第13話:CHILD'S ANTHEM(後編)

 サン・ハウスでの練習も後半となり、シバさんはみんなにこれからの練習について、説明をしてくれた。


「今から二人合わせての練習になるけれど、場所はシェリーの路上ライブという事で、音を出す機材も環境も制限があります。なので、歩夢には自分が持っているピグノーズの5Wアンプに音を出させます。」

「そしてシェリーの生声とギターの生音に合わせるよう、ピグノーズのアンプと、うちの店に試奏用でストックしてあるエフェクター、「OD-2」を使い実際に音を出して、最初は伴奏のみの練習、最後に仕上げとして歌も入れた練習をします」

「それじゃムーとシェリーはこっち来て、お互いのチューニング合わせよう」


 僕とシェリーは互いのギターのチューニングを合わせ始めた。

 チューニングマシンをお互い使っているのに意外と微妙な所でずれていることがわかる。

 和音がハモる時など目立つので、かなりミリミリと合わせた。


 まず、ギター伴奏のみを合わせて演奏。一回一回繰り返すごとに4人そろって、『どこの部分の入りが遅い』とか、『ここは、もうちょっと強めに弾いてみては』とか、熱い意見が交差する。

 たった二人でさえ、完成度を高めるために、こうも熱くなれるんだ。これが三人や四人のバンドになったら凄いんだろうなと思い、憧れてしまった。


 そして4回ほど合わせた所で、


「こんな感じかな」


 とみんなの意見がそろった。

 ちょっと休憩してから、最後のシェリーとの歌合せにしようという事になった。


 僕とシェリーは部屋の隅で体育座りで並んで休憩していた。

 恥ずかしい話、シェリーの隣で座ることが僕の一番落ち着く場所。

 だからなんだ。

 今まで好きな女子が出来た時は、恥ずかしくて話もかけないし、隣にも座ることも出来ない。そんな中学時代を過ごしてきた。

 でもシェリーは違う。何て言うんだろう?

 隣にいてほしい、いてくれたら安心する。そしてお互い音楽の話でもなんでも話せたら気持ちよく、心が落ち着く。

 シェリーの言葉の声が、その響きが僕の心の安定剤のような気がしてならない。

 だから僕のこの感情は、シバさんが言うような、恋とか愛とかとは違うんじゃないのかなって思うんだ。


「シェリー、平気? 疲れていない?」


 僕はごく自然とシェリーに言葉を投げかけた。

 シェリーは正面を見ながら。


「ううん」


 と、簡単に言葉を返した。

 シェリーはとても穏やかな顔で、静かに目の前の床をじっと見ていた。


「今、シェリーはなにを考えているんだろう」


 普通ならこんな時はよく喋るシェリーなのに今は言葉数が少ない。

 何かに思いをせているシェリーの姿は、僕は初めて見たような気がした。



 ♪・♪・♪



 初めて、シェリーの歌声のバックでギターを弾く。

 シェリーと出会って、その間に音楽というものに真剣に向き合いたくなった。

 そして、中学生の時挫折したギターを、もう一度真剣に練習し直した。

 今度は本気だった。周りにバックアップしてくる人達もいたので投げ出せれないという気持ちもあった。

 けれど、一番最初に思った、『シェリーと共に音楽したい』、『シェリーの歌声のバックでギターが弾きたい』という淡い気持ちが、今ではただ直向ひたむきに音楽を、ギターを突き詰めたいという気持ちまで昇華していった。

 

 自分の人生の目標までも決定づけたシェリーの歌声が、今この瞬間、僕のギター、音楽と絡み合うんだと思うと、何とも言えない感動が僕の心を揺さぶった。


 シェリーがカウントを取る。


「ワン・ツウ・スリー……」


 静かな静寂を切るようにシェリーのギターが鳴る。

 コードスロークの間に綺麗なカッティングを入れてリズムを刻んでゆく。

 僕はベースのパートに合わせ、和音の一部を鳴らしながら引いてゆく。ベースラインはコードとコードの間の中間音を入れて流れるように、でもリズミックに弾くように注意した。

 単調になりやすい所も、ワゴンさんが言った通り軽くビブラートをかけらながらとか、単に鳴らすのではなく絡みつくような雰囲気になるよう、心がけた。

 そしてイントロが終わると、シェリーが歌い始める。

 いつもの歌っているそれとは違い、まるでR&Bのシンガーのように、時には“ため”を使い、時には鼻歌をアドリブで入れてみたりと、かなり渋く歌いこなしていた。

 これがシェリーというボーカルの力量なんだと僕は感じた。

 間奏の間、僕とシェリーは見つめ合った。シェリーはギターを弾きつつも僕に優しい目つきで見つめ続ける。

 なぜか年上なのに、あどけなさを感じてしまい、ドキッとした。


『シェリーは僕のために歌っている?』

 

 そう思わせぶりをする小悪魔の様だった。

 そして最後は二人息を合わせて、ゆっくりと曲を終わらせた……



 僕はハアハアと荒い息をついていた。緊張感で僕の身体も手もギターも汗でぬれていた。シェリーも同じようだった。

 そして聴いていたシバさんとワゴンさんと4人が集まり歌の入れどころやギターのアクセントのつけようなど、いろいろアドバイスをもらった。


 そして、また繰り返しシェリーとの演奏が始まる。

 僕にとって、一回一回が新鮮でたまらなかった。



 ♪・♪・♪



「それじゃ最後の締めと行きますか」


「そうですね」


「だらだらやってても、下手になっていっちゃうからね。びしっと締めていこう!」


「お二人さん、ガンバ!!」


「じゃしっかりと聴かせてもらおうかな」


 それぞれが、一体となっているようだった。


 そして練習最後の一曲に、僕とシェリーは全身全霊を捧げつつも、二人で目を合わせ演奏をした。


 まるで、別次元にいるような感覚だった。

 自分の弾いている音がシェリーの歌声と絡みつく。

 僕は失敗という不安感からも離れ、いうなれば陶酔というような言葉に書き表せるような感覚に陥っていた。

 見ればシェリーがいる。

 そして、その僕の視線を感じれば、いつでも必ず視線を返して微笑んでくれる。

 僕は何か胸が“ぎゅう”とする感覚に陥ってしまった。


『なんだろう?』


 でもいつまでも続けていたいこの感覚は、僕の人生の方向性を一つに集約させるのには十分すぎた。



 曲が終わり拍手をみんなからもらった。


 シェリーが、ライブの時と同じように、残りの三人に「ありがとう!!」と言いながらハイタッチしている。店長もノリノリだった。歳の割には若いなあといつも思う。


 そしてシェリーはギターを下ろし、僕の方にしがみつき、


「うまくいったじゃん!! 路上ライブで人に聴かせるだけのことは充分にあるよ。」

「ムー、よく頑張ったね」


 シェリーはそう言うと僕はギターを抱えたままなのにぎゅっと抱きしめた。


「オイオイ、まだ練習の段階で、こんなに感動するなよシェリー、気持ちは分かるけど。」


 ワゴンさんは、いつの間にかシェリーに、


「ズルイー、早く交代して。今度は私の番!!」


 何て叫ぶものだから、シェリーが


「あんたはパート練習の時に十分味わったでしょ、今は私が独占!!」


 と、言ってずっと僕にしがみつきっぱなしだった。顔は僕の頭の横にあったので表情は分からなかった。



 ♪・♪・♪



「それでは皆さんよろしいですか!!」


「ここで一度、陽介と花子はスタジオルームを出て、休憩を店内でとってください。そのあとでムーのサプライズがありますのでお楽しみを!!」


『シバさんそこまで、あおらなくても』


 と思いつつ、二人は、何かワクワクしながらスタジオルームから離れていった。僕とシバさんと店長と三人集まった。


「今からデッキでCDRの伴奏を流すから、ムーは店長とチューニングとサウンドチェック」

「店長はギターとアンプどうします?」


「カウンター後ろにあるフェンダーのストラトキャスターと、あと、陽介君が使ってたメサブギーのアンプがあったね。あれ何ワット?」


「15ワットから20ワットぐらいだと思いますけど。」


「それじゃこの部屋で使うには十分だ。シールドとギターを持ってくるから、そしたら早く歩夢君、準備しよう」


「はい!」


 また僕は、新しいワクワクが始まった。



 10分が経ち、シェリーとワゴンさんが入ってきた。

 シバさんが、


「レディース&たぶんジェントルマン」

「今からムーと店長による、ムーの極秘特訓の成果発表会を行います!!」

「それでは、ムーからひと言!」


「えーと、練習し始めのころ、リードギターの練習もと言われ練習し続けた曲です。ギター以外の伴奏はシバさんの友人の人からパソコンソフトで打ち込みで作ってもらいました。ギターのインストルメンタルなんですけれど、ハモるので、店長にも急きょ弾いてもらうようにしました。」

「いつも僕のことを見ていてくれているシェリー、シバさん、ワゴンさん、聴いてください。」

「TOTO(トト)のCHILD'S ANTHEM (チャイルドアンセム)」


 シーンと静まり返った中、CDデッキからイントロの激しい伴奏が始まった。

 その後、キーボードの演奏が単独で奏でられ、またイントロの激しい伴奏が始まる。

 そして僕は、この激しいリズムの伴奏が終わるタイミングを見計らって『ここ!』というタイミングで、メロディーを弾き始めた。

 ロングトーンのメロディーは情感溢れていて美しかった。

 長音で響くので、チョーキングなど技術の要するところは、音がはずれない様に、細心の注意をはらった。

 ワゴンさんにアドバイスをもらった、感情を込めたビブラート、チョーキングで音を跳ね上げさせた時のピッキングのアタックの強弱。

 僕は目を半分閉じかけた状態で、心を演奏そのもの集中し、音とともに溶け合っていた。

 二度目のメロディーの時は、店長のギターも入ってくる。

 店長と目を合わせ、タイミングを計る。でも店長が大体のところサポートしてくれたのでとても美しいハモリになっていた。

 最後、一番最初のイントロのリズムに入り演奏が終わる。


 演奏が終わった数間は、シーンと静まり返っていた。その後、シェリーたちが大きな拍手をしてくれた。


「すごーい! これも練習していたの?」

「とてもカッコよかった!!」


 そう言うと大胆にも、シェリーはみんなの前でまたも抱きしめてきた。

 シェリーは本当に嬉しそうだった。

 ふっとワゴンちゃんを見ると悔しそうに指を噛んでいた。


「苦しいよ、シェリー」

「ゴメン、アユム。素敵な演奏だったよ。まさかTOTOの曲を持ってくるとはね。」

「完全に、ここいるみんなの音楽の趣味に引っ張られちゃったでしょ」

「シェリーがそう仕向けたんでしょ。ちがう?」

「うふふ……」

「まんまと引っかかったわ」

「その通りだよ」


 シェリーは僕の肩に手を回したまま距離を置き、僕を見つめたまま話し続けた。


「ウォッホン!!」


「のろけもそのくらいにしてほしいな、歩夢に花子」


「実名で言わないでハズイから」


 シェリーと僕はお互い口をそろえて言ってしまった。


 お互いもう一度顔を見合わせ、クスクスと笑い始めた



 ♪・♪・♪



 みんな片付けが終わり、シェリーと僕は帰り支度を済ませた。


「それじゃ、ムーのサプライズ公演は今週の木曜日ということでいいかな」


 シバさんがそう言うとシェリーとワゴンさんは、


「分かったわ」


「了解💛」


 と返事が来た。


「ムーは早く来れるのか?」


 シバさんがそう言うので僕は、


「もう冬休み前なので、午前授業ですから大丈夫です」


 と答えた。


「それじゃ、みんな風邪ひかないようにな」


「はぁい!」


「失礼すまぁす」


 と、僕とシェリーは挨拶をしてサン・ハウスを出た。

 もう夕方で、風も寒かった。

 シェリーはマフラーを首の高い位置まで巻いて歩いてゆく。沼〇駅までは一緒だ。


「ムー、今日は楽しかったね。」


「うん、シェリーもそうだった?」


「もちろん」


 僕とシェリーは並んで最寄り駅まで歩いて行った。



 ♪・♪・♪



 僕は自宅に着くと、ギターをケースから取り出して、手入れを出来るように準備した。そしてソフトケースのポケットからシールドなど小物を取りだすと、ちょっとした二つ折りの紙切れが入っていた。


『あれ?』


 と思い、読んでみると



 ****


 アユムへ


 今まで二人で曲を演奏し合えるとは思わなかった。ありがとう。

 ところで、【スタンド・バイ・ミー】の歌詞の意味、わかって選んでくれたの?

 そうだったら私、うれしいかな。

 本番頑張ろうね。 


 byシェリー


 ****



『そっか、僕まだ歌詞の意味わかってないや。』


 そう思うと、僕は早速パソコンで調べた。


 その歌詞の内容を見て愕然とした。

 色々な和訳の解釈があったけれど、結論は、



『ダーリン、そばにいてくれ。お互い一緒になって支え合ってほしいんだ』



 僕はベットの中に飛び込み、布団の中にもぐって身悶えした。





 ♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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