第10話:Joyful Monster (SideA)

 今日は土曜日、朝からギターの練習をしている。


 ウォーミングアップを兼ねてのフィンガリングとピッキング、コード練習に合わせて『スタンド・バイ・ミー』の練習。


 シバさんは、シェリーと二人でギターを弾くことを考えて、僕の演奏パートを自ら考えてくれた。


 シェリーは、アコースティックギターのコードストロークがメインになる為、僕は多少ギターの音を歪ませて、低い音をメインに弾くことになった。

 コードが変わる間隔に中間の移動音を入れて、伴奏全体の深みと流れのテンポよさを仕組んでいこうという試みだ。


 シバさんは、サン・ハウスに行く度に自らギターを準備し、僕のパートを弾いてイメージアップさせてくれた。

 毎回しっかり聞いて、覚えているつもりなんだけど、自宅に帰って自分で一人で弾いて練習すると、なぜか雰囲気が違う。

 のっぺらぼうな演奏というか、ノリがうまく出ていない感じだった。


 そんな事を考えてる時、スマートフォンからラインの着信音が鳴った。


【今、何してる?】


『なんだ、また楓か』


 この前、一緒に映画とか見に行った時から、ちょくちょく楓からラインや電話が入ってくるようになった。

 恐らく今まで僕に彼女がいたから、わざと控えてたように思う。来る内容はたわいもない日常の話。

 だけど、そんなことの繰り返しが、昔よく遊んでいたころを思い出せて、僕なりには楽しかった。


【今、ギターの練習をしている所】


【なんと……】

【本当にギター始めたんだ】

【本当にそうなの? 嘘ついてない?】


 あまりにも疑うので、


【だったら今見に来る?】


 と打ったら、速攻で、


【行く!! 10分待ってて!!】


 と返信がやってきた。


『すぐくればいいのに何で10分待つんだ?』


 と、女子の必要とする、10分のリードの意味が分からなかった。



♪・♪・♪



 ピンポーン


 自宅の玄関のベルが鳴り、


『ああ、楓が来たな』


 と思い、自室から一階の玄関まで駆け下りた。

 そしてインターホンで


「どなたですか?」


 とお約束のセリフを言うと、


「私、早く入れて。」


 と返事が来た。ドアのカギを外し玄関を開ける。


 今日の楓は、ショートボブのヘアに、コンタクトに替えた目元の可愛らしさは変わらず。

 唇のリップはいたって控えめ。

 上着はざっくりした大き目のニットでグレー、首元は多少大きく開いていたが、タートルネック状になっている。

 パンツは濃紺のガウチョパンツで7分丈ぐらい、黒のストッキングを穿いていた。靴はいつも履いているようなローファー。

 片手にちょっと大きめの手提てさげ鞄を持っていた。


 中学生の時は、家に来るときはジャージ上下とかそんな状態だったのに、わざわざメイクして、外出着姿で来るのは、高校生になったからとしか思えなかった。


『やっぱり今の楓の姿を見ると、ちょっとドキドキするというか、緊張するなぁ』


 そんなことをつい、考えてしまう。

 自宅に入ると、楓は靴をそろえて、


「お邪魔しまぁす」


 と元気よく挨拶をして入ってくる。僕の両親の返事がないことに気づいて、


「あれ? おじさんとおばさんは?」


 と、いてくるので、


「今日は買い物に出かけているよ、ちょっと遠出するから夕方になるって言ってたよ、帰り」


 そう僕が言うと、楓はほんのり頬を赤らめて、


「ふうん。二人っきりかぁ」


 と軽くうつむきながら、小さく呟いた。


 僕は、あまりよく聞こえず、


「何か言った? 楓」


 とき返したけれど、


「え! う、ううん。何でもないよ。あははははは」


 楓は、片手の手のひらをこちらに向けて大きく振り、笑いながらそう言うと、


「あ、そういえば私の親友がね、『今度幼馴染と会う時があったら、これ飲むと楽しいよ』ってジュースくれたんだ」

「冷やしておきたいから、冷蔵庫の中で冷やしておいていい?」


 そう言いながら、手提てさげ鞄の中から、350ccのグレープフルーツとレモンのジュースの缶をひとつづつ取り出した。でも、正直こんなキラキラしたジュース見たことがなかった。


「なんかさ、親友がね、『もっと飲めばもっと楽しくなる』って言ったけれど、そんなジュースないよね、あははははは」


 と変な笑い方をしながら、ぱっぱと冷蔵庫を開け、ささっと冷蔵庫の中に片づけて、扉を閉めてしまった。そして、


「さ、早く歩夢の部屋に行こ!!」


 と僕の背中をグイグイ押した。



♪・♪・♪



 楓は部屋に入るなり、僕のギターを見て、


「あれ、前に来た時よりすごい綺麗になってる! どうしたのこれ?」


 そう言うと、まじまじとつい先ほどまで使っていたエレキギターを、色々な角度から眺めていた。


「『どうしたのこれ?』って言われても、ちゃんと手入れし直して、使ってるんだよ。使った後もちゃんとまめに手入れしてるしね」


「ふ~ん、そうなんだ。本当にちゃんとギター始めたんだ」


「だからこの前から言ってるじゃん。もう楓はいつもこうだ」


「楓、とりあえず座ろうよ」


「うん、わかった」


 部屋の中央には、二人ぐらいが使う程度の大きさの、小さな背の低いテーブルが置いてある。テーブル面がガラスになっていて足とフレームはスチール製のブラック塗装。意外とお洒落な造形をしていて僕のお気に入り。

 そのテーブルに対面して、僕と楓は座った。

 僕は、シバさんが僕用に準備してくれた譜面を出し、


「知り合いの人に、僕が演奏するバージョンを書いてもらったんだ。原曲にはないんだけれど、もう一本のギターのコード演奏と合わせると、とてもいい感じになるんだ。」


 楓は、A3サイズの譜面2枚をパラパラめくりながら見て、


「結構単純な曲じゃない。なんか聞き覚えありそう。聴ける?」


「あるよ、いつも借りているんだ。今流すから待ってて。」


 僕はCDデッキの操作パネルで再生ボタンを押すと『スタンド・バイ・ミー』がテンポよく流れ始めた。ちょっと小難しそうな顔はしていたけれど、楓にとってみれば『ふ~ん』レベルなんだろうなと思った。


 曲を聞いた後、楓はテーブルの上に譜面を広げて、白い華奢きゃしゃな人差し指を使い曲の進行と合わせて、


『この時は、あんたは音を止めといて……』


 とか、


『このコードとこのコードの間にリズムよくベース音を刻んでいかないとだめよ。特に……』


 とか、かなり突っ込んで教えてくれた。


「じゃちょっと、とぎれとぎれになっちゃうけれど実際弾いてみるね」


 と、僕はギターをもってピグノーズのミニアンプに繋げ、クリーンサウンドで音を鳴らし、聴いてもらった。

 楓は前のめりになって、


『ここはもっとテンポよくつなげて』


 とか言ってくる。

 僕はそんな楓を見ていると、真剣になって教えている楓が何か僕にじゃれているように感じてちょっとおかしくなってしまった。

 そんな僕の感情の変化に楓は気づいたのか、僕の顔を見るなり、


「何、顔緩んでるの、もっと真剣になりなさい!」


 と注意されてしまった。



♪・♪・♪



「ちょっと休憩しよっか」


「うん、しよ、しよ」


 楓は頷くと鞄から一枚のCDを取り出した。


「ジャーン!!」


「なにこれ? どうしたの?」


「なんかそっけなくない」

「これはね親友からのおすすめのCDで私に貸してくれたんだよ」

「今の私の超お気に入り!!」


「あれ、前まで楓、『土偶』聴いていなかったっけ?」


「ハニワでしょ! コロスゾ!!」


 楓はそう言うと座りながら僕の方にキックを連打してきた。


「分かってるって、ちょっとからかってみたかったの。」

「もう、からかうのだけでも命懸けだよ」


「アユムが私をからかうのは100年早い!!」


「はい、はい」


 僕が返事をすると、楓は、


「もう、早く聴きたいからCDセットして!」


 と駄々をこねる。小さい頃からそうだ。姉貴ぶるときもあれば妹ぶる時もある。僕はいつもいいように振り回される。

 でも、楓のいい所を僕はいっぱい知っているつもりだから、こうして長く幼馴染として付き合っていけるんだと思ってる。



♪・♪・♪



 曲が流れ始める。


 綺麗な女性のコーラスとボーカルの声が飛び込んできた。とてもストレートで伸びがある声。その脇に他の女の子たちのまとまったコーラスやハモリ、ユニゾンが決まってて、つい僕も聴き入ってしまった。

 楓は既にテーブルの上に両ひじを置き、頬杖をついて目をつぶり、リズムに乗って自分の世界に浸っていた。


 僕は、この女の子たちの曲を聞いて、


『この歌をシェリーが歌ったらどんな感じになるんだろう?』


『もっと大人っぽくなるんだろうか?』


 などとつい想像してしまった。

 でも、それだけこのアルバムで歌っている女の子たちの歌唱力の完成度が高かったように思う。

 そんなことをボーと考えているといきなり楓が、


「どうよ!!」


 と自慢げにいてきた。


「いいじゃんこれ!! 誰が歌っているの?」


「Little Glee Monster(リトル・グリー・モンスター)!!」


「女性のユニットか何かなの?」


「まあそんな感じかな。私も紹介してもらって間もないから、詳しくはないんだけど、まだ10代の5人組のグループよ」


 それを聞いて、改めてびっくりした。この歌唱力では想像もつかなかった。

 アルバムの中にはシャウトな曲もあれば、昭和歌謡曲のようなものもあった。それらを5人それぞれが自分のパートをしっかり歌い切っている。

 僕らと大して年齢が変わらない女の子たちがユニットとして完成されている。

 正直ギターを、音楽を、始めたばかりの僕が言うのもなんだけど、少し悔しく感じた。


「どうしたの、歩夢。そんなしかめっ面して」


「あ、いや、何でもないよ」


「でもすごいよね。歳近いのにさ、こんなに力強くメッセージ込めて歌えるなんて、憧れちゃう」


「楓もそう思う?」


「そうよ。」

「でもね、聴いていると、とても気持ちいいの」

「ハニワの時もそうだったけど、自分の気持ちを歌ってくれているみたいで感情移入しちゃうの」


「そうか」


 そう言われてみれば、歌詞もスムーズに入ってくる。僕にとってはちょっと気恥しい部分もあるけれど、可愛い感じがとても気持ちよく耳の中に入ってくる。


 僕は、楓に改めていた。


「これは『リトル・グリー・モンスター』のアルバム?」


「そうです! セカンドアルバムの『ジョイフル・モンスター』!!」


 満面の笑みの楓は、それだけで僕の気持ちを心地よくしてくれた。そんなこと思ったのは初めてかもしれない。


「この中で、一番イチ押しで聴いてほしい曲は何?」


 そう、ゆっくりと訊くと楓は、ほんの少し、そう、ほんの少しだけ俯いて、


「……おしえない……」


 と、まるで小鳥がさえずるかのような小声でつぶやいた。





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る