちっと話し合った方がいいんじゃないかな」


「じゃないと楓、ずっと悲しい思いするばっかりだよ」

「新しい恋だって始められない」

「だからさ、楓の気持ちが落ち着いたら、一度幼馴染君に連絡してさ、今までの事、イブからクリスマスまでの事、今の気持ち、すべていて白黒はっきりさせた方がいいよ」


 私は、すぐ返事が出来なかった。

 でも、もうこんな状態で年末年始を迎えるのは、正直嫌だった。


「わかった、由奈」

「今日の夜連絡して、アユムにいてみる」


「大丈夫? 無理なようだったら私が電話してもいいんだよ」


「ううん、私の恋のことだから。きちっとけじめつけるよ」


 ほんの少し由奈は目をつぶり、何かを考えているようだった。


「私の感っていう訳じゃないけれど、ちょっと楓にはつらい一日になるかもしれない、それを覚悟で一人でできる?」


「うん、大丈夫」

「由奈は優しいね、私頑張るからね」


 私は由奈に抱き着いた。由奈もそれに応えて、優しくハグをしてくれた。



 ♪・♪・♪



 夜のもう8時ごろ、私はアユムにラインなど使わずに、電話を直接した。


「もしもし、北条です」


「こんばんは、アユム。元気?」


「うん、元気だよ、楓の方こそどう、元気?」


「うん、平気だよ」


「どうしたの、急に?」


「ちょっと話したいことがあって、明日の午後って空いてる?」


「うん、自宅の大掃除もあるから、少しの時間ぐらいなら大丈夫だけど」

「ほんとに大丈夫? なんか元気ないよ」


「うん、大丈夫だったら。そしたら午後の1時に私の部屋に来て」


「分かった、明日の1時ね」


「待ってる」


「うん、必ず行くから、無理しないでね」


 そう言い終わると電話が切れた。


『元気がないのは誰のせいよ!』


 と言いたかった。

 でも、明日になれば、すべてがはっきりする。

 そう思うと逆に緊張して、ドキドキして、夜も寝れそうになかった。



 ♪・♪・♪



 午後1時前、玄関の呼び出し音が鳴る。

 お母さんが

「アユムくんが来たわよ」

「そのまま上がってもらうわよ」


 と大きな声で言うので、


「そうして、約束してあるから」


 と答えた。


 アユムの足音が近づく。

 私は、緊張が足音と共に高鳴り始めるのを、肌で感じでいた。


 コンコン


「入っていい、楓」


 久々に聞くアユムの声。

 私は


「どうぞ」


 としか言えなかった。

 アユムは部屋に入るなり、私の姿を見てちょっと驚いた様子だった。

 私は一応簡単に部屋着に着替えていた。

 厚めのトレーナーにストレッチジーンズ。

 寝癖を直すぐらいにしか整えなかった髪の毛にノーメイク。

 高校に入ってからこんな姿をアユムに見せるのは初めてだった。


「ど、どうしたの、楓……」


 アユムは立ち尽くしたままだった。


「大丈夫よ、アユム」

「座れるところにでも座って」


 私はベットの端に座っていた。


『随分とぞんざいに言ってしまったな』


 と思ったけれど、そんな言葉しか出なかった。


 アユムは、小さなテーブルの所にある座布団の上に胡坐あぐらをかくと、私に、


「今日は何の話があったの?」


 と、いてきた。


『私がこんな姿なのに、何のお察しもつかないの。バカアユム』


 その言葉が私の頭の中を駆け巡った。

 私は、意を決して話し始めた。


「イブの日から次の日までどこにいたの?」


 アユムは、『え!!』という顔で、ものすごくびっくりしていた。

 私は続けてきたいこともあり、息も切らずに話し続けた。


「赤い車の女性、誰?」

「今までの夜遊びとか、一体何なの…… 」

「もう本当のこと、教えて」


 アユムは、ずいぶん悩んでる様な雰囲気で黙っていた。

 そして、一呼吸着いてから、私に話し始めた。



 ♪・♪・♪



 アユムは、今年の10月の初め頃、付き合っていた同級生と別れてから、シェリーという女性と出会い、平日ほぼ毎晩、路上ライブに顔を出し仲良くなったこと。

 音楽に興味を持ち始め、その女性の影響でギターを始めたこと。

 そしてクリスマスの夜、二人きりで過ごした事を告白した。


 私は気が狂いそうだった。

 私だけ何も知らずにアユムにお熱を上げて、女子力アップでアユムの彼女になんて考えていたことが、何てお粗末だったのかと思ってしまった。

 とうとう私は大声を上げて、アユムに叫んでしまった。


「アユムがそのシェリーという女に心が向いていた時、どれだけ私がアユムのことを思って変身しようと努力したか理解してる? それなのに、そんなことも察することも出来ずに、遊びに行こうと誘えば、都合のいい時だけ付き合ってホイホイ遊んで、結果、実は別の女性と付き合っています? そんなのあり!!」


「ゴメン…… 」


 私がそう怒鳴りつけると、アユムはそれしか言わなかった。

 多分それしかいう言葉がなかったんだと思う。

 私は、そんな憔悴しょうすいしきったアユムの姿と、謝る言葉に、何かがっくりする気持ちもあった。

 私はただ、我儘わがままに攻めてるだけじゃないのを分かってほしかった。

 本当の意味で、私は、伝えたかった本心を伝えた。


「何謝っているのよ! 好きな人がいるのなら正々堂々としなさいよ!」

「早く、もっと早く言ってくれれば、こんな気持ちにならなかったのに…… 」


 アユムはただ黙ったままだった。

 私は言葉をつづける。


「正直に言うよ」

「私、アユムのことが好き。大好きです」


 息をのむアユム。思わず目を真ん丸にして私の方を強く見つめてきた。


「アユムに好きな人がいても、振られても、私はそれでも大好きなんです。」


 そこまで言うと私は一呼吸おいて、言葉をつづけた。


「でも、『だから私を好きになって』何て言わないよ」


「でもこれだけはわかってて欲しいの」

「幼馴染の友情も現在進行形だってこと!」

「こんなことで、話も何もできなる仲じゃないってこと!!」


「私はあきらめないから!!」


 私の決意表明みたいなものだった。

 そんな強く言い続けた私の言葉にアユムは頷くぐらいしかできずにいた。



 ♪・♪・♪



 アユムが帰った後、由奈に電話したら、由奈は私の家まですっ飛んできた。

 由奈は私の部屋に入ると、思いっきり抱き着いた。


「しっかり言えた?」

「もう、もやもやしてない?」


 心配そうに質問する由奈。

 そんな由奈に、


「もっと幸せな告白したかった~!!」

「うわああああああああん」


 私は、結局泣き出してしまった。


「泣きな、泣きな、楓」


 由奈は私を抱きしめて、優しく呟いてくれた。


「でもアユムってやつ、何も反論しないで、言われてばっかりだったんでしょ。なんで楓は、そんなヘタレのことが大好きなのかよく分からない」


 由奈は天井を見ながら疑問に思う。


「由奈は、相変わらずストレートな言い方ね」

「でもなんでだろ」

「気づいたら、大好きになってたから……」


 楓はそう言って由奈の方に向いた。

 由奈は、


「楓の思いはこの歌と一緒ね」


 というと、スマーフォンからイヤホンを繋げ、お互い片方ずつ耳にあてがうと、

『宇多田ヒカルの「あなた」』が流れててきた。


 繰り返し、繰り返し聞く二人。


 二人は顔を合わすと「うふふ」と泣きはらした目で楓は少し笑った。





 ♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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