第13話:CHILD'S ANTHEM(前編)

 カラン、カラン、カラン


「こんにちは、お邪魔しまぁす」


「おっ来たな、ムー。早いじゃないか。」

「コンビニで昼飯買って、11時ぐらいに来れば丁度いいんじゃないかって言ったのに」


 シバさんは少しあきれ口調で僕をたしなめると、


「今日のことを考えると気もそぞろになっちゃって」

「つい開店時間に合わせて来ちゃいました」


 僕は右肩にギターのソフトケースを抱え、右手にはコンビニで買ったお昼用のサンドウィッチ、左手にはピグノーズの電池で動くミニアンプを持っていた。


「まぁとりあえず、荷物をスタジオルームに置いてこっち来いよ」


 シバさんはそう言うと、一度スタッフルームに戻った。


 僕は、きょろきょろと周りを見ながらスタジオルームに入り、荷物を部屋の端に置くともう一度店内に戻り、シバさんのもとに行った。


 シバさんはCDデッキをカウンターの上に置きコンセントをつないで準備をしていた。


「そういえばシバさん、ワゴンさんって、開店時はいないんですか?」

 僕は聞くと、


「ああ、あいつ寝起きすっごく悪くてな。毎回遅刻するから、勤務時間を午後一番に替えたんだよ。」

「陽介も真面目なんだけれど、たまに『ちょっとおかしくない?』って時があるんだよな。」

「まあしょうがないか。」


 僕とシバさんはお互い顔を見合わせ苦笑いした。

 意外とワゴンさんのいない店内はものすごく静かというか、落ち着いてるというか、威圧感がないというか…… 正統派な楽器店という感じがした。


 シバさんが一枚のCDRを取り出し、僕にちらちらと見せた。


「ジャーン! 作ってもらったぜ、今日のサプライズ用の伴奏CD」


 僕は『オー!!』という感じで、そのCDRを見ると、


「早速聴いてみましょうよ、シバさん。そのためのデッキでしょ」


 というと、


「せかすな、せかすな。」

「実を言うと、昨日の夜に友達が持ってくきてくれてさ、まだ俺も聞いていないんだよ。」

「パソコンの打ち込みで作曲してる奴だから完成度高いぜ、多分」


 僕はもう早く聴きたくて、たまらなかった。


「じゃあ、シバさん。よろしくお願いします。」


「よっしゃ」


 シバさんはCDRをデッキにセットし再生ボタンを押す。

 流れ始める曲は、パソコンというデジタルでの打ち込みとは思えないような臨場感で流れてきた。

 一通り最後まで聞き終わると、僕とシバさんはお互い目を合わせて手を合わせた。


「ばっちりだな」


「ばっちりですね」


「あとはムーが失敗しないだけを祈るよ」


「それじゃ、失敗したらシバさんのせいで……」


「甘えんな」


 シバさんの拳骨げんこつが軽く僕の頭を叩いた。


 僕は舌を出して『すいません』といった表情をした。



♪・♪・♪



 カラン、カラン、カラン


 午後の1時過ぎ、サン・ハウスのドアを開けて人が入って来た。


「こんちはぁ」


『シェリーだ!!』


 丁度僕は昼食を食べ終わり、カウンターのところで店番をしていたので、すぐシェリーだと分かった。


「こんにちは、シェリー」


「おや、ムーじゃん。もう店番させられてる?」


「今日は結構早く来たので、午前中練習させてもらったんです」

「そのお礼も兼ねてです」


「謙虚だね。ムーは」

「シバ相手にそんな下手に出なくていいんだよ」


「そうなんですか?」


「あいつ、眼鏡もかけてて一見真面目そうに見えるけど、生粋の女好きバカだから」


「聞こえてるぞ、花子」


「うるさい、シバ!!」

「荷物、スタジオルームに置かせてもらうよ」


 そう言ってシェリーが荷物を置きに行こうとした瞬間、


「誰のおかげで、“ムーと共演”という夢のお話を実現できたと思うんだい、は・な・こ」


 シバさんは妙にもったいぶった感じでシェリーに言った。


 シェリーは、軽く頬を赤く染めて、


「うるさい、うるさい、うるさい!!」


 と言いながら、ずんずんといった感じでスタジオルームに下を向いて、行ってしまった。


「シバさん、あんな事言って大丈夫ですかぁ?」

「シェリー、かなり怒ってる雰囲気でしたよ」


「お前のために言ってるんだよ、まだ分かんないかなぁ」


「どういう事ですか? シバさん」


「超鈍感には説明する義務はない。自分で考えろ」


「えー、そんなぁ」


「それでもわかんなかったら、今買い出しに行っている陽介にでも聞くんだな」


「え~」


 ワゴンさんにいても


『何聞いてるの! ムーちゃんはこれからの私との大事な関係を結ぶ人だから関係ないの!』


 とか言って、話しの核心には届かないんだろうな、と思った。


『そういえばシェリー、部屋に入ったままだな』


 そう思い、ちょっと扉の小窓から様子を伺った。

 いつものギターを出して丹念にチューニングをしている。

 僕は店番があったけれど、


『ま、いっか。少しぐらい』


 と思い、スタジオルームに入っていった。


「シェリー、お邪魔していい?」


「うわ、びっくりした、店番はいいの?」


「いいよ、こんなお昼時にまずお客さん来たことないし」


「店員がそんなこと言っていいのかな?」


「ゴメンナサイ」


 と僕はちょっと微笑みながら頭を下げた。

 シェリーも、終始笑顔だった。


「シェリー、ちょっときたいことがあるんだけど、いい?」


「なに? ムー」


 シェリーは、ギターのチューニングの続きをしながら、僕に優しく問いかける。


「いや、ほんとはシェリー、無理してるんじゃないかなって思って」


「どういう事?」


「今回の共演の事にしても、練習の事にしても、無理に僕に合わせてくれていないかな、大丈夫かな、と思っちゃって……」


 僕は思ったことがうまく伝えられず、『変な言い回しになったな』と感じつつ質問してしまった。


「ばか」

「本気で、お姉さん怒るぞ」

「私は好きでやってるの。好きでもない事なら、最初から断ってるし、ムーとこんなに親しくならないよ」

「それ位の事、分かってくれていると思ってたのに」

「あー残念」


 シェリーは上を向いて、あからさまにそう言うと流し目で僕の方を見つめた。

 ちょっとねた仕草を見せるシェリーに、僕は思わず『可愛い』と思ってしまい、急に顔が熱くなってしまった。


「い、いや、ごめんなさい。」

「ちょっと、僕でもよく分からないんだけど、大丈夫かなって考え始めたら止まんなくなっちゃって……」

「失礼な質問しちゃってゴメンナサイ!」


「うふふ、いいよ、分かってる。ちょっと意地悪したくなっちゃっただけよ」

「でも、もうそんな質問されたくないな」


「うん、わかった」


 僕はちょっと俯き加減で照れ隠しに右手で鼻をつまみながら答えた。

 少しするとシェリーが、


「ムー、なんか視線を感じない?」


 シェリーは、僕にこそっと言うと、


「そうですか?」


 と言って二人してドアの小窓の方を見た。


「!!」


「ワゴンさんが……」


 つい二人して、声を合わせて言ってしまった。

 ワゴンさんが、小窓に顔面を張り付かせて、怒った表情で僕とシェリーの二人を見ていたのだ。

「この部屋を出た後、ワゴンさんの猛攻撃が怖いなあ」


 そう思いつつ僕はシェリーに挨拶をし、恐怖のドアの方にゆっくりと歩いて行った。



♪、♪、♪



「もう始まってる?」


 そう言って、スタジオルームに入ってきたのは、この店の店長、藤本さんだった。

 みんな声をそろえて、


「こんにちは、店長」

「今日はありがとうございます」

「よろしくお願いします」


 と言葉をかけられ、店長は、はにかみながら頭を掻いていた。

 シバさんが、


「シェリーも来て、みんなでの練習会だからって、店長が午後いっぱい貸し切りにしてくれたんだ。」

「もちろんみんながスタジオルームに入れるように、お店も『CLOSE』」

「せっかくの機会だからしっかり甘えて、しっかり練習しようぜ」


 みんなで「オー!!」という掛け声が自然と沸き立った。

 店長は腕を組みながら椅子に座り、目を細めながらゆっくりみんなの事を見まわたしていた。


 練習はまだ始まったばかりで、今はシェリーと僕は分かれてパート練習。

 メインはシェリー。シバさんがついて、今までのギターの弾き方をこのように変えてほしいとか、色々アドバイスしていた。

 僕の方はワゴンちゃんが付いていてくれた。


「ムーちゃん、とりあえず通しで軽く弾いてみて」


「はい、いきます」


 そう言うと僕は、ベストで弾けた時のイメージで、一通り弾いてみた。そうするとワゴンちゃんが、


「う~ん、そつなく弾いてるとは思うんだけれど、もっと感情が欲しいわね」


 と言って、自分のギターに店内から持ち込んだ小さめのメサブギーのアンプを軽く歪ませて、弾き始めた。

 僕の弾くパートの内容は事前にシバさんに教えられていたみたいで、大きな違いはなかったけれど、よく聴くと、伴奏なのに歌っているような響きが美しかった。


「すごですね…… ワゴンさん」


 思わす僕は聞き惚れてしまった。

 とても美しい左手の指は、とても優しく握っているように見えた。右手のコードストロークや単音ピッキングの時も、とても軽やかで、


『なんでこんなにリラックスして弾けるの?』


 という感じだった。


「ただのリフでもね、気持ち込めて弾いてあげるの。もちろん愛おしく、愛する人を思うがごとくよ。でもその思いを、どうギターに歌わせるのかが問題なの。」

「ムーちゃん、民謡とか演歌聴いたたことあるわよね」


「はい。それがなにか、あるんですか」


「大ありよ、これらには“こぶし“っていう技術があるじゃない。長音でも単純にならず、意図的に音にうねりを出すことで、一つのメロディーにしてるわよね。それをギターで表現してあげるのよ」


「え? どうやって……」


「話せばいたって簡単。弾いている時、単音でも和音でも、単調になりそうなときや、ここに感情を乗せればって時に、軽くビブラートやクウォーターチョーキングのアップダウンを入れて揺らせてあげればいいのよ」

「でも、単に一定に揺らせばいいってものじゃないのよ。」

「民謡でもそうでしょ。その時の感情や雰囲気に合わせたかけ方じゃなとだめなの。」

「奥が深いでしょ、ムー」


『あれ、“ちゃん”が消えた?』


 僕がそう思った瞬間、もう目の前にはワゴンさんはいなかった。

 その時だった。

 ワゴンさんは、僕の背中とワゴンさんの身体の正面が付くかつかないかの距離、体温を感じる距離に立っていた。

 そして顎を僕の肩に乗せ、『ふっ』と吐息を僕の耳に吹きかけた。

 思わず僕は、


「あ!……」


 と、吐息をかけられた左耳の方の首をすぼめて、目をつぶってしまった。初めての感覚だった。

 そのまま体が止まってしまってた時、僕とワゴンさんは立って練習していたんだけれど、僕の両手を優しく包み込むように手を重ねてきて、僕の耳元で優しく


「それじゃ今から実践するわよ」


 と語りかけてきた。

 いつの間にかギターを外していたワゴンちゃんはぴったり身体をくっつけて僕の両手を包み込み「じゃいくわよ」と言ってくる。


「ちょっと、待って、ワゴンさん。その息を吹きかけるの、やめて……」


 ワゴンさんは終始僕の左肩に顎を付けて、僕の耳に吐息をかけ続けていた。

 そして、くっつけている身体もいやに下半身が熱く感じられて、何か突起物があるのを僕のお尻は感じていた。


「ワゴンさん…… 練習にならないよ…… 何かお尻にあたるけれど、何かポケットに入れてるの?」


「内緒よ…… もうこれだけでも十分練習になってるのよ。私に身も心も委ねて……」


 両手は優しく撫でていたのをやめて、ワゴンさんは僕の五指をゆっくり開かせてその間に自分の指を絡ませようとしていた。


「さあ、もっと熱くいくわよ」


 と、ワゴンさんが行った時だった。


「そこの二人!! もとい!! ワゴンちゃん!! 何ムーに下心むき出しで抱き合ってるの!!」


 シェリーは大きな声で怒鳴ると、真顔で歩いてきて、僕とワゴンさんを引き離してくれた。


「ハア~」


 と僕は息を吐き、腰が抜けたように座り込んでしまった。


「ワゴンちゃん、私の大切なムーをたぶらかさないでくれる!!」


「シバ、私そんなことは言ってない!」


 今度は、シェリーがシバの方を向いて怒鳴った。


「全くもうワゴンちゃん、年下の子には手を出さないって約束したでしょ、警察に捕まるわよ」


 シェリーは両手を腰に当てて両足を軽く開き怒っていた。


「だってあまりにもアユムチャンが大好きだから、チャンスかと思って~」


 ワゴンさんも開き直っている。


「強敵出現だな、花子」


 シバさんはニヤニヤしながら言ってくる。


「はぁ~」


 シェリーは右手をおでこに当て、項垂うなだれてしまった。


「さ、もう少しパート練習したら、早く本題の合わせる練習しようじゃないか。時間、もったいないよ。」


 店長がぱっと言葉を投げ入れた。


 店長がそう言うと、みんな目が覚めたように返事をした。


 ワゴンちゃんも、ちょっとは反省したみたい。

 シェリーに何か謝っていて、シェリーも頷いた後、二人笑顔に戻っていた。





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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