第16話:The Moment
今日は、シェリーの部屋には僕しか来ない。
僕は思わず、シェリーに聞いてしまった。
「ねえシェリー、誰も来ないって…… その…… 二人きりってことだよね」
「そうだよ、それがどうしたの?」
シェリーは料理も一段落したようで、お皿に盛り付けなどをしている。
「シェリーは平気なの?」
「平気も何も…… 私がムーと二人で過ごしたかったんだもん。皆『いつものパーティー楽しみだー』何て言ってたけど、バッサリ切ってやったわ!」
そんなことを言いながら、なんの
「さ、料理の準備も出来たし。お腹減ったでしょ、ムー」
「う、うん」
「もう、そんなに緊張しないで、私も緊張しちゃうでしょ」
「私と二人きりは嫌だった?」
僕は、とっさに返事をした。
「そんなことないよ。ただ、初めてのことで、ちょっとパニクってるんだ」
「全く。意気地なし」
シェリーはむっとした顔で僕に向かって呟いた。
♪・♪・♪
料理が一通りできた後、シェリーも手が空いたので、僕は今がチャンスだと思い、声をかけた。
「シェリー、ちょっといい?」
「どうしたの、ムー」
僕はちょっと照れながら、バックの中から、小さなブルーのチェック柄の包装紙に、リボンで結んでラッピングしたプレゼントを取り出した。
「はい、クリスマスプレゼント」
「今までありがとう。これからもよろしくね」
シェリーは、びっくりした様子で、
「え! あ、ありがとう。そんな気を使わなくてもいいのに」
でも、とてもうれしそうなシェリーは、
「今、プレゼント見てもいい?」
と、可愛らしく
「どうぞ、ご自由に」
と僕は答えた。
ウキウキしながら、ラッピングをほどき、中身を取り出すシェリー。
そこには小さな小箱が入っていた。そのふたを開けると、
「かわいい!!」
「MU-RA(ムーラ)のシルバーのピアスじゃない。高かったでしょ?」
「そんなことないよ、僕が買える値段の物を買いました。だからそんな値段の張るものじゃないよ」
そのピアスは、シルバーの紡錘上の形をした土台に、透き通ったブルーのクリスタルガラスで出来たピアスだった。
「早速つけてみてもいい?」
「もちろん!」
シェリーは姿見の鏡の前に行き、すぐに今つけているピアスから、僕のプレゼントしたピアスに付け替えた。
「どう? 似合ってる?」
「うん、似合ってる」
「やった! 本当にありがとう」
シェリーは、また鏡の前に行って、色んな角度からピアスをチェックしていた。
そんな姿を見て、僕は本当にうれしかった。
少し経つと今度はシェリーが、
「それじゃ、私の番です!」
と言い出し、洋室の戸棚の中から、グレーの包装紙にラッピングされた物を取り出した。
「はい、ムー。クリスマスプレゼント。これからもよろしくね」
まさか僕に準備してあると思っていなかったので、かなりびっくりしてしまった。
手渡されたプレゼンは、ちょうど両手で掴むぐらいの大きさだった。ちょっと重みがある。
僕もシェリーに、
「開けていい?」
と
「うん、早く開けて見てみて」
と言ってくれた。
丁寧に包装紙をはがすとその中には、BOSS(ボス)のSD-1というエフェクターが入っていた。
「これ、前にサンハウスで『まずはこのエフェクターを買わないといけないなぁ』って言ったやつでしょ。よく覚えていたね」
「ま、まあね」
シェリーはちょっと照れ気味に返事をした。
「ありがとう、本当にうれしいよ。大事に使うからね」
「アリガト、喜んでくれて」
僕は、プレゼントして喜んでくれたこと、そしてプレゼントされて嬉しい事、この二つを同時に感じる事が出来てとても幸せだった。
♪・♪・♪
テーブルの上には、豪華な料理が並んでいた。
メインは、ローストチキン。とろみのついた美味しそうなタレがいい香りをしていて、僕の鼻をくすぐる。脇にはレタスが添えてあった。
そして、隣にはニンジンを使ったポタージュスープ。クリームポタージュとは違い、オレンジ色に輝くポタージュが、温かい湯気を立てている。
そして二人の間には、スライスしたトマトでバジルとモッツァレラチーズをサンドしたカプレーゼが準備してあった。
また、中央の奥にちょっと大きめのボウルに盛り付けられたサラダと、二人用の小さな純白のクリスマスケーキが準備された。
「すごいね、シェリー」
「私だって、これぐらいやるのよ。下ごしらえがちょっと、大変だったかな」
シェリーは腕を組み、胸を張って僕に言った。
「そうなんだ」
これがシェリーの手作りで、僕とシェリーの為だけにあると思うと、とても信じられない気分だった。
「さ、冷めないうちに食べよ、ムー」
「うん」
二人並んで、お互い向き合うと手を合わせて、
「いただきまーす」
と言い終わると、僕はまずローストチキンから食べ始めた。
「うわ、美味しい!! ちょっと甘めだけど、このとろみのあるたれが何とも言えないよ!!」
「アリガト、下ごしらえの時、はちみつも使っているからね」
「甘すぎない? 大丈夫?」
心配そうに見るシェリーに僕は、
「そんな事全然ないよ。ちょうどいいって」
ローストチキンを食べながら、ポタージュスープも飲み、最高の気分を味わっている時、ふとシェリーの視線を感じた。僕はまだ口に頬張りながらも、
「どうしたの、シェリー。まだ食べてないの?」
と
「何か、ムーの食べっぷりを見てたら、男の子なんだなあって思っちゃって」
「私の料理を、こんなにおいしそうに食べてくれる人がまだいるんだと思うと、胸いっぱいになっちゃたの」
「まだ?」
僕は、どういう事なんだろうとちょっと疑問に思って、つい成り行きで
「あ、ううん気にしないで、こっちの話」
「あ、飲み物忘れてたね」
そうシェリーが言うと、キッチンの冷蔵庫から缶ビールとジュースのペットボトルを持ってきた。
「ムー、コップあるよね」
「うん、大丈夫だよ」
「私は大人だからこれかな」
「えへ」
と、ちょっと舌の先を出して笑顔を作るシェリーは、とても可愛かった。
「じゃ、改めてカンパーイ!!」
僕とシェリーは、コップと缶ビールを重ねて、お互いの飲み物を喉を鳴らしながら飲んでいった。
♪・♪・♪
僕たち二人は美味しく料理を食べ、飲み物も飲んで、楽しいひと時を過ごしていた。
シェリーは、缶ビールを結構早いペースで飲んでいた。かなり酔ってきたのだろうか。お酒の手伝いもあってか饒舌になってゆく。
そして、出会ってから今までのことが、楽しく二人の会話の中に溶けあってゆく。
食事が一段落すると、お互い静かになってしまった。
シェリーは、空いたお皿などを重ねて、お互いの中央にケーキの置けるスペースを作ると
「最後にケーキ、食べよっか」
と誘ってくれた。
「うん」
「シェリーは酔ってるから、僕が包丁で切ろうか?」
僕はそう言って立ち上がろうとすると、シェリーは僕の服の端をつまんで引っ張り、
「切らなくていいよ、ムー」
「お互い一緒に食べればいいじゃん」
と言ってお互いのフォークの準備をした
『今日のシェリーは僕にとってハードルの高い事ばかり要求するなあぁ』
そう思いながら、
「じゃあ、そうしよっか」
と言って座り直し、先ほど作ったスペースにケーキを置き、二人で食べ合いっこした。
お互いの顔が近くに接近する。
僕は緊張と興奮のあまり、ケーキの味がよく分からなかった。
ケーキも食べ終わり、『ご馳走様』をした時には、もう満腹で動けないって感じだった。シェリーは、
「後片付けをするから、先にお風呂に入って」
と僕に言った。
「洗い物とか手伝わなくていいの?」
僕が
「いいから、いいから。ゆっくり入ってきて」
と背中を押され、浴室へと誘導された。
僕は洋服を脱ぎ、浴室内に入ると体を洗い、湯船の中に浸かった。
ちょうどいい温度でとてもいい気分だった。
シェリーが、
「着替えのジャージ置いとくよ」
というので、
「え! 誰のですか?」
と
「よくこの部屋で夜遅くまで宴会するから、シバが自分用って言ってジャージ置いてるの。それを出してるから、ちょっと大きいけど我慢してね。ちなみにパンツはないからね」
「分かりました。何から何まですいません。」
パンツの話まで言葉に出されると、とても恥ずかしくなってしまった。
僕は湯船につかりながら、
「シェリーもこの湯船に入って、そこで体を洗って……」
と、ついシェリーのあられもない姿を妄想してしまった。
『ダメだ、ダメ!!』
僕はそんな妄想したことに、心の中でシェリーに謝った。
♪・♪・♪
僕は、お風呂から上がると準備してあるジャージに着替えた。
そして、洋室に行くとシェリーが、
「あー、やっぱりちょっと大きいね、ごめんね」
と言ってくれた。確かに手や足の先が半分ぐらい隠れるほど大きかった。
「平気だよ。それにこの格好の方が楽だし、準備してくれてありがとう」
「ほんとはパンツも新しいの買って準備してあげたいなあなんて思ったんだけど、ちょっと恥ずかしくて……」
「いいよ、そんなに気を使わなくても」
「そう言ってくれると助かるわ。それじゃ私がお風呂入るね」
「ソファの所でゆっくりしてて」
そう言うとシェリーは浴室の方に入っていった。
洋室のテーブルはきれいに片づけられ、食器も綺麗に洗い終わっていた。
『シェリーってやっぱり几帳面なんだなあ』
と改めて思った。
♪・♪・♪
シェリーはお風呂から上がると、ゆったりとしたスウェットに身を包み、僕が座っているソファの横を過ぎ、CDラックの所に行った。
そして、中腰になってCDラックからCDを選んでいた。
僕は間近に見る後姿のシェリーに思わず
シェリーは、CDを決めるとCDデッキにセッティングして音を鳴らす準備を始めた。意外とオーディオにこだわっているのだろうか。
真空管のプリメインアンプに火が入り、真空管がほのかな暖かいオレンジ色にともる。
まるでカンテラの様。
まだ音は出さず、ふわっと僕の横に座る。かなりの密着度に僕の心臓の音は外から聞こえるんじゃないかという速さと大きさの鼓動を打っていた。
「真空管のアナログアンプはね、こうやって電源を入れて、温まるまでちゃんと暖機運転しないといけないのよ。」
シェリーは、ゆっくりとした口調でアンプを見つめながら、まるで独り言を言うように呟いた。
時間が経ちリモコンを操作するシェリー。
CDデッキが動き始め、スピーカーからゆったりとしたフュージョンが流れ出した。
僕は、誰の曲なのか
「Kenny G(ケニーG)よ」
と、簡単に答える。
「このメロディーを奏でる音はね、ケニーが吹くソプラノサックスなの」
「とっても優しいでしょ。今流れているこの曲は、『The Moment(モーメント)』と言って彼の代表曲よ」
ケニーのソプラノサックスの甘いメロディーが流れる中、シェリーおもむろに立ち、キッチンの方に向かって歩くと、グラスとワインを準備した。
そして、グラスにワインを注ぎ終わると、調光式のルームライトを、ようやく顔が解るぐらいの明るさまで落とした。
ぼんやりと周りを照らす真空管は、まるでこの部屋の心臓のような存在を現しているようだった。
この部屋がシェリーと僕だけの、誰にも邪魔されない秘密の空間を醸し出していた。
僕の為なのか、自分の為なのか、そんなことをするシェリーに僕は戸惑いを隠せなかった。
シェリーはゆっくりと隣に座ると、上体を僕の身体に大きく預け、ゆっくりと、そして少しずつ赤ワインを飲んでゆく。
「ムー、少し私の昔話をしていい?」
シェリーは僕の方を向いて訊いてくる。
僕はそんなシェリーに、
「いいよ」
としか言えなかった。
シェリーは正面に向きなおし、少しずつ、自分の過去を話し始めた。
******
もう、4年前になるかしら。私はとあるバンドに誘われ加入したの。
そしてね、大体1年間ぐらい沼〇駅近くのライブハウスでの活動していたんだけれどかなり順調にいってね、拠点を東京に移したの。
2年ぐらいかな。東京で活動をしてて、インディーズ界でもかなり名の通るバンドになったのよ。
丁度そのころ、大手のレーベルからもスカウトが来ていたの。
私たちは、最初からプロを目指していたから、さあこれからプロへというときね。
リーダー兼ギターの人が、交通事故で亡くなったの。
その後、バンドのみんなはまとまらずに解散。
プロデビューのみんなの夢は、それで終わっちゃった。
そのあとは、みんな地元に帰って、私はこのアパートを借りて独り暮らしをするようになったの。
でもこの部屋から出る元気も、何もかもが心から無くなって、ただこの部屋にこもる様になってしまったわ。
亡くなったリーダーはね、私の彼氏だったの。
でも、そんな一年が過ぎて『もうこのままではいけない』と感じ始めたの。
そして路上ライブから、地べたからのスタートでプロを増そうと考えたの。プロを夢見ていた彼や、元メンバーの気持ちを胸に抱いてね。
そんな時、出会ったのがムーだったのよ。
初めは弟の様な存在だったけれど、私の歌を最後まで聞いてくれて、ずっと一所懸命に音楽というもの、そしてギターに打ち込み始めるムーに勇気をもらっていったわ。
亡くなった彼とは全く正反対な人だけれど、こんな優しく、でも心の中には熱いものを持っているムーにね、不思議と目が離せなくなって、最後には心が離れなくなった自分に気付いたの。
******
シェリーは、語り終わるとグッとグラスの中のワインを飲み欲し、グラスをテーブルに置くと僕の肩に自分の頭をのせた。
シェリーの顔を見ると、とても美しくも可愛いその顔の頬がほんのりと赤くなっていた。瞳は閉じ、呼吸はゆっくりとしていた。
目じりがほんのりと濡れていた。
もうシェリーは寝てしまっている様だった。
僕は、ベットの布団を広げ、シェリーを抱きかかえると、マットレスの上に寝かせ、そうっと布団をかけた。
僕はテーブルを動かし、近くにあったブランケットを体に巻いて床で寝ようとした。
そんな時シェリーが、
「寒いから、一緒に布団を温めて」
と呟いた。
僕は少しの間悩んだけれど、心を決めて、そっとシェリーの寝ているベットの中に入った。
シェリーは布団の中に潜り込んで、くの字になって頭を僕の胸の中にうずめた。
僕はシェリーに対し、
「緊張する……」
としか言えなかった。
「……ごめんね、今は甘えん坊で……」
「私ね……」
「……好きよ……」
「……うん、でも、僕は……」
下を向いて言うと、シェリーはそっと唇を重ね言葉を遮った。
数秒の短い時間だった。
シェリーは、顔をすぐ元の位置に戻すと、
「何も言わなくていいよ」
と呟いた。
「……シェリー、僕も……」
僕はシェリーの肩に手を回し、ゆっくりと自分の身体にひきよせ、お互いの体温を感じれるようにした。
そして、シェリーの耳元に自分の口を寄せて、とても小さな声で呟いた。
「……」
シェリーはその言葉を聞くと、僕の身体により密着し、顔を僕の胸に強く押し当ててきた。
気づくと、ケニーGの曲はいつの間にか終わっていた。
後は静かな聖夜が僕たちを包み込んでくれていた。
♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪
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