第12話:Hotel California

 今日は土曜日、サン・ハウスのスタジオルームの中で、いつものようにシバさんからギターのレクチャーを受けていた。

 基本練習のチェックが終わり、今から始める「スタンド・バイ・ミー」の練習がレッスン時間の大半を占めていた。


 僕はマーシャルアンプに近づいて、軽く歪ませるようにゲインとマスタボリュームの設定をする。

 シバさんは、お店からオベーションのエレクトリックアコースティックギターをチョイスしてきた。シバさんいわ


『これぐらいが俺レベルにはしっくりくるんだよ』


 なんて言ってたっけ。

 このギターはピックアップが付いていて、シールドを使いギターアンプに繋げて音を出すことも出来るアコースティックギターらしい。

 でも、シバさんはシェリーと合わせることを想定して、通常のアコースティックギターのように、生音で出してくれる。


 シバさんのコードストロークメインの、生ギターの温かみと広がりのある和音と、僕が弾くベースラインメインの少しリズミックな、軽い歪みのある少しブルージーなエレキギターの音がうまくからみ合って、今はとってもいい感じに仕上がってきたと思う。



♪・♪・♪



 大体一時間が経ち、練習の雰囲気も一段落がついたころで、シバさんが


「よし、今日もこれくらいにしとくか」


 と気持ちよくギターを肩から外しながら言うので、


「そうですね。今日は今までの中で、一番良かったような気がします」


 と答えた。


「お、ムーも言うようになったなあ」


 シバさんは満更まんざらでもない様な表情で、にこやかに話してくれた。


「有難うございます」

「ついこの前なんですけれど、幼馴染で小さい頃からピアノをやってる友達がいるんです。その幼馴染に、僕の部屋へ来てもらって色々アドバイスもらってたので、多分その効果があったと思いますよ。」


 僕は笑顔でそう言うと、シバさんは急に真面目な顔つきに変わった。

 そして、サクっとギターをスタンドにおいて、僕の前までスタスタと歩いてくる。二人しかいないスタジオルームなのに、僕の耳元に口を近づけて小声で話し始めた。


「ムー、まさかその幼馴染ってのは女か?」


「え、は、はい。女の子で同級生ですよ。それが何か?」


「やっぱり可愛いのか?」


 シバさんは一体、何を聞きたいんだろうと不思議に思いつつも、素直に答えた。


「高校に入ってから別になったので分からなかったんですが、ついこの前会ったときはものすごく女子力アップしていて、幼馴染なのに緊張しましたよ」「女の子って変わるときは変わるんですね」

「あははははは」


 そう言うとシバさんは僕の正面に向き直り、


「笑い事じゃないぞ、ムー」


「え?」


 僕はシバさんの言っている意味が解らなかった。


「ムーにはシェリーという、れっきとしたお相手がいるだろう。バレたらどうするんだ!」


「いや、とっくにバレてますけれど…… 」


「なにい?」


「確かに『いかがわしい気持ちがないのならちゃんと紹介しろ』と怒られましたけれど、『単なる幼馴染ですよ』って言ったら笑って納得してくれましたよ。」


「なんだそうか。ああ見えてもシェリーは内心はうぶだからな。よく考えてやれよ。ムー」


「え? シバさん、何言ってるんですか?」

「シェリーは僕にとって目標の人であって、付き合ってるわけでもないし、恋愛対象になんて思う訳ないじゃないですか。」

「全く冗談が過ぎますよ」

「あはははは」


 これでこの話も終わりかなあなんて思っていたけれど、シバさんはかなり手強かった。


「甘―い!!」

「ムーは甘―い!!」


「シェリーだって今は彼氏なしの独身、ちょっと行き遅れ感のある女、いや心は少女だぞ!」

「気立てもいいし、ちょっと皺が増えたが基本可愛いと美人が合体したかの様なコケティッシュな顔立ち!」

「そんなシェリーが今まで男性に限らず、人という人に対して心を開かなかったのに。お前にだけは珍しくも仲良くなれた!」

「それはなぜだと思う!!」


 ちょっと僕はあきれ顔でそっけなく答えてしまった。


「何故ですか、分かりません」


「LOVE!!」


 シバさんはロミオとジュリエットのロミオ役のようなゼスチャーをして答えたので、さすがの僕も、『もうついていけないな』と思い、


「はいはい、シバさん片付けますよ。」

「また長くなったら、ワゴンさんに『もうそんなに長く練習するんだったら先に言ってよね。店番も大変なんだからん!』って怒られますから、もう。」


「なんだよ、ムー、怒るなよ」

「ちょっと楽しくトークしようと思っただけじゃないか」


 シバさんは反省の色もなく、ニコニコと片付けながら僕に言った。



♪・♪・♪



 練習が終わり、スタジオルームから出ると、案の定ワゴンちゃんが僕の方を向いて、


「うん、もう。今日も遅いぞ! ちゃんと時間には出てこないとだめじゃないの! 悪い子たち!!」


 思った通りワゴンちゃんは体の前で両手を組み、腰をくねくねさせて大きい声で僕たちを叱った。


「あ~、悪い、悪い。」

「でも、陽介、この前お前、言ってたじゃないか。『大好きなムーの成長の為なら、この身を捧げることもできるわあ』って。」

「だから『ちょっとぐらい、いいかなあ』なんて思ったんだけど。」


「あ! ダメええ、それ言っちゃ。」

「 ……内緒なのに…… 」


 ワゴンちゃんはとっさに、両手で顔を隠した


「え、え!!」


 僕は驚いて、照れて顔を真っ赤にしているワゴンちゃんと、したり顔で軽く頭を掻いているシバさんと、両方をきょろきょろと見まわした。


「何かの冗談ですね~」

「なにも聞こえなかったかな~」


 そんなことをわざとらしく言っていると、ワゴンちゃんはうつむきながら、


「ちょっと買い出し行ってくるね!」


 とお店を出て行ってしまった。


 僕のいない所で、どんな状況になっているのか、不思議でたまらなかった。


「シバさん、なんです、今のワゴンちゃん?」


「みたとおりだろ、それでわかんないなら相当鈍感だぞ、ムー」


 ダメだ、想像したくない……


 気を取り直して僕は、


「それじゃ僕、店番入りますね」


 と言いてカウンターの中に入っていった。



♪・♪・♪



 カウンターに入ると、僕はいつも読んでいる、各メーカーのギターカタログに目を通す。

 とても僕には買えない代物だけど、こうやって色々なギターを見ているだけでなんとなく楽しい気分になってくる。

 そんな時、あるギターで目がまった。

 ギブソン社のSGタイプ。

 ネック(左手でコードなどを握る棒状の方)が二本付いてる、通称ダブルネックギターだった。品番は「GibsonEDS-1275」って書いてある。色はチェリー色やホワイト色など4種類あった。

 カタログをよく見ると、過去の使用者に、レッドツェッペリンのジミー・ペイジや、イーグルスのドン・フェルダーなどと書かれていた。

 一体このギターはどう使っているんだと思うとすごく不思議に思ったので、シバさんにいてみた。


「シバさん、ちょっと質問いいですか?」


「どうした?」


「シバさん、ギブソンのダブルネックギター知ってますよね」


「あぁ、あのSGタイプのだろ。それがどうしたの」


「僕、今カタログで見てて初めて知ったんですよ。これってどう弾くのかなぁて」


「どれどれ」


 シバさんは、スタッフルームから体を出して、一緒にカタログを見てくれた。


「ここに、使用者の一例があるじゃなですか、ジミー・ペイジとかドン・フェルダーとか」

「どんな曲でそんな弾き方してるのかな~って疑問になっちゃって。」


「そっか、ムーはこういうの初めてだもんな。」

「ここ最近俺、ムーによく昔の洋楽の有名なギタリストのCDを聴きまくれって言ってたけど、二人とも知らない?」


「はい」


「……ギタリスト目指す奴が堂々と言うな……」

「二人とも超有名なんだが…… う~ん、確かスタッフルームにイーグルスのライブビデオがあったよな」


 そう言うとスタッフルームの中をシバさんは一所懸命あさりはじめ、ようやくVHSのビデオテープが出てきた。背表紙には「イーグルスライブ 1977」と書かれていた。


「ムーあったぞ。このライブの一番最初の演奏曲「Hotel California(ホテルカリフォルニア)の曲で使われてるのが、そのギブソンのダブルネックギターだよ」


「シバさん……」


「なんだ、どうした?」


うち、ビデオデッキ、無いです。」


 シバさんはがっくりうなだれて、


「それじゃ見れないじゃん」


「はい、すいません。」


 僕は申し訳なくて、只管ひたすら頭を下げた。


「いやいや、そんな平謝りすることじゃないよ。まあ動画はユーチューブでも腐るほどあると思うしな。この曲に関しては。」


「なんでですか?」


「世界的大ヒットしたんだよ。日本でも、猫も杓子もって感じでさ」

「それじゃ気を取り直してアルバム聴くか。聴きながら簡単に説明するよ」


「お願いします」


 そう言うとシバさんは、CDが沢山入っているラックから、一枚取り出した。


「じゃ曲流すぞ」


「お願いします」


 その曲はアルバムの一番最初の曲だった。

 とても広がりのある、綺麗なギターのアルペジオから始まった。

 そして、イントロの切れの良いところで、ドラムがメリハリのある低音を二回叩くと男性の歌声が流れ始めた。歌の途中でアルペジオは終わり、ギター二本の裏メロに入ってゆく。

 そして、歌が終わるとギター二本のソロの掛け合いにあり、最後はハモリながら終わってゆく。

 シバさんは曲の途中途中で、適切な解説を分かりやすく入れてくれた。


 曲が終わって僕は、何てドラマチックな曲なんだろうと思った。

 この曲の入っているアルバムの発売時期は「1976年」。今から数えると41年前の曲。

 ありえないと思った。

 いまきいても全然色褪せていないし、感動する。

 41年間そうあり続ける曲を、今の日本のバンドの人は作れるのだろうかと思ってしまった。


 曲が終わると、それ以降の曲も少し音量を下げてお店の中に流し続けた。

 そして、シバさんがカウンターに頬杖をついて話し始めた。


「でもさ、ムー」

「もう40年以上前の曲だからって、学ぶことは多いんだぜ」

「もちろん、ダブルネックギターの演奏方法もそうだが、このギターソロをコピーするだけでも、ギターの基本技術はかなり習得できるんだ」

「今の流行りもいいけれど、出来ればムーには、しっかり腰を据えて、名曲と言われている曲を沢山聴いて、コピーして、それから、今の曲を分析して、自分の曲を作っていける。そんなギタリストになってもらいたいと、俺もシェリーもそう思っているんだ」

「長く続けるんだろ、ギター」


「もちろんです。」


「今はこれっきゃない!! って感じですよ」


「それならよかった。俺らもとことん付き合ってやるからな、ムー」


「有難うございます、シバさん」


 もしぼくが軽音楽部に入って適当にバンドを組んでコピーバンドをしていたら途中で挫折して辞めてたんだろうなと思った。だからこそ、僕は本当にいい出会いをしたんだなと感じた。



♪・♪・♪



 ワゴンさんも帰ってきて一段落したころ、シバさんがスタッフルームの方から手招きした。僕は店番を頼むとシバさんの方に行った。


「どうしたんですか、シバさん」


「いや、ちょっとスタンド・バイ・ミーの練習について提案があってね。」

「それで呼んだの」


「提案って、どんなことですか?」


「ほら、スタンド・バイ・ミー、かなり仕上がりが良くなったろ。」

「それでだ、いきなりシェリーの路上ライブで合わせるのもなんだから、明日シェリーを呼んで、ここで実際合わせて練習するのはどうかなと思って」


「本当ですか?」


「まだシェリーにはアポ取っていないから何とも言えないんだけど、いつも練習している時間なら大丈夫だと思うんだよ。」

「機材だって実際路上でやるときは、小さいアンプのピグノーズだろ。それにエフェクタ-かませて歪ませるような感じだしさ、シェリーの弾き癖や歌い方にも慣れていないとまずいと思うし。どう?」


「ぜひ一緒に練習したいです!!」


 僕は、合同練習とはいえ、いつかシェリーの伴奏をしたいとずっと思っていた、それが叶うんだ。


「今電話して聞いてやろうか?」


「はい、お願いします!!」


 僕は結果が早く知りたくてしょうがなかった。


『神様お願い、シェリーが明日此処に来るようにしてください』


 と祈るばかりだった。


 シバさんはスマートフォンをいじると、自分の耳に当て、繋がるのを待った。

 数コール後、


「あ、花子、元気」


「んだよ、電話口でもシェリーって呼べ? 別にいいじゃんかよ、誰も聞いていないんだから」


「それでな、ちょっとお願いがあって電話したんだけどさ。明日の昼過ぎってお前空いてない?」


「うん、そうそう、サン・ハウスまで、ギターを持ってきてほしいんだわ」


「メンドクサイ? 歩夢もいるんだぞ、それでもだめか?」


「あ、やっぱり行く? そう、気持ち変わるの早えーな。おい」


「余計なお世話だ? そりゃこっちのセリフだ」


「それじゃ、明日午後の1時30分ごろな、ちゃんとギターもって歌えるようにしとけよ」


「なんでそこまで準備しなけりゃいけないんだって?」


「だから言ってるだろ! 歩夢もギターとアンプ持ってくるんだって」


「え、歩夢に準備万端にしとくって伝えろって?」


「うざいなあ、ころころ意見変わりやがって、そんなに話したかったら直接話せ」


 そう言うとシバさんはスマートフォンを無言で僕に手渡した。


「あのう、シェリーさん、いきなりでゴメンナサイ」


「そんなことないよ。ムーは相当頑張ってるもんね。私ちゃんと準備してくるから安心しなさいね、わかった?」


「うん、わかった、ありがとう」


「私も明日が楽しみになってきたよ、ムー。一緒に頑張ろうね!」


「は、はい!」


「それじゃもう一度シバに代わって」


「はい、変わります」


「シバさん、シェリーさんです」


「おう、花子、それじゃ明日頼むな」


「ガーガー言うんじゃねえよ、じゃ切るぞ」


 シバさんは電話を切ると僕に、


「そんなに花子って名前にコンプレックスあるのかなあ」


 と不思議そうにしていた。


「僕はハナちゃんって感じもありだと思います。」


 というと、


「そうだよな、まったく、頑固女め」

「それでもな、ムーがらみの話になるとやけに素直になるっていうか、ムーに合わせようとする所とかあるんだぜ」

「今の電話もそう。『行くのやだ、メンドクサイ』って言いてもムーも来るって言ったら『すぐなんでそれ早く言わないの。行くに決まってんでしょ』だってさ。」

「意外と将来はムー、お前姉さん女房もらうかもよ?」


揶揄からかわないでください、シバさん!」


 僕は顏に全身の血が上って火照りまくっているのが手に取るように感じた。


 でも僕は分かってるんだ。シェリーはそれだけ僕を弟分として大切に思ってくれてるんだってこと。もちろん恋愛感情なんかからくるもんじゃないってことも。


 そう考えてると、あることに気づいた。


「……?」


「シバさん」


「どうした、ムー」


「ワゴンさん、妙に今日はおとなしくないですか? 普通だったら『もうどこに電話してるのよ、私の方に電話してして』とか『ムーちゃんのお相手は私一人で十分よ』とか言ってきません?」


「確かにそれもそうだな、どこ行ったんだあいつ」


 スタッフルームにもいない。もしやと思ってスタジオルームの覗き窓を見るとあのワゴンさんがVフライングのギターをもって頭を振り、汗をほとばしりさせながらギターを弾いていた。

 ドアを開けると爆音が鳴り響きそうなのでそのままにしておいた。


 隣でシバさんが、

「マイケル・シェンカーも好きだからなあ」

「あいつなりのストレス発散法だよ、今日のムーへの気持ちバレちゃった事件が相当ショックだったんじゃねえか。」

「ムー、一度くらいはデートに付き合えよ、よくしてもらってんだから」


「僕の身体に安全はあるんですか?」


「その日の夜次第だな、クククク」


「またそんないやらしい笑いをして、シバさんは」


「いいじゃないか、それぐらい。ほら、レッスン代のお仕事、お仕事。もうそろそろお客がどっと来る時間帯だぞ」


「本当ですかぁ?」


「うるせ!」


「俺はスタッフルームで帳簿類の仕事してっから。暇だったら陳列している品物の埃でも払っといてくれよ」


「はぁい」


『早く明日になってシェリーの歌声と自分のギター合わせたいなあ。』


 僕は夢心地で仕事なんてそっちのけだった。





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る