第15話:WHAT IT TAKES

 今日は12月24日、いわゆるクリスマス・イブ。

 今までの僕にとっては、クリスマス・イブやクリスマスなんて、ただの年末までの通過点でしかなかった。

 でも、今日は人生初の特別な日になった。


 二人きりじゃないけれど、シェリーの部屋に行きサンハウスのみんなと共にパーティーをする。

 騒いで楽しめると思うと、もう気持ちがワクワクしてしょうがなかった。


 机の上には、小さなブルーのチェック柄の包装紙に、リボンで結んでラッピングしたプレゼントがある。

 初めて買った人にあげる、クリスマスプレゼント。

 僕が、シバさんからギターを教えてもらうようになってから、エフェクターを買うために少しずつお小遣いを貯めていた。

 そのお金で買えた物なので、大したものじゃないけれど、シェリーが本当に喜んでくれるかなと思うとかなりドキドキする。


『気に入ってもらえたらいいな』


 正直そんなことで頭がいっぱいだった。



 ♪・♪・♪



 沼〇駅まで向かう電車の中、僕はドア側の端に体を持たれかけ、流れゆく外の景色を見ながら、2日前の夜の事ことを思い出してた。

 それは、楓からの一本の電話だった。


 ******


「もしもし、アユム、元気?」


「うん、楓は? 風邪とか大丈夫?」


「うん、大丈夫。心配してくれてアリガト」


「でもどうしたの、こんな時間に。何かあったの?」


「ちょっとね」


 少し間をおいて、楓は続けた。


「クリスマス・イブ、何か用事ある? もしよかったら一緒に遊ばない?」


「?!」


 僕は幼馴染とはいえ、そんな事を今まで楓から誘われた事は一度も無いし、一緒に過ごしたことも無いので、一瞬緊張した。

 しかし、


「先約があるから、ゴメン、遊べないんだ」


 と断ると、


「学校との友達? 先約があるなら仕方がないね……」

「ゴメンネ、ありがとう」


「いや、いいんだけど…… 誘ってくれたのに、本当にごめん」


 そう言うと楓が


「そんなに謝らないでよ。しょうがないじゃん、いきなりだったし」

「また、ラインか電話するから、またね」


「うん、電話ありがとう。またね」


 お互い静かに電話を切った。


 *****


 そんな事をゆっくり思い出していると、いつの間にか沼〇駅の一つ前の駅まで進んでいた。


『うわ、早いな。』


 もう僕の気持ちは、今日のことに切り替わっていた。



 ♪・♪・♪



 沼〇駅に到着し、約束の場所に着いて腕時計を見ると、まだ午後3時20分だった。今使っている電車は多くて一時間に2本程度。自分の希望の時間にピッタリ着くなんてことは、そうないことだった。

 僕もこの時間について30分以上は待たされることは重々承知だったので、ウォークマンのヘッドホンを耳に付けて、音楽を聴きながらシェリーを待つことにした。


 今日チョイスしてきたのは、


「AEROSMITM(エアロスミス)のBIG ONES(ビック・ワンズ)」


 という、エアロスミスのベストアルバム。

 でもこのアルバムももう古くて、多分1994年ごろアルバムだと思う。

 サンハウスで、


『何か為になるアルバムがないかなあ』


 と思ってあさっていたら、シバさんが、


「たまにはハードロックでも聞いてみたら」


 とチョイスしてくれた。

 その後、自宅で聴いてみたら一気にファンになってしまった。

 ボーカルのスティーブン・タイラーの独特なしゃがれたハイトーンボイスやシャウト、リードギターのジョー・ペリーのロックテイストがありながらもブルージーに泣くギターがとても好きだった。

 特にこの中でもお気に入りが、4番目に収録されている「WHAT IT TAKES(ホワット・イット・テイクス)」。

 この曲はスローのロッカバラード。

 歌詞は恋人同士が別れる内容なんだけれど、素敵なラブバラード。

 スティーブン・タイラーの気持ちの入った歌や、そしてスティーブペリーの切なさの感情がたっぷり入ったギターソロは、僕の心をつかんで仕方がなかった。

 こんなギターソロを弾いてみたい、そしていつかバンドを組んだ時、こんな曲を演奏してみたいと思う曲だった。

 ついこの曲だけをリピートして体を揺らしながら聴いていると、あっという間に時間が過ぎ去っていった。



 ♪・♪・♪



 約束の時間に近くなってきた頃、真っ赤な可愛らしい、おにぎりの様な車が駅前にやってきた。

 目の前で車は止まりドアが開くと、サングラスをしたシェリーが出てくる。

 Gジャンに、中はカーキのトレーナー、クラッシュジンズにスニーカーと、その普段着の中にサングラスが組み合わさると、とてもカッコよく見えた。

 車から出てくるなりシェリーは、


「うわ~、寒い」

「ゴメンネ、待たせちゃって。かなり待った?」


 と、明るく話しかけてくれた。

 僕は、そんな気さくに話しかけてくれるシェリーに、嬉しく感じた。


「全然。大丈夫だよ」


 というと、シェリーは車の助手席のドアを開け、


「それじゃ、早く乗って。車の中で暖まって」


 といってくれた。


「うん」


 と僕は言うと、その赤い可愛らしい車に乗り込んだ。


 車は出発すると、FMラジオが小さな音で流れていた。


「シェリー、音楽は鳴らさないんだ」


 そう僕がくと、


「運転に集中できなくなるからね」


 と正面を凝視して、僕に返事をしてくれた。

 シェリーは、両手でがっちりとハンドルにしがみ付き、上半身は思いっきり前傾姿勢だった。


「この車は外車? 見たことがない車だけど、真っ赤で可愛くて、シェリーにとっても似合ってるよ」


 そう言うとシェリーは、


「アリガト、褒めてくれて。これはね、フィアット、フィアット500(チンクエント)っていうの。お洒落でしょ」


「う、うん」


 ハンドルに必死にしがみつき、真剣に真正面を向きながらシートにもたれかかる余裕のないシェリーを見ていると、だんだん僕も変に緊張してくる。


「ねえ、シェリー……」


「ゴメン、ホントーにゴメン」

「ちょっと静かにしてもらえるかな、運転に集中したいの」


「う、うん。そうだね。安全運転だからね。頑張って」


「あともう数分だから、ホントにゴメン」


 真正面を見ながら言うシェリーは、確かに脇見をしない安全運転に思える。

 けれど、何故かひたすら必死に運転するその姿は、かっこいい容姿と可愛いフィアットチンクエントとは、あまりにもミスマッチングしていた。

 僕自身も、そんな運転をしているシェリーを見ていると、あと数分が数十分にも感じてしまい、強く握ったこぶしの中には何とも言えない汗が滲み出ていた。



 ♪・♪・♪



 ようやく、アパートの駐車場にたどり着き、車を降りる。

 変な緊張感が取れ、どっと疲れが僕の背中に乗っかってきた。

 たった数十分間のドライブだったのに、その緊張感は『鈴鹿24時間耐久レース』の様だった。

 でも、そんなことは口が裂けても言えなかった。

 それは、駐車場に到着した時シェリーが満面の笑みで、


「このチンクエントの助手席に乗ったの、ムーが第1号なんだからね。光栄に思って!」


 と、僕の方を向いて満面の笑みで語り掛けたからだ。


「とても楽しかったよ、ありがとう。また乗せてね」


「今度は伊豆でもドライブに行こうか」


「……うん、そうだね、楽しみにしている」


 出来れば、せめてシートのもたれに上半身を委ねる余裕が出来てからドライブに行きたいと、僕は心に思った。


 シェリーの部屋に入ると、まだ誰もいなかった。


「僕が一番なんだ」


 そう思うと、ちょっと嬉しくなった。

 シェリーはGジャンを脱ぐと、


「じゃあムーは奥のリビングの背の低いテーブルがあるでしょ。そこに好きな所でいいから座っててくれる?」

「何かジュース飲む?」


「うん、出来れば飲みたい」


「じゃ、ちょっと待ってて」


 ホワイトの壁紙が基調になっている1DKの部屋は、整然と片付けられていた。

 玄関を通ると小さなキッチン、その奥にカーペットの敷いた洋室と、コンパクトではあるけれど、一人で住むのには必要にして充分な感じだった。


 僕は、洋室の背の低いテーブルのテレビと対面している側に座った。ちょうどどこには二人掛けのソファがあった。


『一人でもテレビを見るときはちょっと大きめのソファでゆったりと見たいんだな』


 何て僕は思っていた。

 テレビの右脇にはオーディオセットがラックに乗って縦に並んでいた。真空管アンプみたいなのもあって、結構おしゃれというか、こだわっている様な感じがした。

 テレビと、オーディオラックの両脇に少し大きめのスピーカーが置いてあった。

 左側を見るともう窓があり、右側にはシェリーのいるキッチンと、その扉の隣にCDラックが二つ置いてあった。

 かなりの数のCDでちょっとびっくりした。

 そして僕の後ろにはシェリーが使っているベットがある。


 シェリーがジュースをグラスに注いで持ってきた。


「はい、どうぞ」


 エプロンをかけ、髪の毛を後ろに一つ縛りしたシェリーは、今まで見てきたシェリーとは違った。

 家庭的で、それだけでも僕は緊張というか、興奮というか、何とも言えない感情になってしまった。


「あ、ありがとう」


 僕はシェリーに、


「すごい数のCDだね、ゆうに500枚ぐらいない?」


 そう言うと、


「ちゃんと数えたことは無いから分からないけど、ラック二つ使ってるからね、それぐらいはあるっしょ」

「もし聴きたいのがあったら言って、セットするから」

「それとも、テレビ見る?」


「あ、テレビでいいよ」


「じゃあ、これリモコン。楽にしてて」


 そう言うとリモコンを僕に手渡し、キッチンの方に向かった。


「じゃあ私、料理の準備するから、ゆっくり待っててね」


「は~い」


 僕はテレビの前に向きなおし、テレビをつけた。さすがクリスマス・イブ。クリスマス特番の番組しか流れていなかった。

 そんな中シェリーは淡々と料理を始めていた。



 ♪・♪・♪



 もう、時間は4時50分になろうとしているのに一向に誰も来ない。

 パーティーのスタートは5時からなのに。

 不思議に思ったアユムは、


「みんな来ないね」


 というと、


「来るわけないじゃ~ん、んふふ!」


 と、シェリーはニコニコしながら料理の最終段階に入っていた。


「ええ!! そうなの?」


「そうなのだ~!!」


 ちょっとテンションが上がり気味のシェリーは、本当に楽しそうに答えてくる。

 僕は緊張感が一気に最高潮まで上がってしまった。


『誰も来ない、二人っきり、夜が更ける、二人きりでお泊り、朝帰り』


 僕の目の前にあるテレビは、お笑い芸人がサンタの恰好とトナカイの着ぐるみを着て、町のカップルにいろいろ質問をしている様子が映し出されていたけれど、僕の頭の中にはそんな映像すら入ってこない。

 内容なんて全く分からなかった。


 ただ、


『二人きりの夜』


 というシチュエーションに、


『僕はどうしたらいいのか?』


 だけが、不謹慎にも頭の中でグルグル回っていた。





 ♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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